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普通の生活

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普通の生活(22)日常

友人が遠方からやってきてくれた。長野、静岡、岡崎、名古屋、大阪とめぐるグランドジャーニー・・・今まで出会った人たち、共に過ごした時間、すべての過去が、ここに帰着するかのような偉大なる人生の旅。彼らにとっての約束の場所で、今から至福の時間<とき>がはじまるのだろう。
人生には、理屈や理論では計ることの出来ない出来事が、たくさんあるのだと思う。今まで流した涙と出会った人たちと乗り越えた人生の壁の意味を知る瞬間が、誰にもあるのだろう。

何気ない日常の中に、僕たちは今、たたずんでいる。あたりまえに目覚め、一日を過ごし、また同じような明日がやって来るのを待っている。そんな何でもない普通の生活の中に、本当は、人びとが求める大きな感動と喜びがあるのだと思う。本当の幸せというのは、そういう中にしか存在しないのだと思う。
自分の外側に求める喜びというのは、一時的なもので長くは続かない。反対に、心の内側にある幸せというのは本質的でずっと変わらないのだと思う。幸せは、何処にあるのかというと、誰かを幸せにした報徳にあるのだろう。あたりまえに過ぎる日々の生活の中で、様々な場面で、幸せは無数に存在しているのだ。誰もがそんな幸せを手にする事ができるのだと思う。家庭に、仕事に、人間関係に、幸せはいつも僕たちと共にあるのだろう。

僕は以前、パートナーの瞳の中にこの世界の本質をみた・・・それ以来、僕の世界は、喜びと感動に満ちた奇跡の世界に変わってしまった。宗教でなく、精神世界でなく、この何でもない日常生活こそが、神の世界。大きな何かにつつまれた愛の世界。
本当は誰も、この幸せに満ちた愛の世界を感じることが出来るのだと思う。「すべてのことには、意味がある・・・」というこの世の真実を、心の奥に受け止めるとき、人は旅人になるのだろう。魂の覚醒を求める心の旅人。人は、いつも変わっていく・・・大きな人生の壁を乗り越えるたびに、心の垢が落ちていく。そして、魂が輝いていく。僕は、この十年、神の世界にいるように感じていた。このあたりまえの日常にこそ、幸せに満ちた神の世界があるのだと思った。
この素晴らしい魂の覚醒の旅・・・偉大なる優しさにつつまれたありふれた日々・・・
素晴らしきこの神の世界。素晴らしきこの普通の生活。

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普通の生活(21)正義

世界中のすべての人が、マイはしとエコバックを持てば、地球の環境問題は解決するのかな〜〜??環境問題は、家族団欒もしたいけれど、休日出勤しなくてはならないお父さんに似ていると思う。家族の幸せには、お金も時間も両方大切・・・みたいな。(笑)環境を守りたい人と、世界中の人たちを豊かにしたいと思う人、さて、どっちが正しいのだろうか?戦争というのも、必死になって国民のため、国益のためにがんばる資本主義の豊かさの裏側なのだろう。

でも、本当は、みんなきっと偉いのだろうと思う。正義感と使命感に溢れているのだ。(笑)みんな、誰かを幸せにしたいと願っているのだろう。現代文明と東洋思想、現代医療と東洋医学、工業製品と伝統食品。たぶん、政治家の人たちも、僕たちが、新車を買えて、美味しいものが食べれて、きれいなマンションに住めるように、いろんな困難の中でがんばっているのだ。なにしろ、食料と石油を安定して輸入できることが、何よりも一番・・・

正義感と使命感・・・何とも素晴らしいけれども、僕はどちらかというと、もう少し気楽なのがすきである。肩の力の抜けたのがよい。最愛の人とただ、のんびりと楽しくつつましく生きれたらそれで十分だな〜〜なんて思う。ちなみに、最愛の人とは、「自分を一番愛してくれる人」ではなくて、「自分が人生をかけて愛そうと決めた人」のことなので、自分が勝手に決めたらよい。(笑)相手のことは、関係ない・・・こんなに毎日楽しくて、幸せなのに、あと何がいるかな〜〜なんて。ただ、自分が一番おいしいな〜〜と思うものを、誰かに食べてもらって、楽しいと思えることをして、自分に正直に心のままに生きていたら、今のようになった。(笑)

ただひとつ、あえて言うならば、僕はいつも祈っている・・・願う事なしに、願っている。神さまに、「ありがとう」と祈っている。日本人が昔から、「すべての物の中に神がやどる」と言った、その八百万の神に・・・
お経は、「本当は、何にもないんだよ・・・」と言っているけれども、だからこそ、こんなにいろんなものがあるように見えて、いろんなことが起こるように思えるこの世界が、すばらしくありがたい。

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普通の生活(20)旅

最近、僕は本当に僕なのだろうか?なんてことを思う。(笑) 明らかに、10年前の自分とは全くちがうし、阿倍野店のお店をオープンする以前の自分ともちがうし、言うならば、昨日の自分ともちがう・・・いったい、本当の自分とはどんなものなのだろうか?
旅をしているときの、あの期待と喜びにみちた新鮮な気持ち、窓の外を流れていく風景・・・新しい何かを発見するたびに感じる驚きと感動、そんな旅の途中のような日々を過ごすたびに、人は変わっていくのだと思う。小学生の頃、毎朝起きるたび、「今日も何で僕は僕なんだろう?」なんて、おかしなことを考えていたことが、まんざらデタラメでもないように、最近はそんなことを思う。

親しい知り合いがたくさんいてくれて、僕たちに気をかけてくれるあたたかい友人が何人かいてくれて、素敵なご近所さんが数軒いてくれて、最愛の人が一人いる、今の生活。10年程前、山の中へこもってしまって以来、きっと僕は、生活も精神も、どこかの山の中にこもっていたのだと思う。(笑)ひさしぶりに感じる、この世間でいう<普通の生活>。新鮮で、懐かしく、ありがたい今の時間(とき)。

何かを感じるたびに、何かを思うたびに、自分の中の何かが増えていく。そして、自分の中の何かが減っていく。昨日とちがう自分が生まれている。本当は、自分なんてものは、ないのではないかとさえ思う。
この旅の途中のような、期待と喜びと少しのドキドキを胸に感じながら、いつも生きていたい。毎日のように繰り返される、昨日と変わらないこの日常の中でさえ、いつも、新鮮な気持ちで生きていたい。いつも、心に喜びを求めて生きていたい・・・

明日のことは、わからない・・・昨日のことは、実になった。
さあ、明日から、またガンバロウ。

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普通の生活(19)約束

以前、僕は「奥さんとは前世の稀有な縁で、今、出会った・・・」と言われたことがある。今はなきゆきまつのおかげで、僕たちは二人の約束をはたすことが出来たようなものなのだ。たぶん、人生には、人それぞれが、それぞれに、この人生において果たさなければならない大きな物事があるのだと思う。<人生の約束>とでも言えるような、人がこの世に生まれてきた意味のようなもの。

今の世の中でいう「普通」とは、多数決のことであるけれども、人としてとか、本当のやさしさの「普通」でありたいな〜と思う。奥さんや知人には、「竹まっちゃんは、かわっとるな〜(笑)」と言われるけれども、この仕事も、僕の食べ物の指向も、今の生活も僕にとっては、いたってフツーのフツー。こだわりというよりは、らく〜にらく〜に。あるがままの、自然体の自然体なのだ。(笑)
米ディナンバー1の商売は、いわゆる、あまり「普通」でない。もう、世間でいう、お弁当屋さんとか、デリショップとかいうものからは、程遠い。(笑)しかし、折角来ていただいたのであるから、お客さんや友人には、自分が出来るかぎりのすべてをしてあげたいと思うのである。そのためには、やっぱり、1時間に1組くらいが、一番よいのかな〜〜(笑)お弁当を買ってもらうだけならば、数をたくさんつくることが出来るけれども、やっぱり、「僕たちの思いを込める」ということになると、ある程度の限界がある。僕たちらしさのないお弁当というのは、売る意味が少ないとだと思う。常連さん、親しい知人ともなると、もう、時間を予約なんていうようなことになるのだろう。

僕もゆきも、今までいろいろとあったけれども、やっと今、自分自身の中の本当の自分らしさを少しだけ表現できるようになったのだと思う。
人は、人生の約束を果たしているとき、おだやかに、幸せに、生きていられるのだろうと思うから。

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普通の生活(18)借り物

米ディナンバー1は、借り物である。
阿倍王子神社のとなりの古い古い、戦前に建てられた4軒長屋の南角、建物のあちらこちらに残るレトロなたたずまいに、「ここで、決まり〜〜!」となったのもつかの間、あまりの古さのために、奥さんや実家の大反対にあい、何度も何度もなくなりかけた今回の物件なのであるが、他に例を見ない程、誠実で丁寧な不動産屋さんと心地よい空間づくりを追求してくれた建築家の友人のおかげで、めでたく米ディナンバー1はオープンしたのである。

何故だか不思議と、次から次へと遊びに来ていただく友人、知人・・・事務所兼居間として使っている奥のスペースは、非常に居心地が良いようで、みんながみんな、一度腰を落ち着けてしまうと、おしりから根がはえたように動けなくなるらしい。(笑)この場所で、新たなる生活についての決意をかためて、また西へ旅立っていった親愛なる友人。ずっと前から、知っていたような気がする程、会ってすぐ意気投合してしまった日本人より日本人らしい(!?)フランス人の知人。岡崎で出会ったはずなのに、今では近所に引越しをして、もう身内のようになってしまった愛の助産師さん。いろんな方々が、この場所をおとずれ、それぞれの思いを心に宿して生きておられる・・・本当に、本当に、ありがたいことである。

きっとこの場所は、本当に借り物なのだろうなと思う。どこかの誰かから預かった、大切な約束の場所。それぞれの人生の約束を思い出す、心の休憩場所。そして、僕たちは、そこでオーガニックのお弁当屋という仕事を通して、大切な何かを思いだしていただくためにここにいるような・・・

阿倍王子神社と阿倍晴明神社にはさまれたこの場所・・・「そりゃ〜〜、なにかあるわ。(笑)」と、不思議といろんなことがわかる(!?)友人が言っていた。

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