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【2】東海・東南海・南海地震に備える〜自分が逃げれば皆真似する

【1】で、津波避難の鉄則は、「子供もきっと逃げている」「お母さんもきっと逃げている」と信じて自分がとにかく逃げろ!という信頼関係をベースにした「津波てんでんこ」だということを書きましたが、とにかく自分は逃げるということが大事なもう一つの側面を、連合会長さんが最後に話していたのでそこをそのまんま転載しますね。

○自分が真っ先に逃げれば見ていた人もまねして逃げる

もう1つさっき、「てんでんこ」という話がありまして、率先避難というのがあるんですけれども、自治会の役員とか、防災隊長さんが逃げてくださいと言って、スピーカーで呼んだり、マイクで呼んで、町内ぐるぐる回っても逃げる人は少ない。
 だけど自分が一目散にバイクに乗って逃げると、いや、あの人逃げて、あの人逃げたらおれたち置いていかれるやって言って、ついてくる。それが人間の心理だそうです。いわゆる、こんなことがあるかというような事例が載っていますけれども。
 2006年の11月15日で、千島列島沖でM7強の地震が発生したということで、避難指示を発令したけれども、実際逃げた住民は9%だったと言うんですね。あるいは、それよりも、潮引いて、海岸にウニが顔を出したってことで、ウニ拾いに行こうと、わざわざ海に行った人間もかなりいるというんです。
 逆に、オガセ?の事例ですけれども、そのときは集団同調性バイアスを逆手にすることで、いわゆる自分自身が逃げて、あるいは少人数の仲間を連れて逃げたわけですよね。そうするとそれに伴って、住民が避難して、死者が出なかったという。

○自分の身は自分で守る

 だから、正直言って、皆さん方にこれからやっていただきたいことは、新聞とかテレビの情報で、自分がいかに逃げることかということをまず真っ先に考えていただきたい。そして、自分の身は自分で守る。行政頼ってもだめ。自治会頼ってもだめ。んなものはだめです。何の役に立ちません。自分が生きるのには自分がどうやって生き延びるかというのは、情報を招集して、その中でいわゆる自分が最もいい方法を選んで、真っ先に逃げてください。隣の人も逃げます。1人逃げれば3人逃げます。ぜひ、そういうことを考える1つのきっかけにしていただきたいと思っています。
なんと、親子のしつけと似ていることかと。
つまり、親が「思いやりを持て」といっても子供が思いやりを持つわけではない。
親が思いやりを持って人に接している背中を見て、子供も思いやりを持つ行動をする。
親の言うことはきかなくても
親のすることはまねるのが人情。
 
「逃げましょう」と説いて回るより、
一目散に自分が逃げている光景がどんだけ雄弁か。ということ。

転載元 転載元: なくさない! 飯坂温泉 共同湯

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転載【1】「津波てんでんこ」「釜石の奇跡」の真の意味@三連動東海地震・津波シンポ

我が地区始まって以来の、「公民館入場制限」をして開かれた、
津波シンポジウム〜against三連動・M9東海地震(←後半部分は、今、私が命名)。
 
くじびきで当たった私は、「くじ引きを引いて落ちた人に悪い!」との思いで、今回のシンポの内容を他の人にも知らせたいと思い、録音機を携帯し、聞いてきました。きのうときょうとは一生懸命テープ起こし作業。、内職と違うし、好きでやってるだけだし、一字一句落とす必要もない(修文できる)し。もし形にできるなら、公民館に友達がいるから、「何か、これ、役に立つ?」って聞いてみようと思います。議事録はつくんないみたいだから。
 
ということで、今回地区の話ではありましたが、高知から静岡まで、津波被害に遭いそうな方にもためになる話が満載でしたので、部分的に、取り上げてお知らせしようと思います。

壊滅した陸前高田で、1本だけ残ったど根性、「高田の松原」一本松。どんな状態でも生き延びようという強い意志を持ち、最善を尽くす

私の地区は、それこそ、仙台平野と同じように、高いところがない。津波避難ビルも少しは設定されたけれど、現実問題、逃げ込めるのかどうか、危うい状態。
 
でも、「あ〜あ」ってあきらめては絶対にいけない。行政だけには頼れない。自分で最善を尽くすことが大事です。
 
小沢邦雄さんという県防災アドバイザーが講演されました。壊滅状態の、陸前高田の映像を映しながら、画面はじのほうに、残った高田の松原の一本松を指しながら、「この松のように、絶対に負けないという強い意志を持つことが大事です」と力を込めていました。
 
私は小沢さんのこの強い訴えと、高田の一本松と陸前高田の町が重なり、涙が出そうになり、こらえるのに苦労しました。マスクしてってよかった。

津波てんでんこは、親子の信頼関係の証

「津波てんでんこ」というのは、「てんでばらばら、自分勝手に逃げる」というふうに間違って解釈されているとのこと。「信頼関係がなければ、てんでんに逃げることなんてできない。子供は絶対に逃げてるに違いないと思うから、親は逃げられるのだと。これは親子の信頼関係がなければできないことだそうです。
「はっとした」とはこのことです。津波てんでんこに一抹の冷たさを感じていたからです。でも、待っていては、自分がやられる。子供も絶対に逃げている、お母さんも絶対に逃げているというお互いの思いで、全力で逃げることがいかに大切かということ。これは一朝一夕に培えるものではなく、日々の子育て、教育がものを言うというということです。
 
この前、3男に、「学校から帰ってくるときに津波がきたらどうすんの?」と聞かれて、「家が近かったら、家に帰って、学校が近かったら学校にかえってきなさい」と言ったんですが、・・・その後、友達と話した時に、「うちに帰ってきてもお母さんはいないよって言ってるんだ」って言っていて、えっ!と思いました。しかし、確かに、地震5分で津波が来るのが東海地震、それが正解ですよね。でも・・・という思いを抱き、講演会に出たので、それで、私のもやもやが晴れました。
 
子供にはもう一度、話直すことが大事だ。
 
しかし、到底、5分で逃げられるわけはなく、私は登下校はみんな、ライフジャケットを着用するのがいいのにな・・・・って漠然と思っていました。これは、また、別記しますね。

「釜石の奇跡」ではなく「釜石の必然」

小沢さんは、釜石では子供が自分で下校途中に山に逃げて、犠牲者が出なかったことについても言及されました。
 
群馬大学の片田先生が、「てんでんこ」を、釜石で防災教育してきた結果だそうですけれども、これは奇跡ではない、長い年月をかけて、子供たちに説きつづけ、子供たちが自分で判断し、山に逃げ、もっと津波が高くなってきたのを見てさらに高い山に逃げることができたのだ、必然だったのだということです。
絶対に生き延びる、絶対に自分は助かる、身内も友人も絶対にみんなそう思って逃げていると信じて最善を尽くすことの大事さがひしひしと伝わりました。
 
多くの人に、このことを共有していただき、日々、意識の中に置いてほしいと思います。

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【転載】福島より東京の方がストレスを感じている

 
 
「困ってる人」の大野更紗氏と重松清氏の対談から一部抜粋です。
 
大野 この前、福島県内で一番大きな書店さんのイベントに呼んでいただいたんです。被災後はじめて、福島に入りました。この身体ですから、日帰り搬送体制で、それ自体非常に大変なことでしたが行って本当によかったと思っています。両親もこっそりと郡山市まで車で出てきて、3・11後にはじめて直接顔を見た。

書店の一角で三十分話しただけでしたが。それはともかく、郡山市のその書店で、福島で日常を暮らす人たちにお会いした。そこで、東京の人こそ「苦しい」のかなと感じました。福島で少しずつ日常が壊れて、土地が消えようとしていることは、もちろんわかっているんだけども、放射線やこれからどうやって生きていくかという事実から少し切り離した心情的な話では、東京の人のほうがストレスを感じ、怯えている印象があるんですよね。

重松 うん。いまの東京の人たちは、たとえば「引越しをする人もいるし、しない人もいる」「しようと思えばできる」という選択肢のある状況に、かえって悩まされて、苦しめられている気がする。開き直れなくて右往左往しちゃう。

大野 原発にかぎらないですけど、逃げられるところから見える景色と、本当に逃げられないところから見える景色はぜんぜん違う。

重松 そうですね。「ここでやるしかないんだ」って開き直った人は、やっぱり強いです。当然シビアな状況はずっとつづいているんだけど、「ここで生きるしかないんだ」って腹をくくれるんですよね。

大野 東京のほうが浮き足立っていると感じた。それは東京と福島を単純に比較したり、正しいか悪いかの次元で考えられることではない。価値概念やイデオロギーの問題ではないんです。ただの東京の今日の「現実」なんです。

重松 浮き足立つと人は短絡的になるんですよね。さっきのレッテル貼りもそう。そうやって短絡的に結びつけることは、この半年間すごく多かったと思うんです。だから、大野さんにも、無神経な質問とか、すごく多かったんじゃないのかな、と。

大野 そうですね。「福島枠」にプラスして、「弱者枠」でしょうか。(抜粋ここまで)

今、東京の関心事は、放射線もさりながら、巨大地震も追加してきたように感じます。週刊現代の見出し、華々しいです、そしてポストがそれを否定する見出しです。ほんとうにわかりやすい構図です。自由である、選択できる=恵まれていることが人々を苦しめているなんて。
 




それと、私が前の読売の低線量被曝で「電力を使っているのに恩恵を受けているとあまり感じないからリスクばかりを一方的に感じる」という解説をなるほどと思ったのと似ていることを幕内秀夫先生が書いています。

たぶん、そんなことをした人はほとんどいないでしょうが、私は今回津波にあった三陸海岸はすべて、見ています。三陸海岸を端から端まで、乗り物に乗らないで歩いたことがあります。もう、三十年以上も前になります。今回、被災して避難している福島原発の近隣はほとんど行ったことがあります。東電で働く人も、東電の下請けで働く人も、避難している農家や漁業の人たちもたくさん知り合いがいます。
 
原発の事故が起きるはるか前から、原発の問題は考えていました。事故が起きて、昨日、今日、騒いでいるわけではありません。だがゆえに、私にはわからないのです。どう考えていいのかわかりません。
ただ、私は、私たちは単なる被害者ではなく、加害者でもあること。それを忘れて、論じることには非常に違和感があります。
 
 
(Kのブログより転載)


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【転載】お医者さんを守るために、福島県民ができるコト

福島の医療過疎状態をなんとか食い止めたい

 
震災前より、福島県・浜通り地方の医療過疎については問題視されていましたが
震災が起きたことで、さらにその問題が深刻になっているということは
放射線の問題よりも大変という意見もあります。
 
今、放射線の影響はどうなのか、このさき5年、10年どうなのか・・という
目に見えない問題にばかりスポットが当たっているような気がしますが、
目の前の、「今の地域医療をどうするか」という点も、
もっと患者側として考えていったほうがいいのではないでしょうか。
震災前、医師不足で存続の危機にあった小高病院の事例をひきます。
 

震災前の事例ですが、崩壊寸前・小高病院が復活した理由

平成20年7月の南相馬市立病院改革プラン策定委員会。
 
小高病院の遠藤院長が、兵庫県の柏原病院小児科の事例
(母親たちが不急の救急受診を抑制するため、
受診フローチャートを作ったり、
医師への感謝の気持ちを伝えるなど
患者側としてできることを繰り広げ、小児科医の退職を防いだ)
などを引きながら、
 
「今、世間の状況が変わってきている。国の方向性も変わってきたし、
住民がなんとかしなくてはという人が出てきている。
せっかく良くなってきている機運ができている。
多分、地域の力がためされている。
19床の入院病床と老健それでも私は小高病院の役割としてやれると思う。
ただ2人の医師ではどうか。最低限2人でやれるが。もう一人のパートナーがいるかだ。
 
どこからか地域医療が大切だと医師が現れるのではないかと思っている。
そのためには、まちにそういう雰囲気があることだ。
住民が立ち上がることを期待したい。」と言っておられますね。
 
この後、住民の方が中心に自主的に、病院を守るための運動を起こし、
医師は4人となり存続となったそうです。
遠藤院長は月12回当直ですが、
院長としてはできるだけのことをやっていきたいという決意ができたそうです。
 
それがこの震災で警戒区域で閉鎖に・・・です。
今は、一時的に診療所を立ち上げたようですが、小高病院が再開されれば、戻るとのことです。
 
私、柏原病院のことは知っており、
長野県にいたときに、長野版・子供の病気受診フローチャートを事務局の方に送っていただきました。
(こういうものです。印刷してお役立て可能ですよ:http://mamorusyounika.com/chart6.pdf
茅野市の子育て支援ブック作成に当たってのモニターだったので、
これを入れるといいのでは。。。と
市に提案したことありますが(その後引っ越したのでどうなったかわかんないです)
 
小高でもこんな成功例があったということは、最近知ったところです。
きっと地元では大きく取り上げられたのでしょうか。
返す返すも、それが警戒区域で閉鎖となってしまったとは、残念な限りです。
 
医師不足は、医師だけが頑張ってもダメなのに、
私ら患者は、どこか医師任せにしているところがあると思います。
もっと医師と患者の思いのすれ違いが埋まればいいと常に感じています。
 
医療者のことを思いやる住民がたくさんいるところで
医療者は診療したいと思っているにきまっているからです。
 
遠藤先生が言っています「まちにそういう雰囲気があること」。
医療者の活動を、住民ひとりひとりが大切に思っているか。
住民の行動に、遠藤先生はぐっときたんではないでしょうか。
「ここでやっていきたい」と。
 
医師が減っているのは、これは浜通りに限りません。福島県すべてに言えることですよね。
産婦死亡で刑事事件になってしまった大野病院問題の起きた福島、
さらに原発事故の起きた福島ですから。
 

財政破綻の夕張の医療が復活した理由

財政破たんした夕張市では「在宅」「予防」中心医療へと
頑張っている医療者がいます。
(2012.1.21読売)

村上智彦氏(夕張医療センター長、50歳)は高齢医療をモデル化。
(高齢化率44%で、夕張で成功すれば全国の高齢医療先進地たりえるという発想)
171床の市立総合病院を19床の医療センターに縮小し、
老人保健施設、在宅医療を中心に方向転換しました。
 
救急医療は切り離し、隣町の栗山赤十字病院へ機能分担。
救急車所要時間は67分と以前の倍だが、
予防医療に力を入れたことで、救急車件数自体は4割減。
 
とにもかくにも「救急医療だけは守ろう」という動きはどこでもあると思います。
公立病院は、不採算部門の救急をやる意義があるということも聞いたことはあります。
しかし、財政破綻している以上、そんなこともいっておれず、
ならばどうやったら、救急車要請件数が減るかと考えて
予防医療充実の命題を掲げた村上医師ですが、
効果は表れているようです。
 
「1つの病院でなにもかも」ではなくて、各病院ごとに得意な分野を集約化し、
移動手段を確保するという選択もこれから必要なのだと思います。
 
救急医療を切り離した分、センターからは、
その後方支援の赤十字病院に当直医を派遣し、支援しています。
「助成金の出る救急指定病院の方が職員も医療機器も備わっており我々も安心できる」とのこと。
なるほどです。
 
高齢化社会は、
高度医療とかかりつけ医療の住み分けがカギ」だと村山医師は主張しており、私も全く同感です。
軽症の患者が救急医療、時間外診療におしかけて、
本当に救急医療が必要な患者が後回しになります。
 
全国各地で、医師は疲弊が見られるでしょう。
「医師が大切にされず、報われない環境では辞めていく」、その通りかと思います。
いつでも安く高品質の医療を求める非常識を改めなくてはならない」、
これは住民の努力にかかっているということです。
 
村山医師のてがけた予防医療の一例を書いておきます。
禁煙、食事、運動の指導、ピロリ菌除去、口腔ケア、理学療法士によるリハビリ。
センターに通う高齢者のほぼ全員が肺炎球菌ワクチン、定期健診を受けている。
その結果、
肺炎や脳卒中、心臓病などの重症者減少。
5年間で新たな透析患者は2、3人。
胃ろうはたった1人。
高度な医療が必ずしも幸せでないことを理解してもらい、普段の健康指導に力を入れている
 

福島のため頑張る医療者を支えるのは福島県民しかいない

1)お医者さんの指示に従い、
  健康(食事習慣、生活習慣、ストレス減等)に気をつけること
2)軽症なのに安易に救急や夜間診療を利用しないこと
3)お医者さんに感謝の気持ちを伝えること
 
小高の事例と夕張の事例を書きましたが、
これからやってくる超高齢化社会に非常に有用な事例だと思います。
 
大事なことは、医師が頑張るだけではダメで、住民が呼応しなくてはならないこと。
医師が予防を訴えるだけでは空回りで、
住民は、しっかりとそれに応えて健康に気をつけること。
そして、感謝の気持ちをお医者さんに伝えること。
夜間や救急車は、本当に大変な時だけ利用すること。
 
それから、医師と患者は、なんとなく医師は、専門的知識があって、
いろいろ言いづらい雰囲気もありますが、
本当はどっちかが上でも下でもなく「健康」「快癒」に向かって、
お互いが歩み寄り努力するパートナーだというのが理想です。
 
私の読んだ医療小説で、きまじめな医師が、
なんとか治ってほしいと患者に一生懸命いろいろと指示をしているのに、
まったく食生活などを改めないのでその患者に憎しみを持つ・・というくだりがありました。
耳の痛い話ですが、確かにそれはあるかもしれません。
医療者も人間ですから、嫌いな患者というのは必ずいると思います。嫌われたら、
自身の健康回復への道が遠のきます。
 
また、クレーマーも同様でしょう。
わからないことを聞くのは患者の権利ですが、
あれこれあれこれ難癖をつける患者もいることでしょう。
 
医師は、自分だけの医師ではない。
自分は多くの患者のうちの1人だということを知らない人。
震災後、あちこちに散見する「自分さえよければ」、タイプの人に多く見られるのかもしれません。
 
これから、県民健康調査など、福島県は、医療者の確保・質ともに大切になってきます。
 
そして、原発事故によって福島県から出て行かれた医療者も多いと思います。
そういう方々が、「また福島で医療をやりたい」を戻ってこられるように、
県民の皆様は、「医療者を守ろう」という意識を高めていってほしいです。

なるべく医療機関にかからなくてもいいようにしようとか、
(病院にかかる人が減れば、医師1人当たり診る患者も減って、医師に余裕が生まれます)
万が一病気になって、医療機関にかかることになっても、
医師任せではなく自分でも病気を学んだり、生活を見直したり、
また、医師への感謝の気持ちを伝えるようにすることで、
互いに信頼関係が生まれ、病気も早く治るというもんではないでしょうか。
 
いい雰囲気の県に。
お医者さん思いの人のいる県に。
 
出ていったお医者さんが、福島に戻ってきますように。
 
そして・・・原発事故があっても、変わらずここで県民の心と体を守り続けてくださる医療者が、
加えて、原発事故を契機に福島に入ってくださった医療者が、
心豊かに、ゆとりを持って働きつづけられますように。

転載元 転載元: なくさない! 飯坂温泉 共同湯

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飯坂散歩・雪の愛宕山

私は、幼少のころから「昔話」が好きでした。
それから、人々が昔、のっぱらにつくったお地蔵さんとか祠とかに、
たとえようもない郷愁を感じるのですが(萌え・・・ってことなのか・・)
これは、姉と小さい頃いろいろ自転車で回った影響ですね。
(なのに、姉は理系の道へ)
 
飯坂温泉にはそういう素朴な信仰の形がたくさん見られます。
 
温泉街を見降ろす愛宕山には、一の平と二の平の広々したところに遊具があり、
特に二の平の長〜〜〜い滑り台は健在でした。(写真撮るの忘れた)
子供のころ、よく遊びに出かけました。
そして子供が生まれて小さいうち、帰省時は、遊びに連れて行ったりもしました。
 
最近は、帰省しても、私はほぼ、家と温泉といったりきたりのみで、
だらだらごろごろ過ごし、街中など絶えて歩かなかったのですが、
久々に冬に帰省し、雪を見たために 
昔を思い出し、愛宕山に行ってみました。 
 
 
イメージ 1
 
山のてっぺんには御社があります。
 
 
急な階段であがるもよし、
遊具のある一の平から二の平を経由して上がるもよし、
 
 
 
 
これは二の平上の宮本百合子の碑(新しい)
    ↓
イメージ 2
 
 
愛宕山の下の与謝野晶子の碑に呼応して作ったのかしら
(こちらは私が生まれた時からあった)
 
イメージ 3
 
 
 
イメージ 4
 
 
 
 
愛宕山山頂から見た雪の飯坂町。
 
右はじがホテル聚楽、
左後方の御山が、舘の山
 
左はじ下が新十綱橋です。
 
雪の飯坂は10年ぶりぐらいだなー。
 
イメージ 5愛宕山の裏から降りて行くとすぐ私の家の方に行けるので帰りはそっちから。まぁ観光客は来ないですネ。山頂までは3人ほどのお連れさんがおいででしたが。
愛宕山も飯坂温泉再生整備計画の一環だったのでしょう。お金かけてかなり整備してあります。けど、地震でところどころ立ち入り禁止になっていました。
 
←道の折れ曲がり地点に、おわしました
  お地蔵様。美しきなり。
イメージ 6
 
 
こちらは、私が幼少のころ、父と姉に連れられて愛宕山の裏部分から、いもがら山方面にゆく林の部分にございました。
 
赤い布をめくりましても中にはどなたも
おわしません。でもそれでもいいのです。
 
中が何もなくても手を合わせることのできるのが日本人の魂というものです。
 
 
 
 
山はもうそれだけで「御山」であり、(福島にも「御山」地区はありますね)
古来より、人々が敬う対象だったのですね。
 
あちこち、ややもするとつぎはぎだらけに見える、愛宕山の「開発」。
古いものと新しいものとが混在としたように見えますが、・・・そこがいいのです。
 
私のように古いものを捜しに来る人
観光客さんのように、整われた道を歩き、説明の看板を頼りに訪れる人
そういう人々が訪れ見上げることで、愛宕山はいつまでも生きた山であるからなのです。
 
女人禁制とか、人が入らないから聖なる地だとか、信仰の山にもいろいろあるけれど
愛宕山は雑多な文化をうけとめてそこに「動かざるごと山の如し」の、お山なのだなーと
思いました。
 

転載元 転載元: なくさない! 飯坂温泉 共同湯

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開設日: 2007/12/3(月)


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