66年ぶりの国旗返還
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平成23年10月1日(土)
広商店街の中程に「大新開自治会館」がある。
10段ほどの石段をあがった所のそれほど広く
ない敷地の一角に石碑があって「広村役場址」
と刻まれている。
明治20年から昭和33年まで丁度半世紀に
わたってこの場所に「広村役場」があった。
(広村は昭和16年呉市に編入されたので、
以降正式には「呉市役所広出張所」となる)
太平洋戦争が終結した昭和20年。
1万9千人に及ぶ米占領軍の先発隊として折からの巨大「枕崎台風」をくぐり
抜けて広湾に入ってきた将校ジョン・D・ファリントン氏は66年前のきょう
10月1日に広村役場(広出張所)に入った。
当時の森所長たちは初めて迎える米軍将校を石段の上で緊張して迎えた。
そのあと森所長は終戦和解のシンボルとして、役場に掲揚されていた日本国旗
を丁重にファリントン将軍に手渡した。
将軍はその国旗を米国で66年間大切に保管してきたが、91歳になった今
広町の人達に返還したいと思うに至り、この度市が受け取ることになった。
そして、来る10月7日(金)午後3時から広市民センター駐車場(国旗掲揚台前)
で返還式典が行なわれる。
残念ながらファリントン元将軍は高齢のため出席することは出来ないが、
将軍が丁重に保管してきた一枚の国旗がアメリカと日本を繋ぐ友好と信頼の
シンボルとなって66年ぶりに故郷広に帰る時がようやく来たことになる。
尚、この話は相原広市民センター長に伺ったものです。
※10月8日追記
7日に行われた国旗返還式典の様子が中国新聞に掲載された。
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椿さんこんばんわ。
中国新聞に記事が載っていましたね。
66年もの長い間、大事に保管をしていたとは頭が下がります。
おかげで、この国旗も広の街でもう一度掲揚されることができました、
66年ぶりの広の空はどうであったか、国旗に聞いてみたいですね。
2011/10/8(土) 午後 8:05 [ くれのぷーさん ]
「くれのぶーさん」様
当日Gゴルフで郷原に行っていたので、返還式典に出席
できませんでしたが、夕方NHKほかのニュースでも
取り上げていたそうですね。
国旗は歴史の生き証人として、今後広市民センターに
展示されるそうなので見に行こうと思っています。 (椿)
2011/10/9(日) 午後 2:04 [ kuh*k*51072*9 ]