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日本振興銀行と新銀行東京の経営不振は、同じ次元の問題である。経営不振に陥った事で、木村剛が銀行法に抵触すると言う事で逮捕されたが、メール削除などの証拠隠滅もまた、原因の根幹は、経営不振にある。
中小企業への貸付を主な業務として始まった、日本振興銀行と新銀行東京が、どうして経営不振に陥ったか、週刊誌などの報道によると、優良な中小企業は大手銀行や信金などに囲い込まれて、残された中小企業は、不良債権化する可能性が高い言わば、リスクの高い貸付先ばかりであった事が主な原因とされているが、これは報道関係の認識不足による軽薄な論評である。
経営のプロとして言わせてもらうと、財務内容の優良な中小企業は、少数であり、中小企業に対する金融を行う場合、その企業の業務上の内容について判断できる専門家がいないと、融資の決定は、恣具的なものになりかねないのである。財務内容が著しく悪化した企業であっても、技術力や将来性などから具体的に判断すると融資に値する優良な企業は多く存在する。大手銀行や信用金庫と言った通常の金融機関の場合、財務内容が融資の根幹であり、これが悪いと融資対象にならない。つまり日本振興銀行や新銀行東京の経営理念は、間違っていたわけではない。しかし、融資先の不良債権化などで経営が悪化して、結果として、経営が恣意的なものになり、更に当初の理念から逸脱した不正な貸付に発展する。これが両銀行の破綻の原因である。
それでは、どうしてこの様な体たらくを招いたのか?原因は容易に結論できる。貸す側が、中小企業の経営を知らなかったからである。つまり中小企業の経営について素人が、その財務内容や経営内容を恣意的に根拠なく判断して、融資した結果、不良債権が増大して、銀行そのものの経営を圧迫すると言う悪循環に陥ったのである。
では、どうしたら、この様な結果に陥らなかったのか、それは、中小企業の経営に対する玄人を役員に入れなかったからである。銀行経営のプロや財務の玄人では、この中小企業の融資に対する値踏みは不可能であると言う事をいみじくも、今回の事件で露呈したと言っても過言でない。
木村剛容疑者は、学歴も経歴も一流であるのだが、日銀マンが中小企業の経営の実態を知るはずもないのと同時に、日本の民間銀行にも、経営のプロは殆ど存在しない。況や、中小企業の経営についての判断の出来る銀行マンなど、まずわが国には殆ど存在しないと言っても過言でない。それは、わが国の銀行は融資の根拠として抵当の値踏み資産内容、財務内容を判断した上でしか融資を実行しないからである。つまり、企業の将来性や技術力などを根拠にした融資など、経験していないのが原因して著しく銀行マンの能力を阻害している。つまり、企業の本質を値踏みできる銀行マンなど存在しないと言う事である。然るに、日本振興銀行も新銀行東京もまた、経営陣の殆どが、銀行経営の玄人でしかなく、役員にも本来の経営のプロを招いていなかったのである。これでは、企業を見抜く事など出来るはずもなく、この破綻劇は、当初から予想されたものでしかない。
この問題は、日本政策金融公庫も同様の根を持っている。融資にあたり面接する係官もまた、経営について全くの素人ばかりであり、その不勉強さは、上記の銀行より余程酷いものである。小生は経営コンサルタントとして、この面談に何度となく同行したが、まず、専門的な質問を投げかけて満足に答えられる面接官は一人としてお目にかかったことがない。つまり、素人が面接して、それを理事会にはかり、書面だけの審査で融資の判断をしていると言う事である。これでは、本来、将来性も技術力もあるにも関わらず、融資を受けられない企業が多く出ている。逆に将来性もなく、技術力も凡庸でありながら財務内容が優良であれば、殆ど、書面だけの判断で融資が実行されると言うのが日本政策金融公庫の実態であるのだ。つまり粉飾でもして、財務内容を優良にしておけば、少々、企業内容が悪くても融資は実行させると言う事である。親方日の丸・・・・これでは、何の役にも立たない。
つまり、中小企業に対する金融事業の場合、その経営は、金融の玄人と言うより、中小企業に精通する経営のプロが判断する必要があると言うことである。この玄人を、育てない限り、中小企業への金融は、到底、不可能であり、日本振興銀行も、新銀行東京もまた、同じ轍を踏む事になる。つまり、経営理念は優れていても、経営実態に恣意的な判断の出る余地のある素人では、この手の銀行経営は不可能と言う事である。
木村剛容疑者も新銀行東京の旧経営者たちも、自らが犯罪者となる事を予想していなかったはずである。しかし、中小企業の経営者が、資金繰りに窮すると、不法行為を知っていながら無理な資金繰りで詐欺や横領と言った罪を犯す姿を、彼らもまた充分に知っていたはずである。しかし、経営が悪化すると、それを糊塗する為に、自らもまた犯罪に手を染めると言う事に至ってしまうのである。現在、木村容疑者もまた、それらの中小企業経営者と同様に、留置所の中で、後悔の二文字をかみ締めているだろう。瀕すれば鈍する、その言葉通りなのである。財産を失うだけではなく、信用も、社会的地位も一度に無くしてしまうのである。
本来、中小企業向けの融資を行うとして設立されたこの二つの銀行が、経営不振に陥ると、主業務での利益を得られない為に、違った融資先に利益目的だけで融資をする事になる。それが商工ローンに対する不正融資を生み、また系列会社に対する不正融資を生んで行くのである。この経験で、彼ら役員たちは、中小企業の資金繰りの厳しさを身をもって経験したのではないかと思ってしまう。
この利益を出さなければならないと言う焦りが、判断能力を著しく欠落させ、不正融資に手を染めてしまうのである。本来ならば、中小企業への融資がどうして利益を生まず、リスクばかりになってしまっているのかの原因追求と効果的な融資方法の計画などに、その能力を傾けるべきなのだが、元々、素人の彼らにとっては、それを不可能に見えたのだろう。
しかも、木村容疑者は、日本振興銀行の街株を赤字決済発表前に、高値で売りぬき、自らの財産保全まで行っている。企業破綻が判っていながら、高値で売っていたとすれば、上場企業ならインサイダー取引となるのだが、非上場企業の為に、この罰則はないと木村容疑者は高をくくったのだろうが、これは、明確に詐欺となる。財産価値が大きく損なう事を知りながら、それを隔して不当な値段で売り渡したのだから、そこには明確な欺妄行為があると認識されてもおかしくない。つまり、インサイダー取引という証券取引法より厳しい罪で裁かれる可能性もあるのだ。正に瀕すれば鈍するの典型である。
中小企業が破綻する時、必ず、特別背任や横領、あるいは、詐欺と言う罪で裁かれる経営者が多いのも同様の理由が挙げられる。つまり個人財産の保全である。その為に今までに何人の経営者が塀の中に落ちて言ったか・・・・・・・
一種の執念であり恩讐でもある。頑張ってきたのに、どうして俺だけがと言う思いである。しかし、間違いは間違いなのである。
心情的には理解できるのだが、道を間違った場合、間違った地点まで立ち戻る勇気こそ、経営者モラルであろうと思っている。その為に、企業経営の玄人が存在する。この玄人に判断を求めず、結果、素人の恣意に任せた経営が、この手の犯罪を生むのである。
今回のこの事件を見て、自らの能力に溺れ、結果として、経営の何たるかを理解できずに犯罪行為に手を染めて行く、彼らの姿に、市場原理主義の限界と罪を感じるのは小生だけだろうか?
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経済学だけでなく経営学も日本の実態から出発してないとは、知りませんでした。
教科書を学ぶだけでは、実際の物を学ぶこととはいえません。
2010/7/16(金) 午前 9:17 [ 櫻(N) ]
sakuraサン、コメントありがとうございます。
わが国の商業は、歴史が古く、明治期以降ではなく江戸期まで遡れます、結果、慣習的な商業のあり方があり、経営学の進んだ、フランスや米国などには、見られない経営方法が存在します。その典型が、手形決済にも現れています。この様に、その国々によって違う商慣習を理解できていないと、中小企業の経営を支えることは不可能と思います。しかし銀行など金融機関などは、欧米の法律に基づいて作られており、商業社会との乖離が見られます。わが国の銀行の最大の欠点がこの乖離を埋められないことです。また商法も、欧米型に変化したことで、なおその乖離は拡大すると言う情況が現在のあり方と思います。この難しい状況を素人が判断するのは、基本的に無理です。しかしわが国は、この経営コンサルタントと呼ばれるプロが、大変に少なく、国も育てようとはしていないのが現実であります。
2010/7/16(金) 午前 9:40
テレビなどに登場する経営コンサルタントの大半が、欧米型の財務処理のプロであり、本来の経営コンサルタントとは異質な存在でしかありません。唯一の国家資格である中小企業診断士も同様に財務の専門家であり、必ずしも経営コンサルタントではありません。そろそろ、日本型の経営学を研究する機関を作る必要があると思っております。
2010/7/16(金) 午前 9:40
こんにちは。
いくら学問なさっても、その魂が磨かれなくては何もプラスになりませぬね。誰の利益を守る立場に立ち切るのか?問われまする。
良い勉強になります。いつもありがとうございます。転載。(礼)
2010/7/16(金) 午前 10:50 [ じゃじゃまる ]
じゃじゃまるちゃん、いつもご訪問、コメント、そして転載と感謝です。
社会に役立つ知識、わが国の学者には、この姿勢が足りませんね。いつもそう思っております。
2010/7/16(金) 午前 11:05
公平さま
とても勉強になりました。自分の守備範囲と能力の限界を
見きわめるのは、難しいことですね。その道の
プロを大切にしたいと思います。
2010/7/16(金) 午後 2:08
田中OJさん、いつもご訪問いただきありがとうございます。
ちょっと、学歴が高かったり社会経験が多いと、自分で何とかなると考える人が多いのですが、現実には素人判断ほど危険なものはありません。小生も、経営学や経済については玄人であると自負していますが、法律など他の分野については、自己判断せずに、必ず専門家に依頼します。しかし法律などの専門家は割りと効率的に稼げるのに対して経営、特に中小企業のコンサルティングは、なかなか利益が出ないというのも事実です。成り手がいないのもその為です、お手伝いする企業の半分はボランティアのような状態が続いています。
2010/7/16(金) 午後 2:20
公平さま
日本の場合、「コンサルティング」「相談」というような
サービスにお金を出すという文化というか、意識が低いですね。
公平さまのようなプロの見識やアドバイスには、見合った
報酬があってしかるべきと思いますが、そうなんですか。
ボランティアねぇ。組織の外や第3者の客観的なインプットって
とても大切さと思います。
2010/7/17(土) 午後 4:18
田中OJさん。弁護士や司法書士、公認会計士や税理士などは、ある程度、報酬の基準がありますが、経営コンサルタントには、それがありません。ある意味お手盛りです。マッキンゼージャパンなど、中小企業が依頼できる様な、料金ではありません。中小企業診断士の場合、財務管理が主体で、組織論などは専門外、MBA取得者などの事務所、小生なども同様ですが、この場合、上記のようにお手盛りです。国家資格ではありませんから、そうなるのですが、やはり一般的には、中小企業が依頼できるほど低料金で、と言う事務所は、少ないと思います。ちなみに小生の事務所は、月額一万五千円の会費だけで行っています。交通費など実費はいただきますが、それだけです。この料金すら支払えない会員も少なからずいますが、不況下、請求しません。つまりボランティアです。自分で選んだ職業ですから、続くのだと思います。
2010/7/17(土) 午後 5:15