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弽(ゆがけ)c2

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写真上段,中段は京都の竹林さんのお宅にお邪魔したときに撮影させていただきました。ご先祖は通し矢射術を伝える家で,戦争の時にはこれらの道具を守って逃げたそうです。貴重な資料を沢山お持ちでした。
上段 左:四弽控飾り等装飾のある四弽,右:通し矢で使われた矢竹(の)
中断 左:具足としての弽,控無柔帽子で手袋状態,右:実際に使われていた押手弽と四弽,激しい稽古でボロボロですね。
下段 左:私の臨時用弽,右:腰矢用柔帽子弽

ゆがけ 弽
●抉(ゆがけ)
弽の最古の文献は新選字鏡であり,倭名類抄抉(ゆがけ)とあります。
抉は中国の弓具で右手親指にさして弦を支える骨、あるいは角製の指輪のことです。
吉部秘訓抄には抉拾、音抉、弦を釣る也。とあり,右の親指を包み,持って弦をつるすものであったといえます。
●弽
弽は奈良朝の頃にはその存在は明かではありません。公家達によって平安朝の頃より使われたと思われます。身分の低かった武士には使われませんでした。軍記物には弽は少しも見ることはできません。
武士達によって弽が使われ始めたのは鎌倉の初め頃だと考えられます。後三年絵巻には右手だけ色を染めた図がたくさんあって,これは手袋をはめた表現と思われます。
その頃の弽は,刀や鑓,馬などの他の武具を扱わなければならなかったので単に親指の弦の当たる部分の皮を若干厚くした手袋様のものが使われていました。
弽の改良や工夫が盛んに行われ始めたのは,江戸時代,三十三間堂の通矢が行われるようになってからです。
親指を皮で固める工夫をしたのは,竹林派2代の石堂竹林貞次で,帽子に堂型のいれたのは江戸初期に通矢に6回も天下一になった大蔵派の祖吉田大内蔵茂氏(金沢藩士)の発明で,さらに角入れの工夫は,紀州竹林派の吉見台右衛門経武やだという説がありますが,尾州竹林流文射の巻では角を入れることの創始者は長屋六左衛門忠重だとされています。
●角入弽
尾州竹林流文射の巻「的弽の説」によると,長屋六左衛門忠重(天下一3回)三十三間堂の指矢で馬手の母指の痛まないように工夫を凝らし角を弽の母子に入れることを創作したと伝えており,名古屋双書八巻「長屋六左衛門工夫の秘事」には次のように述べられています。
「指矢射るのに弽の帽子に角仕込の大事有り。帽子の角なければ、射やすけれども二本の指先傷みでて、5千と射られず。故に長屋六左衛門工夫の大事有り、但し長屋忠左衛門(六左衛門の父)が仕そめしとも言う。それからしも天下一に望みをかくる射手も多く出来し。この事について他国へ知られず、大秘事なるを、同心山内八郎左衛門が世悴何某いう者、他所者に教えつかわし、その筋より広まり他国に天下一望む人多くなりし。和左大八が天下一もこの術覚えしゆえなりという。このこといかにして聞こえん、山内が教えと言うこと、御口にて沙汰せしかば、父八郎左衛門、まったく私は存ぜぬ由、起請文書きて申し訳仕り、世悴を刺し殺しぬ。しかれども一生御目通りは遠慮すべしとて、正月二日諸同心年頭お流れ頂戴にも、八郎左衛門はでざりし由。(この八郎左衛門は指矢射手で京へのぼりしことありし由)」
 以上のように,帽子に角を入れることの創始射は,長屋六左衛門忠重で寛永14年頃から通矢総数が上昇していることからみて寛永12〜13年頃に工夫されたものと考えられます。(大伴英邦、尾張藩弓術竹林教典第二部)尾州竹林派の弽は三弽でした。
●四弽
四弽は,大蔵派の伝に,その始祖吉田大蔵(慶長年間の人)が堂前を射るのに疲労を少なくするため,薬指を付け増し,四弽にした。とあります。

一昼夜に一万本も射るための工夫として様々な工夫がなされ,堅帽子や,四つ指,大控えの弽が出来ました。現在,的前に於て角入りの硬堅めの弽を使用しているのは,その流れの影響です。

弓の道具の中で,射術に一番影響があるのが弽です。痛みや疲労などを考えなければ素手が一番操作性が高く,自由がきいて,弦や矢を扱い易いと思います。
「早飯早糞,芸のうち」と言うことを言いませんか??本来は「早飯早具足,芸のうち」と言って武士の嗜みでした。湯漬けをかっ込んで,兜や鎧を素早く身につけて不覚をとらない。弽もそうですね。各地の博物館で本来の具足の一つとして,弽が展示されていますが,革の手袋ですね。

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うーん、一度厚手の皮手袋か、軍手の親指根のところを工夫して引いてみようかな。馬手の使い方が理解できるかもしれないですね。堅帽子は超極秘機密事項だったんですね。確か弓道士魂には、星野が稽古中に馬手の皮が破れ血肉が出、骨がみえたという描写がありました。

2006/12/26(火) 午後 2:44 [ ryuzoudou ]

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ryuzoudouさん12キロぐらいでしたら素手で大丈夫。授業では最初は全員素手です。少々痛いけれども!!!上手く放しますよ。

2006/12/26(火) 午後 3:24 kenさん

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ほよよ〜すごい矢の数ですね。

2006/12/26(火) 午後 8:37 [ ]

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京都の竹林さん(たけばやし)と、普通に読んで流してたんですが、竹林派の竹林と同じですね。その血筋の方なんですか?

2006/12/27(水) 午前 7:20 [ ryuzoudou ]

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bonnerさん一日24時間で,一万本引いたからね!!とても我々には無理!!矢これで半分ぐらいでした。

2006/12/27(水) 午前 9:13 kenさん

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ryuzoudouさん,そのことについて質問したら,関係ないとおっしゃってました。でもどこかで繋がりがあると思うのだけど。2回お邪魔しました。

2006/12/27(水) 午前 9:14 kenさん

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やっぱり素手だよねー。来年は1年生には素手から入らせようかな。いいことを教えていただきました。ありがとうございます。

2006/12/27(水) 午後 0:27 [ tam*sat**917 ]

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「早飯早糞、芸のうち」(○・ε・●)??あ、ほんとは「早飯早具足、芸のうち」っていうんですね(〃^∇^)o_彡☆

2006/12/28(木) 午前 1:50 ☆。*reinaぴょん☆.。

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tamasatoさん,あすお邪魔します。宜しくお願いします。ゴムホース使いますか!!授業で,試合すると,じゃまくさいと,自分で弽を外す男子学生もいますね。10キロ前後なら,中仕掛け少々太くして素手で平気ですね。

2006/12/28(木) 午前 8:59 kenさん

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レイナさん自分はトイレ長い方かも???はは

2006/12/28(木) 午前 9:00 kenさん

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弓道士魂

 弓といえば、弓道士魂ですか!! 一昼夜で、一万本以上を射込み、かつ8,000本を通したというのですから、凄まじいです。 で、その確立なんですが、 寛文 9年(1669) 5月 2日  星野勘左衛門 10242  8000 七割八分一厘 尾州  貞享 3年(1686) 

2006/12/26(火) 午後 2:45 [ 22年ぶりの弓日記 ]

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