旅師の独り言

こころがうらぶれた時には旅に出る。地球の片隅で大地の声にそっと耳を傾ける。.

カイラス巡礼

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カイラス巡礼

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夢を見た
夢を見た。お釈迦さまが地獄の阿鼻叫喚の中で苦しむ私を極楽から見下ろして、「あの者は労苦をいとわず我がもとに巡礼に参ったもの。許してあげよう」とつぶやかれた。美しいお釈迦さまの御手が、もう少しで私の手に届きそうなところで目が覚めた。これは啓示だと思った。行かねばなるまいと決心した。
 チベットの西の果てにある標高6,656mの聖なる山カイラス山。この山こそ釈迦牟尼の化身であり、周囲の山々は釈迦牟尼に遵う菩薩に例えられているのである。仏教徒なら一生のうち一度は訪れるべき聖地として、チベットでは昔から熱いまなざしを注がれてきた。
 それには訳がある。「この偉大なるカイラス山を一回巡れば、一生にわたって積んだ罪の汚れを雪ぐことができ、十回巡れば、一カルパ(天文学的な長い時間の単位)に渡って積んだ罪の汚れを雪ぐことができる。さらに百回巡れば、即身成仏することができる」と言われているのである。 


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ありがたい  
 こんなありがたいことがまたとあろうか。還暦を迎えた小生は、この辺で積年の罪を贖い、間近に迫った極楽行きへの切符を手に入れておかねば、これからの余生を安心して過ごせないではないか。かくして私はカイラス巡礼の旅に出でたのである。
 こう書くと簡単にカイラスにたどり着いたように思われるかもしれないが、実際は旅の準備からして難航を極めた。チベットに入るには、中国のビザとチベット入境許可証が必要なのである。今年三月、ラサを中心に僧侶達の抗議の暴動が発生して以来、外国人のチベット入境は禁止されてしまった。さらにラサから千キロも離れたカイラスまでどうやってたどり着くか。奇手、妙手を使い、カイラスの麓にたどり着いたのは九月二十日。それまでの経緯はここに書ききれないから省くことにする。
 

巡礼
 とにかく一周52キロメートルの巡礼は始まった。老父の手を引く息子夫婦、生後三ヶ月の赤ちゃんを背負う二十歳の新妻、インドからバスを乗り継いできたヒンズー教徒の団体、五体投地に息を切らす僧侶、もう既に二百回は回ったと言う生き仏の老婆、千キロも離れた村から馬に乗ってやって来た遊牧民、そしてはるばる日本からやってきた私。
 「なぜ?」と誰に聞いても、「来世の幸せのために」と答える。商売繁盛とか病気平癒とか、けちな現世利益を求めるものはひとりもいない。誰もが厳かな仏の化身、天然の曼荼羅を前に、ひたすら仏を讃える真言「オム・マニ・ペメ・フム」を繰り返しながら険しい山道を辿る。
 
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巡礼二日目、山は霧に閉ざされた。雪さえ舞い始める。最大の難所は標高5,630mのドルマ・ラ峠。岩をよじ登り、氷河の端をかすめ、突風に身を屈ませ、ひたすら歩く。空気は平地の半分以下、心臓は踊り呼吸が苦しい。だが、すべての罪を許してもらい、極楽への切符を入手するのだから、このくらいの苦労は当然であろう。

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喜悦の涙
 ドルマ・ラ峠はたくさん五色の祈祷旗が強風にはためいていた。私も用意してきた白い祈祷旗をその一角に結び付け、心からの仏への帰依を表す。その瞬間である。今まで厚い霧に隠されていたカイラスが突然荘厳な姿を現したのである。カイラスは、いや釈迦牟尼は厳かにひかり輝いていた。思わず手を合わせた。あまりのありがたさに、熱い涙が冷たい頬を次々と伝う。喜悦に身が震える。許されたと感じた。
 山を降りた翌日、麓の平原でも大雪になった。あたりは見晴るかす限り白い雪原と変わった。それはこの世の塵をすべて洗い清めるような清浄な雪であった。

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koyo
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開設日: 2008/12/2(火)


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