日韓親善

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   【小泉城と冨岡氏系図(丸に数字は何代目)】
    (このブログ上の冨岡氏系図は、我が家に伝わる系図を元に作成しましたが、
    未完成の記述ですので、後日ホームページをアップ予定です)

 * 画像は、三宅芳高・関口尾張・中帯刀・真下越前・久保田重則等が建立した瑠璃光山薬師院常光寺。
       山門左側の地蔵様は、2011年の震災で倒れ、破損した為、
      奈良原石材店が新しい地蔵様を寄贈してくれました。

  →冨岡主税介直光(とみおかちからのすけなおみつ)
   [四十八歳の時、古河公方足利成氏と其の子政氏に仕え軍功有り、
   吾妻七十一ヶ村・小泉二十ヶ村・深谷二十二ヶ村の領主と成り、
   永徳元年四月(1489年)此処に築城する]

  →冨岡玄蕃允秀光 (げんばんのまことひでみつ)

  →冨岡主税頭秀信(とみおかちからのかしらひでのぶ)
   [私の先祖三宅太郎左衛門尉藤原芳高を家老で招いた]
    遠い昔韓国から来た私達のルーツ  http://www.geocities.jp/korealobby/roots.html

  →冨岡清四郎大炊介秀親(とみおかせいしろうおおくのすけひでちか)
   [永禄十二年(1569年)十二月二十六日北条氏系武州忍城主成田下総守と現在の太田市古戸で戦死、
   私の先祖芳高も深手の傷を負い、
   翌元亀元年(1570年)一月二十三日奇しくも私の遠祖児島高徳の父範長と同じ、
   59歳(数え歳)で死去する。]

  →冨岡対馬守入道秀長(とみおかつしまのかみにゅうどうひでなが)
   [妻妙智尼は、私の家から嫁いだ三宅太郎左衛門尉藤原芳高の娘で、
   後に、正眼寺を開基。
    対馬守の法号「要津院殿天性長源大居士」、
   妙智尼の法号「正眼院殿愚安妙智大姉」の位牌を守護しています]

  →冨岡六郎四郎秀朝(とみおかろくろうしろうひであさ)
   [秀吉の小田原城攻略の際、弟新三郎氏高と共に、五百騎の精鋭と小田原城防戦の為出陣したが、
   其の間に豊臣軍の浅野弾政・前田孫四郎の十万騎に小泉城を落城されて、帰るに帰れず、
   同行の私の先祖三宅芳高の案内で、親戚の三河広瀬城主三宅右衛門尉貞安に逃れる]
    天正十八年(1590年)七月七日小泉城落城。六代百一年続いたの冨岡氏小泉城は終焉したのです。

  * 冨岡家に関する詳細は、下記ページを御覧下さい。
    冨岡家と菩提寺龍泉院、そして三宅氏の私。
     http://www.geocities.jp/korealobby/rixyusenin.html

  * 三河田原城主七代三宅能登守康邦(田原藩三宅家十代)
    ウィキペディア
     http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%AE%85%E5%BA%B7%E9%82%A6
    の家臣に、冨岡主税頭秀信を敬愛する其の五世裔冨岡六郎左衛門秀倶と云う武士が居て、
     此処に来て、墓地を探したが見つからず、
    冨岡家代々の菩提寺竜泉院に<俊叟正英庵主>と刻んだ供養塔を立て、
     供養を済ませ、田原に帰ったので有ります。


   【小泉十六氏

  <楠木正行家臣
      関口(門乃亟)・中(「牛の平四郎」と呼ばれた彫刻家中平四郎の一族)・真下
     ・久保田・佐藤・内田・山口・飯塚・金子・河内・橋本・金井・川島・飯田。
      楠木正成の長男正行(23歳)は、正平3年/貞和4年(1348年)四條畷の戦いに於いて、
     足利方の高師直・師泰兄弟と戦って敗北し、弟の楠木正時と刺し違えて自害した為、
     残った妻加富貴御前と上記十四氏及び、姓不詳ニ氏を伴い、
     御前の父常陸の国の国司楠木正訓と新田一族を頼り、
     河内の国から逃れて来たものの、時既に遅く、此処小泉に定住。
      其の後、冨岡直光が延徳元年(1489年)4月小泉城を築城し、各々家臣に納まった。
      
  <冨岡家家臣
      三宅芳高・関口尾張・中帯刀・真下越前・久保田重則・(左記五名等が常光寺を建立)。
      私の先祖三宅芳高と楠木正行家臣の子孫が竜泉院二世の僧芳庵を開基に、瑠璃光庵を建立。
      其の後、元禄年間に僧碧天に依り、瑠璃光山薬師院常光寺と成る。
      本尊は鎌倉時代の運慶作薬師如来像。

 *   即ち、楠木正行家臣十四氏と、
    私の家と小泉の旧家木村家を合わせた十六氏を小泉十六氏と呼称する。

 ■ 2002年10月24日現在(ハローページ等調べ)の十六氏の世帯数は、
   三宅(我が家のみ)1軒、木村24軒、関口30軒、中0軒、真下19軒、
   久保田101軒、佐藤24軒、内田21軒、山口22軒、飯塚18軒、
   金子22軒、河内17軒、橋本19軒、金井35軒、川島41軒、飯田12軒ですが、
   勿論、同姓でも縁の無い世帯が有ります。


 *   河内吾作氏の提案で、昭和42年(1967年)11月小泉十六氏会が発足し、
    当時の真下正一町長・久保田富一郎県議等が集まり、
    名門家と町の発展等に寄与する事を趣旨とし、
    何度か、父の名代で出席したが、河内吾作氏・真下光司氏(いずみ史会)等の死去に依り、
    現在は、自然消滅の状態です。

   <ご注意>
   書籍で、WEB上で、富岡と表記されている物が有りますが、冨岡が正規です。


  【重要関連ホームページ】

 冨岡家と菩提寺龍泉院、そして三宅氏の私。 http://www.geocities.jp/korealobby/rixyusenin.html

 太平記の里・児島高徳公終焉の地案内記  http://www.geocities.jp/korealobby/takanorikou.html
 
 二千年前韓国から来た私達のルーツ    http://www.geocities.jp/korealobby/roots.html


  ★ 今年も、小泉十六氏等が植えた小泉城址「城の内公園」の桜を見に、
   大勢の花見客が来ました。

   (小泉城址は、全部無くなる訳でしたが、伊東安治町長が公園として、残して呉れました)

  * 我が家に伝わる冨岡氏系図の画像を掲載したのですが、
      WEB上で、転載されているので削除しました。
       <冨岡家と菩提寺龍泉院、そして三宅氏の私>から御覧下さい。



   동아우의자업연구회 회장 미야케 히데오

   日韓親善NGO活動30年国際協力団体 東亜友誼慈業研究会
                 http://www.geocities.jp/korealobby/index.html
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   韓国支部を慶南梁山市に開設&釜山周辺の観光地。  
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   ヤフーオークション
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                            更新 2012.06.03

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