鉄道少年の旅
1984年3月31日〜水郡線経由
1984年、中学を卒業した直後の春休み。
青春18きっぷを手に出発したのは3月24日で、それから8日目、、、やっと家へ戻りました。 (…18きっぷは5日間しか乗れないので、おそらく2セット使用したのでしょう)
●1984年3月31日の日程
大垣→(340M)→4:40東京→国電→日暮里6:04→(443M)→8:13水戸8:57→(329D)→
→12:42郡山15:22→(1129M)→16:12福島16:40→(435レ)→19:40天童
なぜか常磐線、水郡線を経由しています。
↑水戸駅では交直両用電気機関車のEF80と出会う。
今となれば懐かしい形式ですね。写真は57号機でした。
ボンネットの特急「ひたち」。下り平行き1号のようです。
その後、水戸から水郡線に乗車するも、列車に揺られて夢見心地…全く記憶がありません。
唯一撮影したのが↓この一枚、除草剤散布車ャ502。撮影場所は不明です。
↑上記の日程表を見ると、郡山駅で長めに滞在していたようです。
その間にホームで旧型客車の撮影をしておりました。 これは郡山客貨車区のスハフ32 2131。磐越西線1233列車に組み込まれていた模様です。
実は、最初のプランでは、この磐越西線1233列車に乗車する予定でした。
●最初のプラン
郡山13:56→(1233レ)→1604喜多方1610→(623レ)→1638熱塩 熱塩1701→(624レ)→1730喜多方1746→(232レ)→18:13会津若松18:23→(2244レ)→ →20:04郡山20:43→(3525D)→21:32福島(親戚宅へ泊)
この日、1984年3月31日はナント、日中線廃止の日だったんですね〜。
その最後の日に訪問を計画したのですが、、、なぜか行かずじまいでした。
今思えば、あの狭窓のスハフ32に乗って日中線へ直行すれば良かった!!
本当に悔やまれます。
では、どうしてそんな選択をしたのか?それが、全く思い出せないのです…。
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