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信長霊異記 ― 神君暗黒伝外伝 一 ―
作 結園 広貴
「快刀あざ丸の巻」
太田又助、総見院との出逢いを、
思い返しては村の童に語って聞かせる事
庭には、ほんのり咲いた梅の花。
その七分咲きのつぼみからこぼれる甘酸っぱい香りが、開け放たれたままの縁側より、部屋の中にまで流れてくる。
小さな庭の垣根沿いに植えられた水仙や、山茶花にも遅咲きの花が咲き、春のそよ風に頭をゆっくりと動かしている。
ようやく長い冬も終わり、暖かな春がもうそこにゆっくりと訪れようとしているそんな季節。一人の老翁が、そんな梅の木や草花の見える座敷でただ一人、文机に向かい何やら筆を動かしている。
七十にも八十にも見えるその翁は、名を太田和泉守牛一と言う。通称太田又助と呼ばれた元武士であった。今でこそ、大阪天満にて隠遁してはいるが、その昔太閤秀吉、はたまた故右大臣信長の側近く仕えた歴戦の勇者であったのだ。
そして、年の半分はこの生れ故郷である尾張国春日井郡山田荘安食村の別宅へ戻ってきては、文机に向かう暮らしをしている。
村の住人からは、又助爺さんなどと慕われるこの翁も、一昔前迄は世の天下人に馳せ仕えながら彼らとともに、世の移り変わりを、その眼で直に見てきたという、そういう男なのだった。
そして、信長や秀吉とともに生きた激動の時代を一言一句もらさずに、後世に伝え残す事こそが、この男の、信長や秀吉やかっての同僚達が死して尚生き残っている自分に残された最後の使命であり、それがこの男の残された人生の生きがいなのであった。
すべてが真っ白に変わってしまった彼の髪や、体のいたるところに残る戦場傷は、彼がこの時代を生きてきた証であり、又彼には、信長や秀吉や家康が時代を切り開く運命を与えられていたのと同じく、時代の目として、この時代を後世に書き残す役割を与えられていたのであった。
「又助じいさん。」
「おじいさん。」
一心不乱に筆を動かす又助を、庭で呼ぶ声がする。二、三日に一度くらいの割合でやってきては、又助に昔話をせびる近所の子供達である。いつの間に入ってきたのか、もう又助のいる座敷の正面の縁側に腰をかけたり、両手をついて中を覗きこんでいる。
又助のそれまでの武士そのものといった厳しい顔つきは、その声を聞いたとたん、どこにでも居るような好々爺のそれに一変する。
「おうおう、来やったか童ども。
わしの昔話を聞きに来やったか。」
子供達に話して聞かせるのが、楽しくて仕方ないといった顔つきで又助はゆっくりと筆を置く。
「今日は何を話そうかのう。
そうさな今日は・・・。」
又助の心は、早くも信長や秀吉とともに駆け抜けた時代へと飛んでゆこうとしている。
「そうさな今日は、わしがまだずうっとずっと若かった頃、信長さまと初めて逢った頃にあった不思議な話しでもしようかのう。」
わーいと嬉しそうな顔をして両手を挙げる女の村童。こくこくとしきりにうなずく丸坊主の男の村童。子供達は話しをする為に縁側まで歩いてきて座りこんだ又助の口元を、ただじっと見つめている。
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