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【産経新聞 2005/08/04】



 ◆刷り込まれた「罪の意識」



 さきの大戦を日本の「侵略戦争」ととらえ、指導者が諸外国に謝罪を繰り返すのもやむを得ないと考える日本人が少なくないのはなぜか。その出発点に、占領期の連合国軍総司令部(GHQ)による検閲と「戦争への罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」(文芸評論家の江藤淳)であるGHQ指令「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」の存在がある。検閲は、極東国際軍事裁判(東京裁判)に関して徹底的に行われ、「リベラル派」の雑誌『世界』(岩波書店)も論文の全文掲載禁止処分を受けていたことが、三日、わかった。GHQにより、同盟通信や朝日新聞なども発行停止や掲載禁止などの処分を受けているが、『世界』への検閲処分が判明したのは初めてだ。



 掲載禁止になったのは、東京裁判開廷直前の昭和21年四月、『世界』第四号に掲載予定だったS・Kによる「文明の審判−戦争犯罪人裁判」。理由は、「連合国の戦犯裁判政策の批判」にあたるとされた。



 論文は、連合国がニュルンベルク裁判や東京裁判を実施するに当たり、それまでの国際法の概念になかった「平和に対する罪」「人道に対する罪」を創出、戦争を計画・遂行した「個人」の責任を問おうとしていることに疑問を示し、次のように記していた。



 「日米開戦直後、国防安全の必要からアメリカ政府がとった日本人の奥地強制移住措置の如きも、そのアメリカ国内法上の合法性如何にかかわらず、もしも我々が、これを人道に対する犯罪と看做(みな)した場合には、ルーズヴェルト大統領の責任を訴追することができるといふことになる」



 結局、論文は日の目を見なかった。資料を発掘した明星大戦後史教育センターの勝岡寛次は、処分後の『世界』について「これに懲りて占領軍にすり寄り、二度とこのような論調で東京裁判を論じようとはしなくなった」と指摘する。



 GHQ総司令官のマッカーサーは昭和21年元日、「いまやすべての人が、不当な規制を受けることなく、宗教の自由と表現の権利を享受できる」との声明を出したが、実態は違う。



 GHQは20年九月十日、検閲のスタートとなる「新聞報道取締方針」を発令。同月二十一日には「新聞条例」を発令してGHQ批判を禁止。六日後には、「新聞と言論の自由に関する新措置」によって、日本の新聞をマッカーサーの管理下に置いた。



 GHQは検閲で日本側の主張を封じ込める一方、日本人に米国の「歴史認識」を植え付けた。



 まず用語狩りを徹底した。特に「大東亜戦争」は、検閲で日本軍部を非難する論文で使われても例外なく削除を命じた。代わって「太平洋戦争」の呼称を定着させた。



 20年十二月八日。GHQは、真珠湾攻撃から4周年にあたるこの日、全国の新聞に連載記事「太平洋戦争史」(GHQ民間情報教育局提供)を掲載させた。



 連載は10回にわたり、満州事変から終戦に至るまでの「日本の悪行」を強調する内容で、「真実なき軍国日本の崩壊、奪う『侵略』の基地、国民の対米憎悪をあおる」(八日付朝日新聞)、「隠蔽(いんぺい)されし真実、今こそ明らかに暴露 恥ずべし、南京の大悪虐暴行沙汰(さた)」(読売新聞)といった見出しが躍った。



 この間の事情を研究している政党職員の福冨健一が「20年十二月八日は東京裁判史観が始まった日だ。『太平洋戦争史』は進歩主義や左翼思想と結びついて次第に日本に定着し、堂々と教科書に記述されるまでになった」と指摘するように、「侵略」という用語も周到に盛り込まれた。



 放送も大きな役割を担った。GHQの指導下、九日からNHKラジオは「真相はかうだ」を開始。「太平洋戦争史」をドラマ仕立てにしたもので、週1回、日曜午後八時から10回放送された。



 少年の素朴な問いに、反軍国主義思想の文筆家が答える形式のドラマだ。「日本を破滅と敗北に導いた軍国主義者のリーダーの犯罪と責任を日本の聴取者の心に刻ませる」(民間情報教育局ラジオ課)目的で、内容は一方的なものだった。



 「原子爆弾の投下は、戦いをなお続けようとするなら、日本は迅速かつ徹底的な破壊を被るという連合国側の予告を、日本の指導者が無視し、何ら回答しなかったため」「戦時中の軍指導者たちが戦争犯罪人の指名を受けるのは当然」…。



 「真相はかうだ」は問答形式の「真相箱」に改められ、さらに四十一週間続く。一方、「太平洋戦争史」は翌年四月に単行本として出版されベストセラーとなる。出版前に、文部省が「各学校は各々これを購入の上、教材として適宜利用せらるべきものとす」という通達を出していた。



 GHQが実施したメディアと、公教育を通じた宣伝工作は、60年後の今も日本人の歴史認識を縛っている。





 ◆検閲知らなかった国民



 「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」は、20年十月二日付のSCAP(連合国軍総司令官)の一般命令第四号に基づくもので、GHQ民間情報教育局が主体となって実施した。同命令の趣旨は「各層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、現在および将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、連合国の軍事占領の理由と目的を、周知徹底せしめること」。「太平洋戦争史」連載も「真相はかうだ」放送も命令に沿ったものだった。



 ノンフィクション作家の保阪正康は、これらのGHQ製記事や番組について、「日本政府が国民に知らせず、隠蔽していた歴史事実を明らかにした『功』の部分もある」としつつ、こう言う。



 「そこで示された史観の発想やトーンは東京裁判の起訴状や判決文と見事に符合する。戦後のさまざまな昭和史記述の本もこの史観を下敷きに、なぞっている」



 戦時中の言論統制もあって「情報」に飢えていた日本人は、GHQが計画的に与えた米国製の歴史認識を吸収し、これが「歴史の真実」として定着していった。



 21年にGHQの諮問機関メンバーとして来日し、日本の労働基本法策定に携わったヘレン・ミアーズは著書『アメリカの鏡・日本』(GHQにより日本では発禁)の中で、占領軍による検閲に疑問を呈している。



 「私たち自身が日本の歴史を著しく歪曲(わいきょく)してきた。だから、政治意識の高い日本人から見れば、日本の教科書の『民主的改革』は、私たちが意図しているようなものではなく、単に日本人の国家意識とアメリカ人の国家意識を入れ替えるにすぎない」



 GHQは「東京裁判批判」「検閲制度への言及」「占領軍が憲法を起草したことに対する批判」など三十項目もの掲載発行禁止対象(表参照)を定めた検閲指針を定め、厳しくメディアを取り締まった。国民は検閲を受けていることすら知らされなかった。



 検閲は発禁・発行停止を恐れる側の自主規制へとつながっていく。原爆投下への批判や占領政策への注文を掲載していた朝日新聞は、20年九月十八日に二日間の発行停止を命じられた。



 民間のシンクタンク、日本政策研究センター所長の伊藤哲夫によると、朝日は二十二日付の社説では、それまでの報道姿勢を一変させ、「今や我軍閥の非違、天日を蔽(おお)ふに足らず。(中略)軍国主義の絶滅は、同時に民主主義化の途である」と書くようになった。



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閉じる コメント(2)

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催眠状態から覚醒しましょう。

2007/8/16(木) 午前 9:08 [ - ] 返信する

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同じことを今イラクでやってるのかな?ww

2007/8/16(木) 午後 5:20 [ Hole_Shot ] 返信する

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