分科会4「こどもの幸せのためにできること。
〜親(保護者)は?他人は?地域は?そして私は何ができる?〜」
1.アイスブレイク&自己紹介
朝が早くてまだみんな何となくぼーっとしているので、ウォーミングアップに「幸せキャッチボール」からスタート。みんなで輪になって、「幸せ」という言葉から連想するものをひとつ言っては、ボールを他の人に次々と渡していきます。「笑顔・笑い」「ラブレター」「夫婦・おくさん・子ども・孫」「おひさま」「コーヒータイム」「休みの日(の朝)」「仕事(の合間)」「おいしいごはん」「寝ること」「お風呂」「お金」などが出てきました。続いて、「幸せをつくる言葉」を挙げていきました。「ありがとう」「好きだよ」「愛してる」「一緒に遊ぼう」「一緒にがんばろう」「ごくろうさま」「若いね」「貫禄あるね」などなど。
あったかい言葉で場も暖まったところで、互いの自己紹介に入りました。それぞれ四つに折った紙に「普段の子どもとの関わり」「私が幸せを感じるもの・こと」「子どもの幸せについて思っていること」「今日、期待すること」を書いて、発表しあいました。
「私が幸せを感じること・もの」として挙がったのは、「挑戦」「生きている実感」「ある程度のお金と自由な時間がある」「話をする相手がいる」「自分をわかってもらえること」「子どもがよろこんでくれたとき」「仕事で成果が出たとき」「家族の健康」「娘の成長」「夕食を家族で食べること」「あったかいふとんに入ったとき」「育てること・作ること」など。
「子どもの幸せについて思っていること」では、「安心・安全」「親の愛情の中ですくすく育つこと」「子どもの幸せはお母さんの幸せに影響される」「子どもを一人の人間として付き合うこと」「周囲で見守っていく大人になること」「干渉しすぎず受け止めてあげる」「子どもの思いを受け止めること」「自立すること、生きる力をつけること」「他者とのコミュニケーションがとれるように、子どもを通じて親も変えていきたい」「途上国の子どもの目はきらきらしているのに日本の子どもはどう?」「子どもは“幸せにしてあげるもの”なのか?」などが挙がっていました。
「期待すること」はだいたいみんな共通で、こんなふうに話し合う場があり、意見交換ができるということが、歓迎されているようでした。
2.子どもはどんなとき幸せ/不幸せ?
どんな人が集まっているのかを確認できたところで、いよいよ本題です。4人ずつ3グループに分かれ、「子どもが幸せになるもの・こと」「子どもが不幸せになるもの・こと」を紙のにこにこマークとめそめそマークの周りに書き出していきます。出てきたものは以下のとおり。
○にこにこ
・仲間、友達、親友
・自然、環境
・クヌギ、生きもの
・おもちゃ
・遊ぶ場所、広場、遊具
・安らげる場所、居場所
・安全な食べ物
・ごはんを食べられること
・ほどほどの貧乏
・創意工夫
・好きなことができ行きたいところへ行ける
・宿題がない
・自分の時間がある
・打ち込めるものがある
・目的、目標、夢、情熱
・発見
・つながり
・相談できる人
・信頼できるもの
・自分を理解してくれる人が周りにいる
・お父さん、お母さん、きょうだい
・お母さんの笑顔
・家庭円満
○めそめそ
・忙しい(大人が追いやっている面がある)
・受験
・競争社会
・資本主義
・ケータイ
・夢、目標がない
・遊び場、居場所がない
・地域のつながりがない
・いじめ
・孤独感
・無関心
・かまわれない
・両親の不仲
注目が集まったのは、「ほどほどの貧乏」でした。これは、生存に関わるような深刻な貧乏とは違って、不自由がまったくない暮らしではなく「ちょっと足りなくて不便」ぐらいの生活の方が、生活に創意工夫が生まれて面白味があり、忍耐力もついていいのではないかということです。「我が家は三ぼうだから、覚悟せいよ」と子育てした家の話も披露されました。三ぼうとはすなわち、「うちは貧乏だから、辛抱せい。しかし、希望は捨てるな」とのこと。
3.子どもが幸せになる条件
大まかにまとめると、子どもが幸せになるためには、次の三つの条件があるようです。
(1) 自分の好きなことができる
(2) 自分の居場所がある/ありのままを認めてもらえる
(3) 生活上の不安要素が少ない(親の不仲や衣食住の心配など)
ここから話は発展していきました。
○携帯電話の是非
ケータイの普及によって、人間のコミュニケーション能力が低下していること。早くて軽くて質の悪いコミュニケーション(のようなもの)により、脳の発達障害や感性の欠落が指摘されているそうです。また、ケータイであっという間に情報が流通することで、本来あったはずの社会のルールや守るべき筋がなくなってしまうなどの問題が挙がりました。メールがいじめの温床にもなっており、大人でも難しいメールのコミュニケーションを、野放しで子どもにさせているのは無理があるのでは、などの話も出ました。
○コンビニ・100均・ケータイは三悪か?
世の中をおかしくした三悪として、ケータイの他にコンビニと百円均一が挙げられました。しかし、これらにはいずれも利点はあり、機械や場そのものが悪いわけではありません。私たち大人がそれをどう考え、付き合う形をつくるかが問われているのです。たとえば、最近は公衆電話がないので、子どもにはケータイを持たせないと危ないという話も出ましたが、いざというときに公衆電話がない、自己責任でケータイを使うしかないというのは、社会のあり方として正しいのかどうかを私たち大人は考える必要があります。また、昔はケータイがなく、公衆電話もそうそうなかった中で、大人と子どもは信頼関係を持って地域社会で暮らしていたのです。おそらく後戻りはしないであろう現代を生きる上では、親の信念と親子間の信頼、地域のまとまり、子どもを別の関心や別の世界に誘導していくことが不可欠だと話し合いました。
4.子どもの幸せのために私が今していること
さて、問題を洗い出した後は、子どもに対する自分の責任を考えていきます。まずは、それぞれが「子どもの幸せのために私が今していること」を紙に書き出し、3人組で話し合いました。その後、出てきた項目を全体で共有しながら、みんながどんなことをしているのかを確認していきました。
出てきた項目は次のとおりです。
・仕事
・朝、起こす
・朝食をつくる
・弁当をつくる
・夕食をつくる
・洗濯をする
・仕事、完璧は無理_お弁当とごはんはきっちりと
・人にも伝えていく
・一緒にテレビを見る
・相談する(大人も対等の立場で)
・話しかける(バイト先)
・いいことも悪いことも聞いてあげる_解消しなくても軽減
・信じてあげる(親として、どこまでも)_安心、支え、実感
・話を聞く(仕事、学校、クラブなど)
・こどもに関わる大切な話を聞いて、支える
・こどもの良さを見つけ、認めていく
・温かい視線で見守ってあげる
・他のこどもの様子を見る
・NPOで一緒に自然の中で遊ぶこと
・学校林の間伐作業、シイタケ栽培
・夏の川遊び、体験の提供
・冒険遊び場
・親同士の交流
・ほどほどの貧乏の幸せを伝えること(Webなど)
・子どもを取り巻く社会情勢の変化に警鐘を鳴らすこと
まとめると、子どもの生活の基盤を整えること、対等の立場できっちり向き合うこと、子どもの体験活動をサポートすること、親同士が支え合える場をつくっていくことなどが挙がっています。また、もっと大きくは、子どもに関する法律や制度の制定・改正などについても、それが不都合なものにならないように監視し、よい方向へ引っ張っていかねばという話も出ました。
話しているうちに、「地域社会」をしっかりさせることが大事だということが出てきました。子どものことは、親が悪い、親の責任だ、と個人のせいにして追い詰めるのではなく、地域全体で子どもが健全に育つための応援ができる仕掛けをつくっていかなければと、みんなでうなずきあいました。
5.子どもの幸せのために私にできること
最後に、これまでの話を踏まえて、子どもの幸せのためにこれから自分がやるべきこと、やっていきたいことを一人ずつ出し合いました。個人として、いま目の前にいる一人の子どものためにできることと、社会の一員として、子どもが幸せになる環境づくりのためにできることの二つの側面から考えています。
○個人としてできること
・お弁当をつくる
・人を幸せにする言葉を積極的に使う
・結婚して子育てをする
・NPOを通して場づくりをする
・こどもの目標達成をサポートする
・人形作りを通じて自然を伝える
・子どもの話をきちんと同じ目線で聞く
・一人の対等な人間としてそばに寄り添う
・弱さを見せる
・柔軟性と寛大な心で接する
・信念と子どもへの情熱を持ち続ける
・地域の伝統文化を守り伝える
・食を通じた教育をする
・職場に今日の成果を持ち帰る
・地域のおせっかいな人になる
○社会の一員としてできること
・このように大人が話し合える場を設定する
・保育士の中でこういった場をつくる
・こういった場に先生を誘う
・NPOを通じて広義での地域福祉をすすめる
・選挙に行く
・登下校時の見守り
・地域活動への積極的な参画
・自然教室でこどもの自然体験を支援する
・地域のイベントをこどもとつくる
・地域社会をこどもの応援団にする
・仕事の枠を越えて広く子育て支援
・気づいた社会的問題を広く伝えていく
・今日学んだことを地域で活かす
6.おわりに
分科会の最後に、それぞれ感想を一言ずつ述べました。「“ほどほどの貧乏”の魅力を感じた」「大人が幸せでなければ子どもも幸せになれないという信念を持ってきたが、みんなで共感ができてよかった」「子どもは大人が幸せにするのではなく、自分で幸せになるのを大人はただお手伝いができるだけ。そのサポートをしっかりやっていきたい」「親の幸せとは何だろう」「自分は家族の理解があってこういう活動ができて幸せだ」「大切な人がいることが幸せだ」「幸せを人に与えることが幸せだ」「どうやったら子どもがよろこぶかだけでなく、子どもに何を伝えたいか、何を得てほしいのかを考えていきたい」「情報を持ち帰って、ゆっくり考えたい」「いろんな人が子どもの幸せを考えてくれていることがわかってよかった」「子どもにふれあう現場の人たちの意見が聞けて有意義だった」「本音で語り合える貴重な場だった」「いろんな視点が手に入ったのでまた参加したい」「今回は大人が集まって勝手に子どもの幸せを考えただけだから、今度は子どもが集まって自分たちの幸せを考える会ができればいい」……。
皆さん、それぞれに得たものがあったようで、満足げな様子だったのがとてもうれしく感じました。どうもありがとうございました。
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