ダーウィン以前に戻って考えよう

斉一説のパラダイムは崩壊寸前です。それに代わるものは何か?

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3.11と定説の破綻

ここまで読んですでにお気づきになった方もいるかもしれないが、かつての石本博士の押し円錐理論を、まったく新たな切り口から現代に復活させた日本人の地震研究家がいる。HP(http://www.ailab7.com)などで「新地震学」を提唱している石田昭氏(名古屋工業大元教授)である。
 
石田昭氏の理論(以下「石田理論」)は石本博士の押し円錐理論を継承しながらも、その欠点を見事に補い、押し引き分布だけではなく、トータルな地震現象に驚くほど合致した新理論である。その理論の概要を以下簡単に紹介しておこう。
 
石田理論の核になっているのは「水」の潜在エネルギーである。水は水素と酸素からなるこの地上でもっともありふれた化合物であるが、それは時に恐ろしい外敵としてわれわれに牙を向けることがある。今回の地震で数万人の命を一瞬にして奪った津波がまさにそうであるが、それと同時に原発を狂わせたのも燃料棒の露出と共に建屋に水蒸気が溜まることによって起こった水素爆発であった。原発の扱いの中でも水の処理がいかに難しいかということが今回の一連の対応でも如実に分かる。
 
ところで一般にはあまり知られてはいないが、実は水と地震に因果関係があることは地震学者の間ではよく知られた事実なのである。数多くの著作でも知られる国際的な地震学者・島村英紀氏が自らのHP(http://shima3.fc2web.com/sekou9701damzisin.htm)の中で次のようなことを記している。
 
米国コロラド州のデンバー市のすぐ北東で深い井戸を掘って、放射性の汚染水を捨てたことがある。米空軍が持つロッキー山脈兵器工場という軍需工場の廃液であった。それまでは地表にある貯水池に貯めて自然蒸発させていた。厄介ものの汚染水を処分するには自然蒸発よりはずっといい思いつきだと思って始めたのに違いない。井戸の深さは3670メートルもあった。大量の汚染水を捨てるために、圧力をかけて廃水を押し込み始めた。この廃液処理を始めたのは19623月のことだ。3月中に約16,000トンもの廃水が注入された。

 四月になって間もなく、意外なことが起きた。もともと1882年以来80年間も地震がまったくなかった場所なのに、地震が起きはじめたのだった。多くはマグニチュード4以下の小さな地震だったが、中にはマグニチュード5を超える結構な大きさの地震まで起きた。マグニチュード5といえば、松代での群発地震の最大の地震に近い大きさだ。もともと地震活動がごく低いところだから、生まれてから地震などは感じたこともない住民がびっくりするような地震であった。人々はこの工場での水の注入が地震を起こしていることに気づき、ちょっとした騒ぎになった。

 そこで、19639月いっぱいで、いったん廃棄を止めてみた。すると、10月からは地震は急減したのである。しかし、廃液処理という背に腹は替えられない。ちょうど1年後の19649月に注入を再開したところ、おさまっていた地震が、突然再発したのである。

 そればかりではなかった。水の注入量を増やせば地震が増え、減らせば地震が減ったのだ。1965年の4月から9月までは注入量を増やし、最高では月に3万トンといままでの最高に達したが、地震の数も月に約90回と、いままででいちばん多くなった。水を注入することと、地震が起きることが密接に関係していることは確かだった。

 量だけではなく、注入する圧力とも関係があった。圧力は、時期によって自然に落下させたときから最高70気圧の水圧をかけて圧入するなど、いろいろな圧力をかけたが、圧力をかければかけるほど、地震の数が増えた。このまま注入を続ければ、被害を生むような大きな地震がやがて起きないとも限らない。このため地元の住民が騒ぎ出し、この廃液処理計画は19659月にストップせざるを得なかった。せっかくの厄介者の処理の名案も潰えてしまったのであった。

 地震はどうなっただろう。11月のはじめには、地震はなくなってしまったのであった。こうして、合計で60万トンという廃水を注入した「人造地震の実験」は終わった。誰が見ても、水を注入したことと、地震の発生の因果関係は明かであった。
 
この後も水と地震の因果関係の話は延々続くのであるが、この話の結論部でもっとも恐ろしいのは阪神大震災のときに震源となった震央が、当時、明石架橋工事で海面下の橋桁工事が行われていた辺りであったということである。想像をたくましくすると、その工事で生じた海底地殻のクラック(ひび割れ)から大量の海水が地殻下に流れ込んだことが地震の原因である可能性もあると(島村氏は)ほのめかしているのである。それと、ここ数年、頻発している新潟中越地方の地震がその周辺で帝国石油が原油を採集するために大量の水を流し込んでいることとも因果関係があるかもしれないことも考えられるとしている。他に水と地震の因果関係は世界中のダム工事の現場でも多数報告されており、2009年の四川の大地震も近くの巨大ダム工事と関係があるのかもしれないと(中国の地震学者の間で)まことしやかにささやかれているのである。
 
 
定説によると水と地震の因果関係ははっきり認められているわけではないが、たとえばダムの水の圧力が地下の断層に負荷を与えているのではないかとか、あるいは水が断層内のアスペリティ(固着域)に入り、滑りやすくさせるのではないかとかいわれているが、真相はまったく不明なままである。
 
しかし、石田理論によれば、水と地震の因果関係はそんな生易しい間接的な関係ではなく、まさしく水こそが地震を起こす張本人なのだとされている。水が潜在的にもつエネルギーはそれほど莫大なのである。石田理論によると、地震というのは地殻下で水素と酸素に解離した水が爆発を起こす現象なのだとされている。その爆発とは以下の式によって説明される。
 
イメージ 1
 
 
この式が具体的にどのような現象を意味しているのか以下簡単に説明してみよう。
 
本来、水は100度C以上の高温になると液体から気体の水蒸気に変化する。しかし、1000度を越えるような異常な高温になると水を構成する水素と酸素は解離して分子が遊離した一種のプラズマ状態になることが知られている。そして一旦遊離した水素と酸素が着火によって結合すると大爆発を起こして再び水に戻るのである。今回の福島原発で起こった水素爆発がまさにその現象であった。
 
石田理論では、水が地下の奥深いところまで浸透すると超高温、超高圧下のマグマに接することによって熱解離状態になるとされている。そのようにして地下に大量の解離ガスが溜まると、ある臨界点で水素と酸素が再結合することによって爆発を起こすのである。それが地震の爆発的エネルギーになっているのではないかとしているわけである。但し、たとえばダイナマイトの爆破のような爆発では押し領域と引き領域に分かれることはありえないが、水の熱解離反応では爆発と同時に体積が縮小する爆縮と呼ばれる特異な爆発になるために、押し領域と引き領域が同時に起こるのである。
 
それを分かりやすく図解すると以下のようになる。
 
イメージ 2
(図7)EXPLOSIONとIMPLOSIONの同時爆発   新地震学HPより
      
石田理論によると、この押し円錐理論に基づく爆縮のモデルによってあらゆる地震の押し領域と引き領域の分布図が説明されるとしている。たとえば阪神大震災のような比較的浅い地殻で起こった直下型地震では、震源を中心としてほぼ楕円状に押し方向の揺れ(縦波)が観測されることが多いのであるが、それは震源が近いために押し円錐の面が楕円状に広範囲に分布するからであると考えられる。実際、阪神大震災の被災者に聞いてみると最初に地下からドーンと突き上げられるような揺れを感じたという証言が数多くある。
 
イメージ 3
(図8)押し引き分布が楕円型になる直下型地震
一方、海溝型地震の場合は縦波ではなく、長時間の横波で揺れるケースがほとんどであり、今回の宮城県沖の地震の場合は国土地理院の測定によると、宮城県沖の震央を中心として東北関東一帯の広い面積が引き領域になっていることが分かるのである(図9)。これは押し円錐の範囲(押し領域)が海中にあるために、それを取り巻く周囲がすべて引き領域になるからであると考えられる。特に今回の地震後に新たに分かったのは宮城県沖一帯の地盤が激しく沈下していることである。これは明らかに引き領域で起こった現象であると推定されるが、定説の弾性反発説ではこの現象をうまく説明できないようである。
 
イメージ 4
(図9)国土地理院発表の地殻移動   新地震学HPより
 
もし数百キロにわたる断層破壊が今回の地震の原因だとするなら、なぜ地殻移動のベクトルが宮城県沖を一斉に向いているのか納得のゆく説明ができない。まして宮城県沿岸を中心とした沈下がなぜ激しく起こっているのかということも、定説の弾性反発説では説明できないのである。なぜなら弾性反発説によれば、北米プレートはむしろ反発の力によって隆起しなければならないからである。
 
このような矛盾は今回の地震にだけ限ったことではなく、定説論ではいつも大きな地震がある度に説明のできない矛盾を抱えることになる。そしてその矛盾を取り繕うために、とってつけたような説明が繰り返されているのではないか?今回の超巨大地震ではっきりと分かったことは、(地震調査委の阿部委員長もいうように)パラダイムが見直されなければならないということである。そのパラダイムというのは単に地震周期説のこれまでの周期の枠組みを少し見直すという程度のことではなく、地震学のこれまでの定説を根本から見直すということでなければならないのではないか。
 
補足(1)
定説によれば、今回の地震では岩手沖から茨城県沖あたりまでの6つの震源域で約600kmの断層が動いたとされていますが、最近の調査によれば、実際に大きく動いているのは宮城県沖を中心としたかなり極限された海底であることが以下の図によっても分かります。
 
イメージ 5
(図10)ニュートン5月号より
 
上の図をみれば、断層が動いたというよりも、むしろ宮城県沖のあたりで巨大な爆発があったと考えるほうがふさわしいと思います。特に隆起と沈降の分布図がそれを証明しています。もし弾性反発説のいうように、北米プレートがはね上がっているとすれば、海底の隆起のすぐ隣で沈降があることは説明できません。
 
この図が発表される前に、石田理論によれば、押し円錐理論から類推される以下のような爆発があったことを図解していましたが、これは実際の海底の隆起と沈降の分布に合致しています。
 
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(図11)石田新地震学HPより
 

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