古都の葉つづり

福島出身・京都在住、京都大好きエセ京都人による日記

全体表示

[ リスト ]

大興寺(芝薬師)

平成25年度京都春季非公開文化財特別公開の中から2箇所目、行ってきました
 
大興寺(だいこうじ)。通称、芝薬師(しばのやくし)。
山号は霊芝山。臨済宗東福寺派のお寺です。
場所は左京区、真如堂のすぐ近く。金戒光明寺や吉田神社、銀閣寺なんかも比較的近いです。
 
創建は1197年。後鳥羽天皇が女人禁制である比叡山に参詣ができない宮中の女人に
薬師詣での功徳を得させようと、勅願によって仏師・運慶に薬師如来像を作らせ、
上立売通堀川の西に寺を建立し、鎮護国家の祈願所としたのが始まり。
その後衰退した時期もあったが、足利尊氏が寺を再建し、天台宗から臨済宗へ改宗。
応仁の乱以降何度か焼失と再建を繰り返した後、1693年に現在の地に移転。
 
ちなみに、寺名の由来は、一説によると奈良の東大寺と興福寺から一字ずつ取ったものらしいです。
同じく東大寺と興福寺から一字ずつ取って名付けたお寺として東福寺が有名ですが、
大興寺が先に「大」と「興」の字を取っていたため、残りの「東」と「福」で「東福寺」にしたとも
言われてるらしいです。
大興寺の創建は1197年で、東福寺は1236年だし、年代的にはその可能性も否定はできないね。
 
さて、由緒についてはこんな感じで、まずは山門↓
イメージ 1
 
今回の特別公開の案内板↓
イメージ 2
 
山門をくぐった先は・・・、
 
ん? あれ??
 
正面に普通の民家があるだけで、お寺らしき建物が何もない
イメージ 3
 
なんと、今回の特別公開はこの普通の民家みたいな建物の中で行われてるもよう。
後で知ったのだが、10年ほど前までは本堂がちゃんとあったらしいが、
老朽化が激しくて取り壊したらしい。
いずれは再建するらしいが、まだ実現していないとか。
今はこの普通の民家を仮の本堂として、仏像とかもこの中に安置してるらしい。
 
入口も普通の民家の玄関みたいな感じ↓
イメージ 4
 
中に入ると、やっぱり普通の民家。
和室に仏像を置いてるだけ。
まぁ、建物は確かにこんなだが、仏様のありがたみに変わりは無い。
 
御本尊は薬師如来。
鎌倉時代の有名な仏師である運慶の作。
6畳ほどの和室にドンと置かれ、周りを四天王像が囲んでます。
厨子は東福門院和子(徳川秀忠とお江の娘、後水尾天皇の后)が寄進したもので、
扉には徳川家の葵紋が彫られてます。
 
別の和室には、十二神将像が置かれてます。
作られた年代や作者は不詳ですが、その内2体は解体修理の際に調査が行われ、
鎌倉時代末に院僌(いんよう)という仏師が作っということが分かっています。
 
さて、今回の最大の見所は「関帝像」です。
(パンフより↓)
イメージ 5
 
日本最古の関帝像といわれ、宋(中国)から伝来したものだそうです。
高さは30cmにも満たない小さな像です。
関帝とは、三国志で有名な関羽のことです。
武勇にすぐれ、後世に神格化されました。
現在では商業の神として祀られることが多いけど、古くは武運の神とされていて、
このお寺の像も足利尊氏が宋から取り寄せ、戦場での守り神として携行したものと言われています。
ちなみに、関羽は薬師如来を信仰していたということから、関帝像は薬師如来を祀るお寺に
置かれていることが多いとか。
 
いずれの像も普通の民家の普通の和室の置かれてるため
赴がある雰囲気の中で見れるわけではないけど、
逆に手に触れられるほど間近に見ることができて、これはこれでかなり貴重な体験なのかも。
ある意味とても新鮮な気持ちで仏像を拝むことができ、非常に印象に残る、良いお寺でした。


大興寺
  住 所 : 京都市左京区浄土寺真如町17 (地図
  交 通 : 市バス「錦林車庫前」停 徒歩15分
         京阪鴨東線「神宮丸太町」駅 徒歩25分
  公式HP: 無し


 
 

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事