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日本で成人の儀式は必要か??(2010年8月14日)

東京から弟夫婦が0歳の甥っ子を連れてやってきた。東京は駐車場が高いし、車は売ってしまい、基本的に電車で子供と一緒に行動することが多いと言っていた。
ケニアでは、電車はないが、バンタイプの相乗りタクシーで「マタツ」と呼ばれる乗り物が庶民の足として利用されており、マタツの車内では、よく子供を見かけた。狭い車内で、授乳する母親の姿があり、泣き叫ぶ子供がいた。子供が騒いでいる時、親や周囲の大人は注意することもなく平然としている。「子供は騒いで当たり前」と思っているのであろう。
日本では、子供が電車やバスの車内で騒ぐと、周囲の乗客に迷惑をかけることになるから親は子供をしかりつけたり注意したりする。周囲の乗客の何人かは、騒がしい子供やその両親をちらちら見たり、にらみつけることがあるかもしれない。日本では、公共空間(特に閉鎖的な場所)で静かにしなければならないという意識が極端に強いような気がする。
ケニアでも子供は辺りかまわず、騒いでわめき散らす。日本でも同様。違いはそれを注意するかどうかで、結局注意してもあまり効果がない。日本の場合、子供が両親、親戚以外の大人と接する場合、そのほとんどが全く面識のない他人であるが、ケニアはコミュニティ(地域)の人間関係が密接で、子供は地域の大人たちの集団に見守られ、教育されていると言える。

先日、ある国連機関で働く日本人女性のお話を大阪で聞いてきた。会場は小さな建築事務所で、数名の参加者のうち、一人の女性が「成人の儀式の重要性」について発言した。彼女は、日本には、ケニアの割礼(サーカムシジョン)のような成人の儀式がないと思うが、あるとすれば何がそれに該当するのかといった質問を演者の国連職員に投げかけていた。日本にはない、あるとすれば成人式ぐらいであろうという回答があったように記憶している。

日本の成人式に関しては、
「第二次世界大戦後、「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを『国民の祝日』と名づける。」という意義の元、昭和23年、国民の祝日に関する法律が公布・施行された。 国民の祝日として、1月15日に成人の日が制定され、この日は「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます」とされている。(ただし現在では、平成12年法律改正に伴い、1月第2月曜日が成人の日)

日本の成人式の成立は、昭和23年と非常に新しい。ケニアの伝統儀式「割礼」(聖書に記述される(ユダヤ教の)circumcisionの訳語)とは比べ物にならない。

ケニアでも、42あるすべての民族で割礼の儀式があるわけではなく、トゥルカナ族やルオ族など一部の民族はそのような風習を持たず、他の民族から、「いつまでたっても子供」と軽蔑されることも多々あることは、私がケニアにいた2年間で痛感した。子供と大人の区別は多くのケニア人にとってとても重要なものだということである。

日本の場合はどうか。日本では、小学校から高校まで、学校では先輩後輩の区別がはっきりしているし、学年が上の人、年上の人に対しては敬語と使用し、敬意を表さなければならないという教育をされてきている。社会に出ても、多くの企業・行政では年功序列の制度が残っており、「年齢」は重要なキーワードになっている。日本人は、学年、勤続年数、年齢といった尺度を重んじる。

例えば、ケニアにいた時、日本人のことをよく知っているケニア人女性から、「なぜ日本人は友達を紹介するとすぐに年齢を聞いてくるのか?」と質問を受けたことがあった。確かに、ケニアで人の年齢を聞かれたことは、自分の年齢以外には2年間でほとんどなかったような気がする。

日本ではよく、「もう、○○歳になったんだからちゃんとしなさい」「30歳までには結婚したい」「恋愛対象は年下」といった、年齢に基づいた発言がよく聞かれる。そのようなことを考えていると、別に日本で明白は成人の儀式がなくてもいいんじゃないかなと思えてくるのである。

ところで、今日、NHKで「日本のこれから〜ともに語ろう、日韓の未来〜」という興味深い番組が放送された。特に韓国人から見た日本人の姿が紹介され、いくつか共感できることがあった。例えば、

・日本人は電話の応対などで、今まで会ったこともない人に「お世話になっております」という言葉を使う。
・日本人はカップルであっても割り勘で金を払う
・社交辞令が多く、本音で言っているのかどうか見極めが難しい。例えば、食事に誘った時、「また今度にしましょう」と返事をしても、多くの場合全く行く気がないし、食事の話を待っていても一向に何も言ってこない。
・日本人は一人で居酒屋などに食事に来る男性が多いが、実はみんな寂しい思いをしている。

また、韓国の意外な慣習の紹介では、男性同士が同じベットで寝たり、デザートの皿を男性数名で共有して一緒に食べたりする例が紹介されたが、ケニアでは男性同士が真剣な話をする時、お互いに手をつなぐ文化があったことを思い出した。

先の例では、ケニアでは社交辞令は少なく、割り勘の文化もなかった。ただ、一人で飲食店に来ているケニア人男性は多かった。中には、寂しそうにしているケニア人もいた。

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2010年8月13日(金)

携帯電話

電車の駅の待合室で、携帯電話で話をしている若い女性がいた。大声で話をしている。ケニアでは、バスや公共交通機関(マタツなど)の車内で電話を使うことは普通で、みな当たり前のことと思っており、もちろん注意をせず、罪悪感など感じずに電話を使用している。日本の場合、その女性のように携帯で話をしている人がいると、周囲の人間は様子を伺い、にらみつけ、本人は社会からの無言のプレッシャーを受ける。話終わった後も、当人は、「ふん、私はおまえたちと違うんだよ。私は、ト・ク・ベ・ツ。度胸があるんや。」みないたことを考えながら、周囲の人間を堂々とした表情で見回す。

いきがった歩き方

20代前後の男性のグループが、大またで肩で風を切るようにして歩いている。不自然なほど、体を左右に揺らし、「かかってこい」と言わんばかりの態度である。そこまで自己アピールする必要があるのかと思う。ケニアでは、あんな種類の人間を見たことがなかった。
なぜ、あのように振舞う必要があるのだろう。目立ちたいからかもしれないが、そこで目だってどうするんだ?と思う。何が理由なのか、先進国だからか、ほんの一部の国民の所得が不平等に低いためか、単一民族でアイデンティティが見つけにくいためか・・・。

食事中のマナー
ケニアで食事中のマナーはほとんどなかったような気がする。店員は、料理を運んできたテーブルに置く時、ガチャンと音を立てて放り投げるように置く。食べている時、何も言わずに目の前の空いた皿を持っていく。数人で食事中、大皿が出てきたら、それらを取り分けることをせず、フォークや手で自由に取って食べる。普通に食器には食べ残しがある。このように、日本でやってしまうと失礼なことも、ケニア人は普通に行っていたし、誰も注意しなかった。

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2010年8月10日

雨、あいさつ、女性

今日は朝から雨だ。ケニアでは雨が降ると、シロアリが大量に地下からわき出し、車の数が増し、舗装されていない多くの道路ではぬかるんだ道で車がスタックし、結果的にものすごい大渋滞を作り出す。ケニアの土は水を含むと非常にスティッキーになり、歩いていると足をとられ、サンダルなどではなかなか前に進めない。乗っていたバスがスタックし、20キロほどそのような道を歩いたこともあるが、ほんまに死ぬかと思った。喜んでいるのは、湧き出た大量にシロアリを食べる犬や鳥たちだけである。ただ、乾燥地のケニアの農民にとってはまさに恵みの雨であるのだが。
 日本では雨が降っても、そのような大混乱は発生しない。一番の理由は舗装道路が多いことだろう。また、シロアリも生息していない。でも、やはり、雨が降ると不快感を感じてしまう。ケニアの雨と比べると、日本ではそれほどの苦労は伴わない。

 朝、出勤すると、職員が「おはようございます」とあいさつを交わす。中にはムスッとした表情やトーンで、怒ったように「おはよう」と言う上司もいる。ケニアでは、たいていの場合、相手の目を見て微笑みながら「Good Morning」と声をかけていたものだ。今の職場は人数が多すぎていちいちていねいに対応できないのかもしれないが、少なくともほほ笑むくらいはしてほしい。何で朝の挨拶の時点で既に、“ストーンフェイス”なんだ!!

 職場の若い女性も面白い。30代後半になってくるとそうでもないが、若い女性で、男に媚を売るように、蚊の鳴くような声で話しかけて、モジモジしながら上目使いで男を見る人がいる。若い頃は、たまに、「かわいい!」「守ってあげたい!!」などと考えたこともあるが、最近は年齢のせいか、ケニアに行ったためか理由は定かではないが、むしろイライラすることの方が多い。そういう時は、しっかり、はっきり、どうどうと話をしろ、と心の中で叫んでみる。20歳を超えたら、少なくとも社会人として働いているのであれば、一人の大人の人間として、しっかりとした言動、態度を持ってほしい。なよなよしたり、そのような振りをするのではなく。ケニアでは簡単に泣いたり、弱い振りをしたりする女性はほとんど見たことがない。むしろ女性は強く、ケニアの焼き肉店で女性店員と言いあいになった時は、「ほんまに殺すよ」と包丁を持って追いかけてきた。バーでは、女性をからかうと「Kill you」と言って中指を立ててくる女性がいた。とにかく、ケニアの若い女性は強く、美しかった。

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日本社会で思うこと/2010年8月9日

8月9日(月)

今日、県林業研究グループの三役会議に出席し、10月の森づくり交流会の企画などについて打ち合わせを行った。今日は珍しく、抹茶味のスポンジケーキとプリンが出された。眠気を誘う会議であったが、抹茶味のケーキを口に含んだ瞬間、眠気が吹っ飛んだ。睡眠欲と食欲はどこかでつながっているのか。

さて、会議が終わると、参加者は、それぞれが使ったコップやケーキの袋、プリンの容器を持って、お盆の置いてある部屋の片隅のテーブルのところまで行き、それらをお盆の上に順番に置いていく。誰から命じられたわけでもないが、みな周囲を観察し、自然な動きで行動した。そのテーブルの横にいた女性職員は、「ありがとうございます」と何回も頭を下げて礼を言う。
 ケニアでは、参加者が使い終わったコップを気を利かせて片付けることはまずないし、ましてや、食べ物の包装をまとめて、後片付けを手伝うことはない。かなり「自己中」である。
 今日は、久しぶりに日本人っていいな〜と思った。

仕事をしていると、「お世話になっております」を連発する職員がいる。それらの職員は私にも電話越しに「お世話になっております」と言い、一日何回か電話で話をする時にも、その都度、丁寧に「お世話になっております」という。電話をきって、1分後、2分後に再び電話で話をする際にも、最初に「お世話になっております」という。社交辞令もいい加減にしてほしいと思う。

話はそれるが、電車の中での話。いつものように朝、電車で通勤していると、目が合う男性がいて、あまり気持ちいいものではないので、一回目をそらし、再びその男性の方を見るとまだ私を見ている。私を見ているのか、その方向の別の何かを見ているのかは定かではないが、真面目な顔つきで一点を見つめている。雨が降っている中を走り、急いで電車に乗り込んで、暑いから扇子で顔などに風を送り、タオルで汗を拭きとったりしてバタバタしていたので、その姿が面白かったから見続けたのか、とか思ったが、ここでこの例を出して何が言いたいかというと、若い頃「メンチ」といったあれである。「メンチをきる」という使い方をよくしたけど、時々、じっと目を合わせてくる失礼な輩がいる。

ケニアでは、よく小型バス(バンタイプ)で「マタツ」と呼ばれる乗り物に乗ったが、たいてい車内で私だけが非黒人で浮いていた。当然、好奇の目でみんな私を見てくる。でも、そこには外国人、部外者といった明確な理由がある。

ついでに、日本に帰国した直後に思ったことを紹介しておく。当然のことかもしれないが、日本人は水をふんだんに使う。降水量、森林面積とも多いので、ある程度仕方がないことかもしれないが、ケニアでは水はとても貴重な資源であった。雨が少なく、森林も5%以下、川もほとんどないため、住民の多くは川や井戸まで毎朝水汲みに行く。水汲みは女性か子供の仕事を決められている。汲んできた水はとても大切に使い、優先順位は食事、食器洗い、洗濯、シャワーの順番になるので、何日も体を洗わない人が出てくる。
こんなケニアに2年間いたためか、日本に帰ってきて「水」に関係して驚いたことがたくさある。シャワーの水圧が異常に強く、しかも温水の温度まで調整できる高性能のシャワーが普通にある。トイレもウォッシュレットが普及しており、水を使ってきれいにするというのはとても贅沢なことだと思った。浴槽に水をためて、そこに浸かるという日本文化は究極の贅沢。洗濯機が各家に一台あり、洗い、濯ぎで大量の水を交換するのもすごい。食器洗い機は、いったいどれだけの水を消費しているのであろうか。

ケニアから帰ってっくると、日本人がよく言う「節水」の言葉がきれいごとに聞こえてくる。節水だけではなく、分別、再利用などのエコワードを聞くと、そもそも消費量・排出量が多いことを無視して、新しい雇用を生み出すための単なる仕組みづくりに過ぎない、と冷めた考え方をしてしまう。そこには、根本的解決を図る真剣さが感じられず、ナアナアで済ませてしまおうとする甘い考えが浮かんでいるような気がする。

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2010年8月8日

先日、JRの車内で、品のない17,18歳くらいの女性を見た。二人は並んで座っており、窓側の女性は、携帯電話を使い大声で、「そんなんやったら、あたしへたうちやんか〜」とかなんとか、悪そうなことを言っていた。通路側の女性は、素足を前方の座席にもたれさせ、「きったない足を客に向けて、ほんまきしょく悪い」の思いながら、睨みつけた。私の向かいに座っていた女性もあきれたような顔をして見ていた。

このタイプの不良はケニアでは見なかった。このように、自己主張が強く、他の普通の人がしないような態度をとって目立とうとするタイプ。ケニアでは見なかったな。ナイロビタウンで見た、寝ながら小便をする男性は浮浪者で足が不自由なので仕方がなかったし、また、マウアで遭遇した、下着一枚で石を持ち上げて暴れていた若い女性は、娼婦で、おそらくホテルで客とトラブルを起こして気がおかしくなったのだろう。

車内で見た不良少女のような若者は、自分の居場所を必至に探しているのだろう。地味ではっきりしない日本の世の中に対する反発とみれば、彼女たちが日本社会に何かを警告しているようにも感じられる。

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