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地震後、たくさんの方から携帯・PCメールで「大丈夫?」とご連絡をいただきました。
でも本当に傲岸不遜ながら、一件一件のメールにお返事するのは、結構たいへんで
一斉返信できんもんかいのう・・と、たくさんの着信をスクロールしながら思っております。
ごめんなさい、無事です。
3月10日のお休みが、ちょいとナンギな案件で飛び、3月11日が急きょ代休になりました。
3月7日に休んでいたのですが、その次の休みが17日の予定でしたので
ここらで一日休んでおかないと、また連勤になってしまう。
さらにちょっと疲労が抜けきらず、ここらでしゃきーんとせねばならぬと思っていたのと
3月12日に、名古屋から高校卒業以来という同級生が上京するのに合わせ、同窓会を計画
何故か、出席者に「美女率」が高く(・・・)私とて多少はきちんとせにゃなーと
3月11日のお休みの予定は、
まず、表参道の「プリプリ(Pleats Please)」に行って
その近くにある「酸素カプセル」に入りに行って、そこでエナジーチャージとかいうのもして
その後、渋谷のエステに行って、最後は六本木ヒルズでノーベル賞の根岸先生の講演会に行く
という、ぎちぎちのスケジュールでした。
で!
その時わたしの居た場所は・・・
そうです、酸素カプセルの中でした。
わが北海道日本ハムファイターズのダルちゃんやら佑ちゃんやらも、利用しているという
(同じ店舗のじゃないですが、あ、八木投手はこの店らしい)あの、酸素カプセルです。
カプセルの中は結構広くて、圧迫感はありません。
気圧を上げて、カプセルの中の酸素濃度を上げて行き(だから「鼻抜き」できなきゃだめ)
1時間くらいその中に居て、最後の数秒(か、1〜2分?)で、圧を元に戻します。
元気になるっちゅうんで、前に買っていたクーポンで、初体験に行った訳です。
退屈〜と思っているうちに寝てしまい、ふと目を覚ますとカプセル内の数値がどんどん減ってきていたので
ああ、減圧始まってるからもう終わりだな、っと思ったその時
カプセルが揺れ始めました。
まるでジェットコースターか、ボブスレー(乗ったことないけど)みたいな揺れで
も〜減圧する時揺れるなんて聞いてないしー!と、中で一人ごちていました。
減圧の揺れにしては凄過ぎるんちゃうん?と思いましたが、頑強なカプセルの中で
あれあれ〜と転がっていると(たぶんその間数十秒)タイマーが切れ、それとほぼ同時に揺れもなくなりました。
だから、私は「揺れ=減圧のせい」以外に、何の可能性も考え及ばず
オーナーが蓋をあけに来て「すっごい地震でした」と言った時も、「へ・・・?」。
その後建物の外へ誘導され、
カプセルの中の方が安全なくらいだし、終わるところだったから開けなかったと言われ、
なんとなく釈然としない気もしながら、自分の間抜けぶりに恥ずかしいやら。
「もうおさまったでしょう」と戻って、今度は活性酸素除去装置を「鼻に突っ込む」というものに取り掛かりましたが
またぐらぐら揺れ始めたので、さすがにもういいです、と止めてもらって
とにかく会社に向けて歩いて行くことにしました。
表参道から赤坂見附までは、メトロ銀座線で3駅ですが、これまでにも何度か歩いています。
しかし、246沿いの歩道はビルから避難してきた人々でいっぱい。
メトロは止まっているので、その分の人も外に居て、それこそかきわけかきわけ進みます。
ドコモ、SBとも電話もメールも繋がりません。唯一情報が入ってきたのはtwitterでした。
歩いている間も道がぐらぐら揺れ、周囲の建物がゆらりゆらりと揺れています。
遠くでは黒煙も見えましたが、とにかく必死で歩き、寒い日でしたがコートを脱ぐほど汗をかきました。
会社にようやく着くと、かなりの人が外に避難しており、その中にタワー美容室のスタッフが居ました。
オフィスへ外から直接入れるエレベーターが動いていたので、ほっとし
上がると、とりあえずフォトスタジオの設備に異常がないのがわかり、避難から戻ったスタッフも確認。
衣裳室とメイン美容室へ走り、お客様とスタッフ、施設・備品に異常がないことを確認。
卒業式のためのお支度途中だったお客様への施術再開を指示して、早いうちに撮影を終えるよう指示。
スタッフ(80人出社していました)全員に、会社の固定電話から
家族へ無事であること、今日は電車が動かない場合会社に泊まることを伝えるように指示
今のうちに夜の食料を確保するように指示(この時点でこの指示が出せたことが、後々役に立ちました)
歩いて帰宅できる人は、明るいうちに、出来れば複数でと指示。
お客様スペースにテレビ設置を指示
その間もずっとtwitterで状況確認しながら、ustreamでNHKが見られると分かり
PCで見られるセクションはustreamに接続と指示
うちのような接客業では、ひとりにひとつのデスクすらありませんから、PCも共用なのです。
電車の運行状況を逐次各セクションに連絡して、帰宅できるかどうかの判断は自己責任で。
というのも、普通の会社は翌土曜日はお休みでしょうが、うちは365日営業です。
ましてや予定では14件のご婚礼があり、翌日も朝から出勤しなくてはならないのです。
帰ったはいいが、明日来られないというのでは困る、さらにtwitterには
人が殺到してキケンだと各駅の状況が入ってくると、責任者としては本当は帰ってもらいたくありません。
ホテル全体の状況は、この時点ではわかりませんでした。
本館エレベーターは止まっていました。
しばらくして、一応客室の様子を確認したところまだ混乱していたので、
他ホテルへ何軒か電話をかけましたが、どこも表向き「満室」です。
安全性が確認できない以上、客室販売ができないのでしょう。
せめて貸蒲団が手配できないかと思いましたが、これも断念。
美容室のスタッフは着付け室(絨毯)で、衣裳室のスタッフは和装試着室(畳)で
フォトスタジオのスタッフはスタジオの床(リノリウム)で
毛布もなく各自のコートにくるまって(冬場で良かった)眠ることが決定しました。
夜になっても、なかなか誰もお弁当を食べません。
とにかく食べられるうちに食べなさい!と励まし、
じっとしていても仕方ないから複数で外の様子を散歩がてら見て来なさい!と励ましました。
美容室では、じっとしているよりは、とスタッフ同士でシャンプーが始まっていました。
その輪を衣裳室やフォトスタジオのスタッフにも広げ、みんな髪を洗ってもらって気分転換できたようでした。
ビデオのスタッフ3人が、この日は慶應湘南キャンパスまで撮影に行っていたのですが
とりあえず無事は確認、だが渋滞でなかなか戻ってきません。
私は(ぐっと我慢して)お酒は飲まず、シャンプーも遠慮していましたが
ようやく当社は落ち着いてきたので、ホテル館内を確認に歩きました。
1階2階ともロビーにはたくさんの椅子・毛布・バスローブ・水・ビスケットなどが用意され
大勢のお客様が休息を取っていらっしゃいました。
絨毯の床に直接座っている、外国のお客様も大勢いらっしゃいましたが、混乱は見られませんでした。
恐らくスタッフは手分けして、館内すべての安全確認に走り回っていたと思います。
夜が更けてひとりまたひとりと眠って行きましたが、責任者として私だけは眠ってはいけないと
twitterとustreamで情報を得ながら、帰ってこないビデオスタッフを待ちながら
結局朝まで一睡もしませんでした。
3月12日朝7時に、ホテルの宴会担当責任者と打ち合わせ、当日予定のご婚礼の状況を確認。
5件が延期になったところで動きが止まったので、あとは現場に任せて昼過ぎに帰宅しました。
自宅はエレベーターが止まっているため、オートロックが機能せず
家の中は、姿見が倒れ、予備の布団やら毛布やらが落ち、スタンドが倒れたので植木鉢が落ちて土が散乱
棚の上の雑誌類もすべて飛び落ちていました。食器棚の中でいくつか食器が倒れながらも、扉が開かずセーフ。
阪神大震災の時より酷く、家に居なくてよかったと思う状況でした。
しばらくしてインタフォンが鳴り「隣の者ですが、ガスとか大丈夫ですか」ともごもご言うので
変だな〜と思いつつ、もちろんドアは開けずに切ったのですが
その後、twitterで同じような不審者があちらこちらに出没したと聞きました。
翌13日は、ウエディングフェアが予定を縮小して行われるので
いつもより早く出勤するために、お風呂に入ろうとしたところで、ガスが止まっていることを知りました。
(なにせ前日帰宅時には、お湯も沸かさずだったので)
何を勘違いしたのか、ベランダにある給湯器のカバーを時間をかけてこじ開けて、ノーリツに電話したところで
あ、メーターだった!とわかる始末。こんどはガスメーターがどこにあるのかわからずうろうろして
ようやく入浴できた時の嬉しさ。
被災地では、電気も水もガスも止まってる状況に思いをはせながら、ありがたいと思いました。
ウエディングフェアは残念ながら、お客様は少なかったですが、それでも来て下さる方がいらっしゃる。
私たちは、電気も水もガスもたくさん使う仕事ですが、閉める訳にはいきません。
twitterでは、節電を呼び掛ける【ヤシマ作戦】がもうスタートしていました。
阪神の時の経験から、まずできることは募金とわかっていましたので
まず社内およびお客様ご利用のお手洗い用に10か所ポスターを貼り、
四つの店のフロントに手作り募金箱を置きました。
翌14日は(たまたま)月に一度の、役員部課長は全員7時出勤です。
早く寝ないと〜と思いながら、気になってなかなか寝付かれずにいたら、深夜12時になって
14日から計画停電と各地のスケジュールが報道されました。
その後午前1時半にかけて、首都圏私鉄の運休が次々と報道されます。
私は一人暮らしの宵っ張りで、しかも土日も会社に出ていましたから、気持ちは持続していますが
一般企業の人は金曜の地震の後、自宅でずっと悲惨な映像を見せられ続け、
でも家族を励まし、月曜日の朝の出勤に不安を抱いて、きっとほとんどの方が早めに就寝されたはずです。
交通機関のことを考えて多少は普段より早く起きられるでしょうが、起きてこのニュースを知るという
そんなめちゃくちゃなこと!と、ひとりで怒りを抑えきれずにいました。
案の定、首都圏は大混乱しました。
各部署長がスタッフの出勤可否対応にあたり、この日1件あったご婚礼は無事にお手伝いできました。
帰路を考え、早く帰宅させ、また予約のない店は早じまいを指示。
翌朝も早朝の卒業式があったため、5人ほどの宿泊場所を確保するのにネットと電話を駆使して何とか確保。
さすがに疲れきって、この日は地震以来たいへんだった3人と、元気付けよう!と中華料理を食べに。
15日。出勤できるスタッフ、迂回して出勤するスタッフ、自転車で出勤するスタッフ
でも、仕事はどうしてもキャンセル・延期が相次ぎ、会社に来ても忙しくはありません。
少しずつ元気と笑顔が無くなってきましたので、私にできるのはこれくらいかと・・・
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