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二十年三十年と 一緒に居たからとて、
それだけで 因縁を 喜ぶことはできない。
如来の大慈悲によって 結ばれたのでなければ、
因縁を 喜ぶことはできない。
願力自然jinenの世界は、誠に 希有最勝の因縁果が、
如来によって成就される世界である。
因縁を悪nikuみ 因縁を呪うて、因縁を喜ぶことができない場合は、
誠に 無明流転の因縁、惑業苦waku/gok/kuのもつれ合い、
自損損他の悪因縁である。
「 有難うございました 」と涙の中に、今日ある事の 因縁を喜ぶ
・・・・
信心の智慧は、因縁に向って開かれる 心の眼である。
信心の前には、一切の因縁が 浄化せられることを 知る。
夫婦の因縁は、愛欲から始まるが、
お念仏の夫婦は、聖なるものによって結ばれる。
生naさぬ仲の母子も、はじめ いがみ合っていても、
念仏によって とければ、真の母子以上となる。
たとえ、釈迦・親鸞と共に暮らそうとも、
正法以外のものを求める 提婆daibaであるならば、
彼は、因縁を悪nikuみ 反逆して、因縁を喜ばぬであろう。
恐るべきは、自力であり 我執であり 名利myouri心である。
** 提婆 http://www.pandaemonium.net/menu/devil/Daiba.html
提婆達多は神通力を修得しようとして出家した。彼は元来優れた素質を持っていたので、
その修得自体は容易なことであった。 そして早速その能力を使って三十三天に赴くと、
特産の優曇華を手折って当時マガダ国の太子であった阿闍世ajyaseの前に現れた。
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8F%90%E5%A9%86%E9%81%94%E5%A4%9A
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糸の絡まりは、そのうち理解できますね。
拝読しました。
2008/11/9(日) 午後 10:52
「瑠」さんへ。 はじめまして。読んでいただいて 有難うございます。
一旦 絡まった人間関係は、我々は 解くことが たいへん難しいですね。
そもそも、人間関係は、付き合いが 深まれば 深まるほど、様々な恨みを
重ねていくものですが、 過去の自らの過失に どう対するか ということは、
我々人間にとって 大きな そして最後の課題だと、私は考えています。 合掌
2008/11/10(月) 午後 6:28 [ kyomutekisonzairon ]