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「暴走する原発」(広河隆一)

  暴走する原発 
    チェルノブイリから福島へこれから起こる本当のこと
     DAYS JAPAN編集長 広河隆一            小学館
 
本書の刊行は、3・11から約二ヵ月後の昨年の5月。
著者は、20年以上にわたり、50回以上チェルノブイリ原発事故被災地の取材を重ねた、『DAYS JAPAN』の編集長。
 
 放射能の大規模被害は人間の手には負えないことを、チェリノブイリ事故は教えた。しかし国策としての原発産業の甘い汁を吸った人々は、何の教訓も学んでこなかった。それにより被害は拡大した。数値が隠され、告げられなかったことで、被曝しなくてもいい人々が被曝した。これは犯罪ではないのか。(「おわりに そして、福島へ。」P.208)
 
第一章のベースは、『DAYS JAPAN』の2012年5月号広河報告に大幅加筆したもの。
 
 
第二章から第六章は、絶版状態の『チェルノブイリの真実』(1996年講談社刊)の一部に加筆したもの。
 
それに、「はじめに 人々の生きる権利をないがしろにする国、日本」等を書き加え、最後に広瀬隆さんの「特別寄稿」がおさめられている。
 
なぜ、チェルノブイリかというと、人類初の原発事故であったチェルノブイリは、すべてが未知との戦いであったが、日本は今のチェルノブイリの状況こそ、25年後の福島だと認識し、今こそ学ばなければならないと著者。
 
この本の内容がこれからの福島原発事故に私たちがどう対処するべきか考える上で有益であると考えたからである。
 またチェルノブイリ事故当時の指導者たちの動きは、日本での動きを考える上で多くの示唆を与えてくれると信じている。
 
まさに、その通りで、 四半世紀前の鉄のカーテンに覆われていた社会主義国旧ソ連の隠蔽体質の指導者達と、現代日本の政府や東電が事故後にした行動が如何に似通っているかを突きつけられ、唖然とさせられました。
 
 日本の電力会社、学者、政府、マスメディアは、チェルノブイリ事故の経験から学ばないばかりか、逆に旧ソ連より酷い状態に突き進んでいるのではないだろうか。日本は「人間の命よりも原子力産業を守る」としているように見える。チェルノブイリ事故で旧ソ連という国家が下したよりもはるかにひどい判断を行なっていることは間違いない。なぜこんなことになってしまったのだろうか。日本という国は、旧ソ連よりも、はるかにひどい人権無視国なのだろうか。(「はじめに」P.10)

チェリノブイリは対岸の火事と何も学ばなかった日本。
 
 この進行中の大事故のさなかでさえ、日本の原発をすべて止めて、安全策の再検討をすることさえできない子の国の政府、政府や企業の言い分を垂れ流すテレビを中心とするマスメディア、安全発言を後押しする発言を繰り返す学者たちに対して、なぜ怒りを持たず、あきらめる人々がこれほど多いのだろうか。(「はじめに」P.11)
 
幸い、現在はすべての原発が稼動中止となっていますが、火力発電のコスト高などを理由に電気代の値上げを打ち出し、今夏の電気量が足りないと原発を再稼動させようと脅かす電力会社、それを後押しする経済界や学者や政府に怒りを持っています。
 
しかし、その怒りを、どこに、どうやってぶつければいいのか、わからず、本を読んで得た知識をこうやって記事にするしかない日々に臍を噛む日々…
 
 事故後「想定外」という言葉が、電力会社や原子力推進政策を打ち出した国や学者達から連発されたが、彼らは災害を「想定」していた人々の警告に耳を貸さなかっただけだった。「想定」を無視したから「想定外」の事故になったのであり、「想定」していた学者たちは多くいたのである。しかし虚構の原発安全神話によってあらゆる警告は退けられた。(「第一章 チェルノブイリから福島へ」P.31)
 
チェルノブイリ原発事故以降、ウクライナとベラルーシ、周辺諸国でどのように汚染が広がり、人々が食べ物から被曝していったか、数々のデータから5年後、10年後のデーターが載っています。
 
2011年5月1日現在、日本の子どもたちが通う福島県の幼稚園・小・中学校で暫定基準とされた放射線の年間被曝許容量は、ウクライナで強制避難地域とされた土地で年間に被曝する放射線量の4倍とのこと。
 
文科省が福島の子ども達の暫定被曝基準を年間20シーベルトに上げたことに抗議して内閣官房参与だった小佐古敏荘氏が悔し涙混じりに『行政側の都合だけで国際的にも非常識な数値で強引に決めていくのはよろしくないし、そのような決定は国際的にも非難されることになります。』辞意表明会見は、忘れることができません。(「第一章 チェルノブイリから福島へ」P.38)
 
細野豪志首相補佐官は国民のパニックを懸念して緊急迅速放射能予測ネットワークシステム(SPEEDI)の情報を隠し、その結果多くの人がしなくてもいい被曝をさせた。
 
温暖化論争を追い風とし、日本でも世界でも原発推進行政をとる政府の意図のもとに、原発産業は守られてきた。「ここで原発は危ないということを国民に知らせて、原子力産業の未来に悪影響をもたらし、莫大な損失を出すわけにはいかない」という考え方が、新たな危機に対する対応を絶えず後手に回らせ、被害を隠させた。(「第一章 チェルノブイリから福島へ」P.41)
 
その国の方針のサポート役は、マスメディアで、理由は原発産業が大株主であり、大広告主だからだと指摘。
 
これに関しては、田中優さんの「原発に頼らない社会」をはじめとする多くの書籍で指摘されています。

 
このままでは、チェルノブイリの被曝の悪夢が、日本で再現されると警告。
 
その悪夢とは、小児の甲状腺がん橋本病(自己免疫性甲状腺炎)などの増加、頭痛や貧血や鼻血や疲労感などの健康被害です。
 
「甲状腺癌は被曝後三〜五年から増加し始め、一五年〜二五年後に最大出現率をとると言われている。広島、長崎の原爆被害者では、非被爆者に比べ甲状腺がんの発生率が、被爆者で有意に高い。女性に有意に多い。被曝時の年齢が二〇歳未満の人に発生率が有意に多い。(「第五章 小児甲状腺がんの激増」P.155)
 
このように広島や長崎のデータがあり、チェリノブイリでも激増しており、事故後の放射性ヨウ素の汚染地図と小児の甲状腺がんの発病率が重なるにも関わらず、91年5月、国連のIAEA国際諮問委員会(代表は広島の放射線影響研究所の重松逸造理事長)は、チェルノブイリで小児の甲状腺がんの多発と甲状腺結節も見れなかったと発表したという
 
広島では、その後も広島市と件が後援するHICARE(放射線被曝者医療国際協力推進協議会)のシンポジウムで、汚染地での小児甲状腺がんの多発の報告を行なった医学者たちに対して、重松理事長以下のIAEA調査に参加した医学者たちが、猛烈に反発した。私はこの話を聞いて、世界の被爆者のために広島市民と県民のお金で運営されているHICAREが、むしろ世界の被爆者の訴えに水を差す場として用いられていることに、言いようのないいら立ちを感じたものである。(「第五章 小児甲状腺がんの激増」P.165)
 
広島だけではなく、長崎でも長崎大学の長滝重信教授が甲状腺がん多発の原因を特定できないと発表。
 
広島に次いで長崎がいったい何をしているのだろうかと思わざるを得ない。広島や長崎が、世界の各産業の利益を守ってしまっているという声を、私は広島の被爆者から聞いたことがあるが、これではその言葉が信憑性を帯びて聞こえてしまう。(「第五章 小児甲状腺がんの激増」P.169)
 
この重松逸造のことを、広瀬隆さんは巻末の「特別寄稿 広河隆一氏に期待する」の中で、『原子力産業の手先』と広瀬節炸裂で手厳しく非難。
 
原子炉時限爆弾」で、元通産省技官・衣笠義博と、その上司で所長だった垣見敏弘、御用学者の斑目春樹が『悪意をもってした』ことと「原発震災は人災である」と激しく糾弾されていたのと同じ調子でお怒りになっていました。
 
 
重松に育てられた人物が、現在の原子力安全委員会のメンバーとなって、福島第一原発事故の被曝を許容する暫定基準を決めているのだ。
 その連中の言葉を信じて、日本人は、放射能にまみれた空気を吸い込み、放射能汚染食品をむしゃむしゃ食べているのだ。(「特別寄稿 広河隆一氏に期待する」P.219)
 
このような御用学者たちが台頭している限り、日本は間違いなくチェリノブイリと同じ過程を辿るのでしょう…。
 
しかし、健康被害が出ても、広島や長崎の被爆者同様、原発との関連性を証明出来ないとして、政府も東電も責任を取らないと思う。
 
これ以上の放射能被害をださないために、私たちの出来ることは何か
 
 どうすればいいのだろうか。私たちに残されているのは、浜岡だけではなくすべての原発と各施設を無事に停止させ、無事に冷やすことしかない。その先には核廃棄物の永久保存が必要だが、これは世界でどこの国も見通しが立っていない。『一〇万年後の安全』というフィンランド映画があるが、そんな気の遠くなる未来まで安全な施設を作れるわけはない。(「おわりに そして、福島へ。」P.200)
 
この映画の監督のマイケル・マドセンさんは、岩井俊二監督の「friends after 3.11」に出演され、果てしない未来にまで負の遺産を押し付けていることに対する疑問を投げかけていらっしゃいました。
 
 
環境省が風力発電を施設したら40機分の原発を削減できると試算したことに触れ、広瀬氏の『エネルギーの熱効率を二倍にするシステム』という説を紹介。
 
 今こうした日本の構造そのものが問われている。福島原発事故は、日本の根幹を揺るがす事件であり、多くの人に大変な被害をもたらし、大地と海を汚染しつつあるが、同時に巨大な変化への一歩となる可能性も秘めている。それは変化なしには、もはや生存は保たれないと認識した人々が増えたからである。(「おわりに そして、福島へ。」P.201)
 
 
原発というものは、ありえない産業だということが、学べば学ぶほど分かる。そうした事実に覆いをかけることで、これまでの原発は推進されてきた。それを多くの錚錚たる肩書きの学者たちが支えてきた。
 こうした人々は、チェルノブイリ事故から、「都合の悪いことは隠す」ということしか学ばなかったといえる。世界の原子力産業にとっては、日本の政府などどうにも操れる存在だと考えるかもしれないが、もう私たちは泣き寝入りするわけにはいかない。徹底した人間の命の軽視の上に成り立つ原発産業を、これ以上甘んじて受け入れるわけにはいかない。(「おわりに そして、福島へ。」P.202)
 
私も、原発関連の書物を読み、学べば学ぶほど、命を脅かす、ありえない産業だと認識しました。
 
土の放射能汚染の報道で、土作りに人生をかけてきた、「リンゴが教えてくれたこと」の木村秋則さんのような有機農家のことを思いましたが、福島の有機農家経営者が自殺していたことが記されているのを読み、確かに原発事故の被害者だと怒りを新にしました。
 
 
広瀬氏は、こう結びます。
 
 多くの人々の健康と命より、原子力産業が優先される日本の構造が変えられるかどうか、私たちは今、試されている。(「おわりに そして、福島へ。」P.209)
 
昨日、郵便受けに電気料の明細書と共に値上げの通知が入っていました。
 
我が家は数百円から千円くらいの値上げになると見込まれますが、原発が再稼動するよりはマシ。
 
しかし、東電しか、選択肢がないことに、何とも言えない怒りがこみ上げてきます。
 


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「誰も書けなかった石原慎太郎」(佐野眞一)

  誰も書けなかった石原慎太郎
                佐野眞一            講談社文庫
 
著者の、「あんぽん」が、面白かったので、是非他の著書も読んでみたいと思っていたところ、
 
 
マツコ・デラックスさんと池田晴彦さんの 「マツ☆キヨ」で、石原氏の天罰発言や、新銀行東京の破綻やオリンピック招致の失敗による損失などに対し、お怒りになっているのを読み、私だけではなかったのだと力強く思う。
 
 
そしたら、なんと、尖閣諸島を買い取るという発言が飛び出し、呆然唖然
 
これは、嫌いとばかりに避けてはいられない、石原氏を知らなくっちゃと、本書を読んでみることにしました。
 
 昭和三十一(一九五六)年に、「太陽の季節」で衝撃的にデビューして以来、日本人は半世紀以上この男から目を離せないできた。それはなにゆえなのか。一言で言うなら、私が本書で証明しようとしたのは、その一点に尽きる。
 
ホント、私もそれが知りたい
 
佐野さんは、慎太郎の父・が頻繁に行き来したという樺太まで取材をされ、こう確信する。
 
私は慎太郎のコンプレックスの原点が、絶対に超えられない父親の潔と、誰からも愛された弟の裕次郎にあることを確信する。
 
新銀行もオリンピックも、滅多に人がなし得ない偉業を達成し、裕次郎よりも上に立ちたいという動機があるように思えてなりませんでしたが、父親へのコンプレックスも動機だったとは…、やれやれ
 
石原慎太郎という男の功罪を懸賞するとともに、新銀行東京の破綻問題でも相変わらず責任転嫁に始終した慎太郎に、get out(退場)の引導を渡すつもりである。
 彼の退場劇の幕を引くことこそ、様々な人物評伝を書いてきた作家としての最低限の礼儀だと思うからである。
 
しかし、本書の元本である単行本刊行は、二〇〇三年で、その年の都知事選で300万票を獲得して再選された頃がメイン。
 
佐野さんの引導は有効ではなかった
その八年後の昨年の都知事選も、九九年と同様の後出しジャンケンのような出馬表明で、ずっと同じことを繰り返していて、慎太郎も都民も何の進歩ないのだと嘆息。
 
佐野さん同様、慎太郎のどこに都民は魅かれているのか大変気になる。
 
 石原慎太郎は、嫌悪の感情にせよ、期待の感情にせよ、彼を見つめる者自身にもおそらく説明できない意識下の感情に、力強く、しかも間違いなくふれてくる男である。それは彼の個性と言動が、国民のなかにある名伏しがたい感情を確実に引き出し、彼がそれを自ら引き受ける形で生きつづけてきたからにほかならない。ある者にとっては、それが日本を崩壊に招く危険な兆候と映り、ある者にとっては、それが日本を救う卓越したリーダーシップの表出として映る。石原慎太郎を解剖することは、彼に向けられた人々のまなざしを検証することと、ほぼ同義である。
 
父・は没落した一家から中学も出ぬまま、大正バブルそのものの海運会社に入った天童あがりのサラリーマン。
 
母・光子は複雑な環境に育ち、絵描き志望の高女出の世界救世教の信者。
 
息子達を溺愛していた潔が突然亡くなり、自暴自棄になった裕次郎は放蕩。
 
一家は窮し、一橋大在学中の慎太郎が、金儲け目的に裕次郎の放蕩振りをネタに書いたのエログロの小説が芥川賞を受賞し、兄弟は時代の寵児として注目され、太陽族が流行現象となる。
 
 慎太郎が単なる物書きであれば、それだけで話はすんでしまうかもしれない。しかし、ここで忘れてならないのは、彼は物書きであると同時に、というより、それとは比べ物にならないほどの権力を握って現実を支配し、社会を動かす政治家だということである。虚実をとりまぜながら、理想と現実を確信犯的に錯誤させて語ることは物書きの特権であって、政治家がその禁を犯したとすれば、取り返しのつかない事態を現実に招くことになる。
 
シナ」などの過激発言は、自分の敵と味方を見極めるための計算だと、ある雑誌編集者は指摘。
 
交友があり、価値観は違うが人柄が好きだと言う谷川俊太郎は、「ただ、『太陽の季節』以来一貫してある、弱い者への同情とか共感があまり感じられない点だけは、政治家だけに、僕も多少ひっかかります」と語る。
 
尖閣諸島に関しても、浪人時代既に強行上陸を企てていたと知り、根の深さに驚く。
 
覚醒剤取締法違反容疑で逮捕された映画「宇宙戦艦ヤマト」の西崎義展監督所有の船で、物見遊山のダイビングクルージング後、その船に自動小銃二丁と実弾千八百発などが積み込まれていた疑惑も発覚したとあり、驚愕。
 
九九年の都知事選で後出しジャンケンを優位にするための策として、米軍横田基地の返還と軍民共用化の実現も公約の一つに掲げており、先日の野田首相との会談で尖閣には触れず横田基地を出したのも納得。
 
「公約なんて、実現可能なことは言わないものです。実現できなかったときに支持率が落ちるだけですからね。(公約は)オッと思わせることが大事なんです」
 
法政大学の杉田敦教授は慎太郎に投票する人々をこう分析する。
 
頼りがいのある」リーダーたちを、尊敬していると言うよりも、むしろ、ひそかに軽るんじながら、利用しようとしているように見える。
 自分たちは良識ある人間なので差し障りのある極論を言ったり、外国人への偏見を公言したりはしたくない。しかし、他方で、そういうことができる存在を確保し、「彼ら」に対して睨みを利かせてもらいたい、ということのようである。
 
いつも、時代のメインストリームを反時代性を帯びて批判することによって勝利をおさめてきた慎太郎。
姜尚中氏は、こう分析。
 
「石原はどこか違う。彼ならばやってくれる」という期待感を与えることになる。ちょうど毒舌で大衆を煙に巻いたビートたけしの口吻のように、むしろ石原が大衆に迎合するよりも、逆に大衆が石原に迎合するような、そうした被虐的なカリスマへの依存関係のようなものが出来上がりつつあるのだ
 
何故、マスメディアは強く批判しないのか前々から疑問に思っていたが、石原都政に批判的な記事を書いた日経の記者が飛ばされたことが関係しているとのこと。
 
二〇〇〇年の銀行に対する外形標準課税導入に関して意見した鳥取県の片山知事に対して、「『てめえ』とか『あいつ』呼ばわりするだけでまともな論議をしようとしない。これは首長としてとるべき態度ではありません。説明責任を果たしていないからです」と反論する片山氏に激しく共感。
 
この件から、被災地に自腹を切り多額な寄付をした氏にも同じような発言をしていたなあと、思い当たる。
 
税というものは絶対に中立的でないといけない」とする片山氏の意見は、正論で、「政府がやらないからオレがやったんだというのは、全くのまやかし」という言葉は、今回の尖閣諸島発言と同じ手法だと思いました。
 
原宿大規模留置場建設構想反対区民の会代表代行の佐藤銀重氏の指摘にも、激しく共感。
 
 石原さんはいいこともやるけど、一番いけないのは、くだらないカジノの計画はじめ、いつも思いつきだということです。石原さんは『東京から日本を変える』といっていますが、留置所というのは国の管轄でしょ。国がやるべきことを、そもそもなんで都の税金を使ってやらなきゃいけないんですか
 
前々から、慎太郎の言動や行動は、総理大臣に就任した暁にやろうと思っていたことを都政で実行し、なし得なかった憂さを晴らそうかとしているかのような印象を持っていたので、自治労連東京都庁職員労働組合書記長石橋映二氏の意見にも共感。
 
「一番の問題は東京都の役割自体を大きく変えようとしていることです。住民の意見を聞いて地方自治を進めるのではなく、治外法権的なものを東京につくろうとしているような気がします。変な話ですが、彼が総理大臣になったら、東京都という自治体そのものが存続しなくなるのではないかという危機感を感じます」
 
ただ、本書は、慎太郎が総理大臣になる可能性も大いにあった頃に刊行されているが、今はその可能性は、私はないとは思っています。
 
慎太郎はファシストかという質問に答えた自民党の故・松野頼三氏の意見にも共感。
 
「危険だとは思いませんね。君子豹変する方だよ。実利的な男だからね。自己顕示欲が強くて、中曽根(康弘)の若い頃に似ている。けれど、中曽根の方がずっとイデオロギーがあった」
 
築地市場の移転も、何故あそこまで拘るのか疑問を思っていたが、新銀行東京問題を追究している民主党の大塚耕平氏は、こう言う。
 
「築地の中卸業者でつくる組合が、農林中金からの債務を、東京都の出資するファンドで棒引きしてもらったという事実がある。都が出資したファンドは、いわば都が自分の自由になる財布を持ったようなもので、構造的には新銀行東京と同じです。都はそのファンドを使って九億円以上の借金を棒引きしてやるかわりに、移転反対派を抑え込んだ疑いが濃厚です」


「東京魚市場卸売共同組合の前理事長は市場移転に反対だったが、現理事長になったとたん、組合は賛成に変わった。そしてそれとほぼ同時期に九億三千万の借金が棒引きされている。東京都のファンドは移転反対派の懐柔策として使われたのではないか」
 
以前より、老害だと思っていたが、第四部の「始まった老害」という章の出だしは
 
腹心の浜渦を失った東京都庁で急速に進んだのは、石原都政の私物化と公私混同、そして慎太郎自身の親バカぶりである。
 
葛飾区議で「税金を監視する会」代表の石田千明氏は、高級料亭などを使った高額な接待費や、夫人同伴の高額な海外出張費などを指摘。
 
これは、オリンピック招致の際、わざわざ御自らお出ましになった時、ただ海外で豪遊したいのだろうと邪推してしまったことを思い出しました。
 
 都税を公私混同し財布代わりに使っている都知事と、それに群がり甘い汁を吸っている取巻きの図は、やはり…と、思わされました。
目先の自分の利だけを求める輩は、結局は自分の所属している場を滅ぼしてしまうということを想像できないのか…。
 
本書が指摘しているように『自分がつくった新銀行が事実上、破綻した責任について謝罪する言葉は一切ない』にも、怒り心頭しています。
 
都税は、知事の財布ではない
 
先の大塚耕平氏はこう指摘。
 
「四百億円の追加出資を受けて、東京都は、新銀行を監視するために金融管理室をつくりましたが、何もやっていないのに等しく、追加出資に輪をかけた税金の無駄遣いをしているようなものです。新銀行が現在のような事態になった説明責任は、東京都にあります。東京都はこれまで何もしてこなかったということで、都民から不作為責任を問われ、提訴されるかもしれません」
 
しかし、怒りもせず、懲りずに慎太郎に票を入れ続ける都民…。
 
嗚呼、石原都政は、まだあと三年も続くんですよね…
 
嫌いな人物の話を読むのがこんなに辛いとは
 
なかなか読書が捗らず、苦戦してしまいました。
 
あんぽん」の孫氏の父は魅力で、佐野さんも惹かれている様子が伝わってきて、読みものとしても読ませましたが、本書の潔氏に関しては多くの分量が費やされているものの、直接関係ない箇所も多く、もっと削れた気がします。
 
誰も書けなかった」という題名から、もっと鋭く、深く、真相に迫っているのかと期待していましたが、残念ながら目新しさは感じませんでした。
 
新銀行東京の件や、オリンピック招致に拘る理由を読みたいと期待していたのですが、あまり触れられていなかったのが非常に残念でした。
 

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誰も書けなかった石原慎太郎 講談社文庫 / 佐野真一 〔文庫〕


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「原発に頼らない社会へ 」(田中優)

原発に頼らない社会へ
       こうすれば電力問題も温暖化も解決できる
            田中優        ランダムハウスジャパン

 
岩井俊二監督の映画・「friends after 3.11」で、著者の田中さんのお話に大変興味を持ったので読んでみました。
 
約30ページほど「はじめに」という原発事故関連の章の後、「目次」があり、本筋に入るという構成で、 本筋に関しては題名との飛躍に戸惑いました。
 
当初は、「ヤマダ電機で電気自動車(クルマ)を買おう」という題名で刊行予定だったものを、原発事故が起きたことで大幅に追加、修正して緊急出版されたものと知り、何故「山田電機」なのかはさておき、納得。
 
今夏の電気量不足が取りざたされていますが、果たして、電気は本当に足りないのか
 
原子力発電以外のコストはそんなに割高なのか
 
夏場のピーク時の電力消費量の中で、家庭の電力消費はピーク消費量の9%程度しかない。91%は事業者の消費だ。(P.5)
 
 
 この事業者向けの「使えば使うほど安くなる電気料金の仕組み」が問題だ。だから解決するのも簡単だ。「使えば使うほど高くなる」電気料金に変えればいい。(P.103)
 
 
しかし、電力消費ピークは、毎日出るわけではない。1年間365日×24時間=8.760時間の中で、ピークが出るのは年間10時間にも満たないのだ。つまり、0.1%程度しかピークは出ていない。(P.106)
 
 
 電気消費のピークは、負荷率をドイツ・北欧並にすることで25%下げられる。事業所向けの電気料金を、「使えば使うほど高くなる」仕組みにできれば、今の消費全体を22.8%下げられる。両方合わせると、約半分の発電所はとめることができる。(P.111)
 
大震災後の計画停電は、火力発電所と燃料の石炭が津波による被害を受けたことと、原発を優先しピーク時ではなかったため休止していた火力発電所を再度復活させるために最低二ヶ月要するための措置で「原子力がなければ電気は足りなくなる」というわけではないとされていて、小出裕章さんの「原発のウソ」と同意見でした。
 
 
地球温暖化ありきで二酸化炭素を如何に削減するかと提案されている章に関しては、その前提である『地球温暖化&二酸化炭素説』自体を納得しきれていない私には、その是が非かから書かれていなかったことを不満に思いました。
 
 
また、放射能汚染については、2011.4.20に発行されていることから、その後の一年で確かになったことを把握している身には、データーや、ヨウ素の摂取の件や、田中氏の説の中には、曖昧なものがある観が否めず、すべてを受け入れることはできませんでした。
 
 
金町浄水場の水道水の放射能汚染を受け、政府は200ベクレルを基準とし、乳幼児には100ベクレル以上の場合は飲ませるべきではないと対処したが、WHOのデータでは10ベクレルとのことで、
 
それと比較しても「甘すぎる基準」 を作ったことは、逆に人々をパニックに陥れ、安心できない、信頼できない状態にする。ちゃんと安全な基準を出して、それを超えるものは供給しないという姿勢こそが必要だ。(P.10)

という意見には共感。
 
 そもそも日本の地震はあまりにも多すぎる。1970年から2000年にかけての30年間に、震度5以上の地震はイギリスは0、フランス、ドイツは2、国土の面積が極めて広いアメリカは322回、それに対して国土の極めて狭い日本には3954回も起きている。そもそもこのような地震が多い国に原子力発電所を建てること自体が、常識を外れているのだ。日本にはそもそも原子力発電所を建てるべきではないのだ。(P.27)
 
という意見にも共感。
 
 
大企業恐竜に例え、話を進める様にも感心。
 
電力会社10社の広報宣伝費は、日本第一位のトヨタを軽く上回る額で、マスコミにとっては最大スポンサーであることが『日本を「情報鎖国」にしている』と指摘し、電力会社に情報支配のための広告宣伝費を出させない仕組みの必要性を説く。
 
恐竜のご機嫌伺いのマスコミは、共に滅びる運命にあるのではなかろうかと思わされました。
 
 
石油あるところに戦争が起き、命の次に大切な金の流れを蔑ろにし変革はできないという考えにも感心。
 
たとえば環境問題は、自分の心がけやライフスタイルで解決できるものではないと。
 そのとき、大きな動機になるのがカネだ。意識しようがしまいが、多くの人にとって命の次に大事なのはカネだ。その最大の動機づけを軽視するわけにはいかない。(P.158)



戦争・扮装の起きている地域の共通点を調べてみた。すると面白いことに、そこには必ず「石油、天然ガス、パイプライン、鉱物資源、水」 のある領土、または利権の奪い合いがあった。よく言われる「宗教、民族紛争」ではなく。(P.152)
 
田中さんは、エネルギーの民主化として、送電線の開放し、公共財化することを提案。
 
いうならば東京電力は、無保険で自動車を暴走させるような無茶なことをしていたことになる。
 この結果発生した賠償金を、日本政府が肩代わりして支払わなければならないのだ。そこでぼくはこうすべきだと思う。まず政府が保証する。その賠償額は、はるかに東京電力の資産額を超えてしまう。それならば、日本政府が賠償を肩代わりする担保として、電力会社から送電線を取り上げるのがいいと思うのだ。電気事業は3つの事業に分けることができる。「発電」、「送電」、「配電」だ。以降の賞で詳述するが、そのなかで、電力会社の最大の資産は、実は送電線なのだ。その送電線を”自由化”することが重要なのだ。(P.28)
 
 
 誰でも新たな自然エネルギーを作ったならば、送電線につないで利益を得ていいという仕組みにしていくべきだ。(P.29)
 
 
今の電気事業法による規制は、実質的にさまざまな安い自然エネルギーを生み出せるはずの地方を、貧しくしているのと同じだ。作れるはずの電気を売らせず、買わずに済む電気を買わせ、得られるはずの利益を失わせているのだから。(P.141)
 
 
 戦前、全国には600社を超える電力会社があり、自治体の水道局の隣には「電気局」があって地域に電気を供給していた。これが戦時中に国策会社1社に統合され、戦後に9つ(復帰後の沖縄を含めると10社)の電力会社に分割された。これに対し地方自治体は、1965年まで発電所を返還を求め抵抗を続けていたのだ。電力会社はそもそも巨大である必要はない。地域の自治体の水道局の隣に「電気局」を作ればいい。そうすれば1つの県あたり、毎年流出する1000億円以上の資金を県内に循環させることができる。(P.144)
 
 
町を復活させられる人は、必ずその地域に「あるもの」を見つけることができる人だ。(P.148)
 
東電は家庭向け電気代の10%値上げを発表し、関電は今夏の電気量が20%不足としてそれをネタに大飯原発再稼動を迫り、強請っている印象を受けます。
 
東電の値上げに関しては、福島の事故の尻拭いを消費者にさせようとしているのではないかと邪推したくなる。
 
政府や電力会社は原子力エネルギーのコストの低さを声高に訴えているが、その中には事故が起きた時のコストは含まれていません。
 
地震や津波に襲われなくても、事故の可能性もありえる上、処理法も確立されていない使用済み核燃料を、地震帯で地下水が潤沢な日本の国土に埋めて保管することについて、安全と発表する政府。
 
何故そんなリスクを侵してまで原発に固執するのか、全くもって理解できません。
田中さんの言を借りるなら、原発関連には命の次に大切な金の流れが見え隠れしてなりません。
 
金の流れを一所に集めず、変えるためには、一握りの人たちだけではなく多くの人が関わることができるよう、自由化と活性化が必要に思えます。
 
地震国である日本は原発に頼らず再生可能エネルギーに舵取りをすべき。
それは必ず、新たなビジネスチャンスにも繋がるはず
 

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「希望の地図 3.11から始まる物語」(重松清)

  希望の地図 3.11から始まる物語
           重松清           幻冬舎
 
それでも三月は、また 』の『おまじない』は、被災者ではない私の心の葛藤を代弁してくれたかのような作品でした。
 
 
作品によっては、暫し立ち直るのに時間を必要とさせる重松さん。
本書は、ルポライターでもある重松さんが、被災地を取材して書いた本と知り、何を突きつけられ、それに自分は耐えられるのか、正直、怖かった。
 
ルポライターとしてのペンネーム・田村章ではなく、重松清として出版されているのが疑問でした。
取材役に田村章を登場させ、その同伴者として不登校の中一・光司を使い、小説風に書かれていて読みやすく、『ドキュメントノベル』という宣伝文に納得。
 
2012.3.11、『希望の地図』を描く旅の出発地は、意外にも、東京富士フィルム写真救済プロジェクト』。
 
彼らを奮い立たせた言葉は…
 
「何もかも津波でなくなってしまいましたが、思い出だけは残っています。でも、その思いでも、記憶だけではいずれ薄れて、なくなってしまいます。だからこそ、思い出をこれからも写真という形で残しておきたいんです」
 
自然に黙祷できるおとなを見ながら、光司はこう思う。
 
 震災で亡くなった人たちの死を悲しみ、冥福を祈るための黙祷だと、理屈ではわかっている。だが、光司の親戚や知り合いの中に被災者はいない。震災による死者は一万五千人を超えている。その数字は理解できても、顔も名前も浮かばない人たちの死を、いったいどうやって悲しめばいいのだろう。
 
しかし、救済された写真を見た後は、考えが変わり、心をこめて黙祷できなかったことを後悔する。
 
取材地は、岩手県盛岡市、宮古市、山田町、大鎚町、釜石市、大船渡市、陸前高田市。
宮城県気仙沼市、南三陸町、女川町、石巻市、仙台市、名取市、亘理町、山元町。
福島県福島市、南相馬市、飯館村、いわき市。
 
取材先は、マスコミ、市民、会社経営者、ボランティアなどなど。
 
マスコミは、中央のマスコミとは違う地元の人のための情報を提供している、リンゴラジオ石巻日日新聞NHK仙台放送局
 
石巻日日新聞竹内報道部長のお話で、戦時中の「一県一紙」の新聞統制があった事を初めて知りました。
 
下記の抜粋文が特に印象的でした。
 
「中央のマスコミは盛んに『復興』という言葉を使いますが、その前に『生活』でしょう。街が元通りになることも大事ですが、ふるさとで生活する人々の心が元気にならないと。そう思って、七月から企画記事を始めました。シンサイ復興…『震災』ではなく『心災』からの復興なんです」(石巻日日新聞・竹内報道部長)
 
 
「がんばれる人だけが、がんばってください。無理の出来ない人は無理する必要はありません」(NHK仙台放送局『被災地からの声』津田アナウンサー)
 
故郷を愛し長年地元の活性化のために尽力してきた方、震災を機に使命感を感じUターンした方、私財を投じて自ら復興を手がけている方など、一般市民も取材。
 
<私たちは被災者一人一人が「見捨てられている状態」を作らないことが大切と考えます>「収入としては微々たるものでも、自分のやるべき仕事があることで張り合いができます。それがなかったら、こんな状況だと、ほんとうに心が折れてしまうかもしれないんです」( 復興プロジェクト かけあしの会・菅原さん)
 
生活再建や復興には長い期間を要するから、その間に気持ちが折れないようにするために必要とされるのは文化活動だとする南三陸町の及川図書館長の話にも、活字中毒者としては非常に共感。
 
震災により経営危機に直面した経営者も取材。
 
彼らの共通点は、社員とその家族を守ること、そのためには地域の復興と活性化が必要でそれに協力するのが第一という広くて長い視野。
 
イー・ピックス熊谷社長が出版した『ケセン語訳 新約聖書』を『それでも三月は、また 』で『美しい祖母の聖書』を書かれていた池澤夏樹さんが<地方出版の鑑である>と絶賛したという件を読み、津波を被った『ケセン語訳 新約聖書』の話から生まれた作品だったのかもと思わされました。
 
しかし、福島の飯館村では、それまでとは性質が変わってくる…。
 
放射能被害を警戒し、光司の同行は許されず田村一人の取材となる。
 
内陸部にあるため津波や地震そのものによる被害は軽微のものにとどまったが、原発被害により村民の暮らしが元に戻る目処は立っていない…
 
 「風景が変わる悲しさもあれば、風景が変わらない悲しさだってあるんだ」
 無人の村を、目に見えない放射能は静かに汚し続ける。その静けさが、ぞっとするようなまがまがしさとなって、僕の胸を締め付けてくる。(田村)
 
特別養護老人ホーム『いいたてホーム』は、計画的避難区域にあるが八方手を尽くしても避難先を見つけられず、受け入れ待機している百人のためにも、苦心の末現状維持を選択したとあり、何とも言い難い気分に…。
 
いわき市の、『アクアマリンふくしま』は、手塩にかけて飼育してきた魚が停電のため温度調節できず九割を失ったが、多くの人命が失われた中、魚の死の悲しみは後回しにせざるを得ず、「死んだ魚を拾うことが復興への最初の作業なんだと、自分に言い聞かせていました」と言う津崎飼育員の苦しい胸中が伝わってきました。
 
「この街に『スーパーリゾートハワイアンズ』と『アクアマリンふくしま』があって、見事に営業を再開した…そのことじたいが、いわき市の大きな『希望』になっているんじゃないかな」(田村)
 
4./19の日経新聞夕刊の一面の『福島、鈍い観光復興』 という記事に、鶴ヶ城とハワイアンズは回復傾向にあるとありました。
 
修学旅行先や遠足先だった施設の集客回復に関しては厳しく、『アクアマリンふくしま』の津崎さんの感想通りの難しさを含んでいると感じました。
 
ボランティアは、大学が窓口となりボランティアを派遣した東京の大正大学を取材。
 
 その際に大学が学生たちに強く念押ししていたのは、「なにかをしてあげたい」ではなく「なにかをさせていただきたい」という思いを持ちなさい──ということだった。
 
 
 
 「痛みをわかり合うことはできなくても、この子達に寄り添うことはできる、と気づいたんです。一緒にいて、話を聞いて、遊びに付き合ってあげる、それだけでもいいんだ、と…」
 
この大学生たちや、語り手の二人が様被災者でないので、彼らの葛藤に共感することが出来ました。
 
 被災地の範囲があまりにも広いからこそ、何処に目を据えればいいのか決められない。被害が甚大だからこそ、自分のような部外者にそれを記事にする資格はあるのかと思ったし、被災地を取材して原稿料を稼ぐのは震災を利用することになるんじゃないかという気もした。


 その一方で、物書きというより同じ時代を生きる一人の人間として、もっとしっかり、まっすぐに震災と向き合わなければいけないんじゃないか、という思いも消えなかった。(田村)
 
『中学受験失敗&イジメによる不登校』という問題を抱えた設定に重松さんらしさを感じる光司も、部外者の自分が被災地を回り、取材により立ち直るきっかけを掴もうというのは自己中心的で、被災者に失礼ではないかと葛藤しています。
 
 「その気持ち、わかるよ」とは、もちろん言えない。けれど、わからないままでいるのも、たまらなく申し訳ない。
 じゃあ、僕はどうすればいいんだろう…。
 
希望学」のプロジェクトを立ち上げている東大の社会科学研究所・玄田有史教授は言う。
 
 「夢は無意識のうちに持つものだけど、希望は、厳しい状況の中で、苦しみながら持つものなんですよ」
 
そして、『挫折』は、『希望』のバネになることもあると…。
 
 「俺たちの取材は『希望の地図』という題名で連載しているわけだけど、それは『絶望の地図』と表裏一体なんだよな。前に向かって進む『希望』の隣には、打ちひしがれた『絶望』もあるんだ。それを絶対に忘れちゃいけないんだよ」
 
 
 「希望というのは、未来があるから使える言葉なんだよ」(田村)
 
本書を読みながら、小川洋子さんと河合隼雄先生共著の「生きるとは、自分の物語をつくること」を思い出してなりませんでした。
 
 
特に、感じたのは下記に箇条書きにした五つ。
 
●生きて行く上で受け入れがたいものを人は自分の形に合う『その人なりに現実を物語化して記憶にしていくという作業を、必ずやっていると思う。

●戦争や事故から生還した人や、子どもをなくした母親が自分に責任がないのに自分を責めることは、「原罪」を柱としているとし、『だけどそのことを、主にとして苦しんでばかりおったら意味ないわけでしょ。その荷物を礎にせなアカンわけですよ』

●『キリスト教は「原罪」が基本であるけれど、日本の宗教は「悲しみ」が基本になることが多い』

●『「頑張れよ」っていうのは、つまり「さよなら」ということ』だから切っていることで、「あなたが持ってきた荷物は、私も持ってますよ」という態度で別れる。

●望みがないときは「望みを持ってずっと傍にいる」ことが大事。
 
P.73「『がんばれ』っていう言葉、気持ちはわかるんだけど、けっこう残酷だよね」という光司の言葉が、上の四番目の河合先生の言葉と重なりました。
 
また、P.75の「生き残ったことには、やっぱりなにかがあるんだと思うんです。だから、とにかく行きよう、生きていこう、というのが『希望』なのかもしれませんね」という津田アナの言葉は、「笑い三年、泣き三月。 」(木内昇) のふう子「「生き抜く』っていう才能」に重なりました。
 
 
田村は言います。
 
 震災は人々からたくさんのものを奪い去った。震災によって断ち切られたりおわってしまったりしたものは数え切れない。けれど、そこから始まるものだって、確かにある。
 
私も、そう信じたい。
 
しかし、給付金を貰っているほうが楽だからと就職活動もせず失業給付金でパチンコ通いしている人がいることや、石巻専修大学で行なわれた成人式の酷さにも苦言を呈していて、『希望』という綺麗事だけでは終わっていない。
 
この光司を登場させた意味は、 長い年月かかる復興という重荷を担わなざるを得ないリレーのバトンを若い世代に託す意味合いがあったのではないかと思いました。
 
田村の取材旅行には同行できない若者も、田村の文章からリレーのバトンを受け取って欲しい。
 
ただ、被災者である石巻の新成人達すらあの様なのですから、非常に困難性を含んでいるであろうことは否めない。
 
(このような新成人の暴挙はいつ頃から始まったのでしょうか…
同世代が集まる大学の入学式では見受けられないのに、何故、成人式では恥ずかしい行為を晒そうとする者がいるのか、新成人の親としてはとても理解に苦しみます)
 
しかし、ボランティアの大学生や、使命感に燃えてUターンした若者に『希望』を感じました。
 
被災地を置いてけ堀にする感の中央のマスコミの報道のあり方を考えさせられ、私は他人の心を気遣う心を含めた想像力こそ『希望』に繋がるのではないかと思わされました。


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「中国なんて二度と行くかボケ!」「インドなんてもう絶対に行くか!!なますてっ!」(さくら剛)

    中国なんて二度と行くかボケ! ・・・・・・でもまた行きたいかも。
                                      幻冬舎文庫
     インドなんてもう絶対に行くか!!なますてっ!
                                    PHP
                                              さくら剛
爆笑しながら読んだ「感じる科学」の中に、著者曰く『本業は旅行記』とあったので、二冊を読んでみました。
 
 
まずは、、「中国なんて二度と行くかボケ! ・・・・・・でもまた行きたいかも。
 
 
評判の高い「インド」を差し置いて本書をチョイスしたのは、昨年行った上海(記事はコチラhttp://blogs.yahoo.co.jp/konpeitou_06/51975558.html)や、先月行った北京(記事はコチラhttp://blogs.yahoo.co.jp/konpeitou_06/52506196.html)のことが書かれていて、楽しめる予感がしたからです。
 
ニートでプチ引きこもりの著者が旅に出たきっかけは、来月から中国に住むと大好きだった彼女に振られてしまったこと。
軟弱な自分を鍛えるためにスタート地点を南アフリカ共和国にし、中国にたどり着くまでに一年以上かけたそうです。
 
それまでのお話は、「アフリカなんて二度と行くか!ボケ!……でも愛してる(涙)」とか、
 
 
次に紹介する「インド」の旅行記に収められています。
 
しかし、旅行記といっても、さくらさんの本の場合、名所などの紹介がメインではありません。
 
 旅とは……、苦しみである。旅とは、下痢である。旅とは、病気と我慢とストレスと汚物との戦いである。
 
これから、想像がつくように、トイレ事情がメインです( ̄ー ̄)ニヤリ
 
の鋭い突込みには、大爆笑。
 
 あんたら、4000年の間いったい何やってたんだよ!!宇宙船や核兵器より先にトイレのドアを作れよっっ!!!

チベットやウイグルの情報はちゃんと公開して、排泄中の姿の方を隠せよっ!!隠すべき方をちゃんと隠せっ!!!
 
しかし、考えてみると、これは文化の違いなのかも
 
日本人の温泉や銭湯文化に対し、同じような突っ込みをしたくなるであろう外国人は多数いると思うから。
 
私は極寒の北京で歩道に直径5cmほどの凍結した多数の物体の正体が、痰&唾と気付くまでに時間を要しましたが、電車内にも平気で吐くという件に、驚くと共に(中国だったらさもあらなむ)と、納得する自分がいました。
 
中国のチョコはマズイにも同感。
 
海賊版天国と指摘し、北京にあったパクリキャラの遊園地を『海賊版ランド』と命名すればよかったのにという突っ込みにも大爆笑。
 
珠海では「三ツ星未満のホテルは外国人を泊めてはいけない」という決まりがあるらしいと書かれてありました。
 
私は、普段はツアー旅行は極力選びませんが、中国に関しては、さくらさんのように腹痛とかトイレに苦しまされたくなかったから、五ツ星ホテル宿泊を売りにしている全食事つきツアーを選択し、やっぱり正解だったと安堵しました。
 
読了後、続けて「インドなんてもう絶対に行くか!!なますてっ!」を読みました。
 
 
本書は、デビュー作・「インドなんて二度と行くか!ボケ!!―…でもまた行きたいかも。 」から3年後のインド旅行について書かれています。
 
 
前作は、抱腹絶倒の書だったようですが、「中国」に比べて本書のインパクトは高くありませんでした。
 
これは、さくらさんの旅行記に免疫がついたのか、それともインドはそういう国だろうと端から思っていたためか
 
近隣から観光客旅行者が続々と集まるこの場所はまさに悪徳インド人がてぐすね引いて待ち構えるアリ地獄である。
 だがしかし、はっきり言ってオレは3年前のインド旅行でほぼあらゆるパターンのボッタくりやリトル詐欺、しつこい物乞いを経験しているわけで、そんじょそこらの初々しい観光客とは違うのだ。今回の旅は、むしろオレの方がインドに対してやり返す、インドとインド人への復讐の旅だと思っている。
人ごみに目をやると……いますいます。人を騙すことが生業と思われる怪しい人たちがたくさんいます。
 
うーむ。ほとんどワニの群れに鶏肉を投げ込んだくらいの、完全な入れ食い状態だな。わしゃ鶏肉か。
 
イパキスタンやイランなどのイスラム諸国の方は誰もが旅行者に親切で手を差し伸べてくれるのに対し、『インドでは誰もが旅行者の足を引っ張っている』そうです。
 
中でも、ひどいのはデリーだそうです。
 
 翌日はいよいよ、デリーの町に繰り出さねばならない。出来れば部屋の中でずっと過ごしたいが、旅行者がデリーに来たらとりあえず出歩いて嫌な思いをしなければならないというのはある意味国際的なルールである。
地球人としての一般常識に基づいて物事を考えたらダメなんだってこの国では(涙)。
 
映画「スラムドッグ&ミリオネア」を見たばかりだったのですが、映画は、決して誇張というわけではなかったのかもと思えてきました。
 
 
 
以前の旅の復讐や証明を身体を張ってしに行くところは多田文明さんの「ついていったら、だまされる
」などの、「○○したらこうなった」シリーズを連想。
 
 
インドは最初から自分には行けない国だろうと思っていましたが、益々その思いを強くしました
 

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