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貧血(赤血球不足)気味と金欠の私ですが,心は豊かでありたい。

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こんなに心に残る叙勲祝賀会―「程塚洋先生叙勲祝賀会」

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  5日前の日曜日(6月24日),午後4時から古河市にある「家族レストラン坂東太郎古河総本店」で程塚洋先生の「瑞寶(宝)雙(双)光章」受章の祝賀会が「馬琴と語る会」「神郡塾」主催で開かれた。
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 会は,私の「開会のことば」で始まり,高橋政芳氏の「主催者あいさつ」「目録贈呈」「花束贈呈」「来賓祝辞」「来賓紹介「祝電披露」「程塚洋先生のお礼のことば」と続く。
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(高橋政芳氏のよる主催者のあいさつ)  (増田雅一氏による目録贈呈)                                                              (教え子・篠崎芳明様御夫妻による花束贈呈)  

 この会次第は,どこの祝賀会でも同じであるが,この中で増田雅一氏による「目録贈呈」がある。その記念品の内容が大変乙(おつ)なものだった。
 記念品は,品物ではなく,なんと講談だったのだ。六代目宝井馬琴の講談,「伊達正宗(だてまさむね)と真壁平四郎(まかべのへいしろう)」であった。

 筑波山麓の真壁にゆかりのある講談なる芸術の贈り物とは,なかなか粋(いき)な記念品の贈り物ではないか。物ではなく,心の贈り物である。<一連の次第の後と祝宴の前に,講談協会顧問・宝井馬琴の講釈が用意されていた。>

私は,20代の後半から30代の前半程塚洋先生と同じ職場にいたことがある。そして,同じ学年に所属したこともあった。学級経営も素晴らしく,また,陸上部の顧問としても県下一の陸上部を築き上げていて,運動会の陸上部によるリレーの模範演技では観衆に感銘を与えたものだ。
 やがて,同和教育で貢献し,県の教育庁総務課の指導主事,そして,副参事となり,人権教育の分野で数々の実績を上げられた。現場にもどってからも生徒会活動として星野富弘氏を招き,話を聞くという生命尊重教育の実践など校長としての手腕を発揮され,日本PTA会長賞や幡谷教育振興財団優秀賞受賞に貢献された。また,県南・県西の二つの教育事務所の所長として学校の活性化に努められた。
 県西で勤めて育てられてきた私が,他教委である県南の伊奈町の学校で学校経営に携わっていたとき,程塚先生が県南事務所の所長として赴任されてこられたので,私は,どんなにか心強かったか知れない。
 
この間県の学校長副会長や全国連合小学校長会理事などの要職をこなし,文部省の「教育者表彰」を受賞されている。
 定年退職されてからも岩瀬日大高等学校や土浦日本大学中学校・高等学校の校長として10年間も私立学校の経営に邁進された。その間私も初代幹事長として務めてきた「馬琴師と語る会」の会長として地域の文化活動にも携わってこられた。
 来賓の方々の祝辞にもあったように程塚先生は,同和教育・人権教育の県内一のスペシャリストであり,今でも各地区での講演や指導の依頼が後を絶たない。 
 
 そして,このような実績からこのたび教育功労者として「瑞寶雙光賞」を受賞されたのである。我々の仲間からこのような栄えある受賞者が出たことは欣快に堪えない。

 90歳を超えた塚越喜一郎元県教育次長・元下館市教育長や友人の山中博元下妻市長,田辺淳次坂東市教育長,河内義勝東京書籍会長・茨城大使,江田隆記県会議員の5人の祝辞と4人の来賓紹介があり,県知事,県教育長,県副知事等の祝電披露の後,程塚洋先生のお礼の言葉があった。

 47年間の教員生活の中で,一番感じていることは「出会い」ということ。地域や教え子に支えられて今日の自分があるとして,出会いによって自分の成長を手助けしていただいたこと,ここにもいらしている恩師の影響は特に大きかったことを話された。駄目なことはダメ, いいところはとことん引き出してくれる,親のような教育をしていただいたこと,「神郡塾」のこと,「馬琴と語る会」のことにも触れ,素晴らしい出会いの機会を作っていただいたことなど感謝に堪えませんと,これからも地域のために頑張るつもりです,と程塚先生のお礼の言葉が述べられた。
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 こうして,一連の式典の次第が終了し,先に述べた宝井馬琴による祝賀講談として『伊達正宗と真壁平四郎(だてまさむねとまかべのへいしろう)』が演じられた。今日の馬琴師の講釈は絶品だった。例の鍛えられた艶のある練れた声で,聴衆を惹きつけた。
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 「伊達正宗と真壁平四郎」の講釈。伊達正宗がまだ若かりしころの話。草履取りの真壁平四郎が雪の降る日,伊達正宗の草履を懐で暖めておいたのを,正宗は尻にでも敷いていたのであろうと起こり,平四郎の眉間(みけん)を割ってしまう。
 平四郎は,この恨みを果たせずにおられようかと,名僧になればおそばにでも仕えることがあろうと,郷里の筑波山の麓にある伝正寺にいき,ことの次第を告げ,坊さんになる道を教わる。志さえあれば道は開けると,比叡山で修行する。そのあと明に渡り,8年間修業し,帰朝。御水尾(ごみずのう)天皇の病気を祈願して治し,名を上げる。
 そして,恨みを晴らす時がやってきた。平四郎が松島の瑞巌寺の住職をしているとき,伊達正宗が江戸帰りに立ち寄ったのだ。この時恨みを晴らそうと考えていた平四郎だが,あの時眉間を割られなかったら,自分はこんな地位にまでなれなかっただろうと考え方を変えたのである。
 正宗は,平四郎の眉間の傷のことを尋ねる。「おなつかしゅうございます・」と,あの時冷たかろうとお殿様の草履を懐に入れておいたのを尻に敷いていただろうと叩かれた平四郎でございます。あのとき眉間を割られたればこそここまでになりました。ありがとうございます。」と答えたのである。

馬琴師の熱の入ったセリフが続く。ここがいい。
「こそこそと二文字のつけどころ,破れるもこそ治まるもこそ。あの時眉間を割られたればこそ発奮して今日の地位を得ることができた。仇を恩に・・」と,茨城の生んだ偉人の出世物語と講釈を終えた。
 
 みんなで共感できたいい贈り物だった。
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  (筑波山の麓に真壁の伝正寺があり,真壁平四郎(まかべのへいしろう)は,この麓で育ったのであろう。)

 この後,「母の里山つくばからの発信」の,長年のつくば構想の一環として立ち上げた神郡(かんごお
り)塾長で(株)坂東太郎社長の青谷洋二氏の乾杯の音頭で祝宴が始まった。
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 祝宴の中で,現(株)坂東太郎顧問・神郡塾顧問の,程塚洋先生の恩師中村仁先生のこぼれ話が披露された。
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 中村先生は,冒頭「人は借りを作ること,生きることは借りを返すこと」と話され,祝辞を述べられた五人の来賓の方と程塚先生との縁を一人ひとり詳しく話された。その中で特に印象的な話を述べよう。
 
  まだ独身の中村先生。小1の時母の家出,中一の時父も家出,孤児になったA男を中村先生が引き取り,共に生活したことがあった。「今日は何も食べる物がないので,水でも飲んで寝ようか。」と,そんな時もあった。その時A男の兄貴代わりをしてくれたのは,その時中2だった程塚先生,母親代わりをしてくれたのが,程塚先生の母親,ここにいらっしゃる山中前市長もよく遊びに来て,程塚先生の母親に世話になったことなどを話された。
 筑波山の麓の神郡(かんごうり)地区にある名刹(めいさつ)普門寺の住職(旧制下妻中学・茨城師範の同級生)と青谷社長の3人で始まった「つくば構想」の話や,奥様と程塚先生の御縁も来賓とのつながりがあったと,興味深い話を披露された。
 そのほかまだまだ面白い話が続くのであるが,省略する。とにかく人は縁によって生かされているんだ
ということがよく分かると同時に,よくもまあそれぞれのつながりを覚えていらっしゃるものだなあと,感嘆しきりである。

 私は,これらの話を聞きながら今は亡き母親をほめていただいた程塚先生は,どんなにかうれしかったかだろうと,そんなことも思った。
 
 祝宴中教え子・塚越節下妻市会議員のお祝いの手紙が読み上げられた。

 この祝賀会でのもう一つの趣向が凝らされていた。それは,20年あまり芸を磨いてきた長島修先生の「安来節」の芸だった。
 夏なのであろう,しきりに蚊を敲きながらどじょうすくいをする見事な踊りを参加者は喰い入るように見つめていた。長島先生の見事な演技もまた,この叙勲祝賀会に花を添えたのである。
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長島修様には神郡塾長・(株)坂東太郎社長の青谷洋二様からの花束が贈られた。
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閉会の言葉は,神郡塾総務・坂東太郎常務の小菅次男氏で幕を閉じた。あっという間の3時間半だった。  

 中村先生が,来賓にならずにこの祝賀会を催すに当たって,相談役として,また,素晴らしいアイディア(講談の目録,長島先生の余興,こぼれ話など)を出して盛り上げたのは,教え子の叙勲受賞を心から喜ぶ恩師からの心の贈り物であったのであろう。
 
 また,側面から応援して盛り上げてくださった(株)坂東太郎の社長様や小菅常務様・遠藤社長室長様を初め社員の皆様にも主催者の一人として感謝申し上げたい。料理も大変おいしかったです。

 古江女史の司会もウグイスの鳴くような澄み切ったお声,白石氏のさわやかな司会と,男女の司会の取り合わせも素晴らしかったと思う。
イメージ 16               受付をなさった神郡塾の理事の方々や,会計の青木・秋山さん,特に増田雅一氏は最初の幹事会からから最後まで御苦労さまでした。

温まる祝賀会だった。程塚先生,叙勲受章,オメデトウ!奥様も大変お慶びのことと存じます。おめでとうございました。これからも健康に留意されてお過ごしください。
 
                    (了)

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