将棋――。駒の動かし方だけ知っている。
見栄を張った。それすらも曖昧だ。頭にあるキーワード。羽生善治――棋士。
穏やかな風貌。形容する言葉――借りてきた日本猫。口を開いた。獅子の咆哮が放たれた。
音声に微かなノイズ。現実の音――マンションの外から聞こえてくる野良猫の鳴き声。
苦笑い――タチの悪いジョークがあったものだ。冷めた珈琲。ブラックのまま喉奥に流し込む。
羽生善治――平然としている。負けて失うもの――すべて。金で解決できることではない。
精神がひりつく。何もかもが渇く。努力賞など存在しない。真剣勝負の中に身を置く生活。
ギリギリの戦いが日々の営み――寒気がする。
脳に青い電流が疾る。似ている――宮本武蔵。どちらも模索している。精神の在り方。
日常と勝負の境界――あるはずもない。おれは机に肘をつく。蟀谷を押さえる。息を吐く。
量産している。勝負の瞬間に。次の勝負の武器を。平然と――。
最後に頼るのは理論ではない。データに縋らない。淡々と委ねる。
薄氷を踏んでいる自分自身――そのものに。
狂気の沙汰。正気の麻痺。矢継ぎ早に繰り出される。男の表情――平凡な笑顔。
鼓膜を衝く。つらぬく。狂おしく。執拗に。おれはイヤホンを外す。セミダブルのベッド。
足を投げ出す。言葉を反芻する。虚空を見つめる。珈琲を飲む。咀嚼する。苦味を確認する。
腹部を弄る。肉体を確認する。贅肉――緊張感の欠如。嘆息を堪える。眼を閉じる。
脳裏に焼きついた映像。自動再生される。羽生善治――棋士。研ぎ澄まされている。腹の上で手を組む。
意識が俯瞰にスイッチする。まるで祈りの姿――茫然とする。慌てて立ち上がる。
薄灰色のカーテン。乱暴に開ける。ベランダへ出る。時間制の駐車場から白色LEDの光が差し込む。
太った野良猫が鳴く。唐突な雨――顔に降りかかる。
まるで祈りの姿――自分で気づいたのがせめてもの救いか。
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