BVE阪急宝塚本線 沿線解説(SS集)【後編】
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石橋を出ると国道171号線を潜り、中国自動車道と2回目の交差をします。左手には大阪モノレールが寄り添ってきます。モノレールはここから門真市終点まで高速道路上を走りますが、阪急と連絡するため大きくS字を描いてから伊丹空港へ行きます。
モノレールの下を潜ると、やがて蛍池に着きます。 蛍池
大阪モノレールと連絡しており、2003年から快速急行・急行が停まる様になりました。ホーム両端を踏切が囲んでおり延伸不可能なため、10両で運転する種別は通過しています。
モノレールとの乗り換え客が多く、大半は伊丹空港へ行く旅行者であることも特徴です。モノレールが無かった時代は空港へ行くための専用タクシーがありました(なお、空港は徒歩でも行けます。所要15分ほど)。 蛍池を出ると左へ大きくカーブします。モノレールは離れていきますが、この場所に噴水のある池があります。これを「蛍池」と思われる方が居られるようですが、本来の「蛍ヶ池」は左手の刀根山にある池のことで、ここの池は「南門前池」といいます。
右手に森が見え、有名な「個人宅(豪邸)専用踏切」を通過します。この森はその豪邸の敷地内ですが、丘陵状になっており、「麻田御神山古墳」という古墳の一部となっています。前方後円墳の後円部がこの森であり、前方部は阪急を建設する時に壊してしまい跡形がありません(古墳は現阪急線を横断するように存在していたらしい)。 やがて長い登り勾配が始まり、高架線となります。途中千里川を渡りますが、短いので一瞬です。千里川といえば伊丹空港に着陸する飛行機が真近で見れる場所がありますが、その場所はここからは遠く、曽根駅が最寄となります。
豊中
島式1面2線の駅ですが、宝塚方にY字引き上げ線(3号線)1本、梅田側に留置線(4・5号線)2本を持ちます。宝塚方の引き上げ線はラッシュ時の豊中発着列車に使用され、梅田方の留置線は夜間滞泊に使用されます。また、箕面線から来た列車を平井車庫へ回送する際に、この留置線を経由することがあります(定期列車は石橋で折り返す)。
豊中市の中心駅ですが、市役所は隣の岡町駅が近いです。地上時代はホームが8両分しかなく、朝の急行が通過していましたが、現在は10両の通勤急行も停車します。停車しないのは日生特急(過去には通勤特急も通過だった)です。 駅の近くには高校野球発祥の地である豊中グランドなどがあるほか、阪急バスのターミナルとなっており、千里中央やら箕面やら吹田やら西宮北口などへ行くことができます。 豊中を出ると右手に留置線を見て、直線で進みます。留置線は岡町駅に近い場所まで伸びています。急行はようやくここから通過運転になります。
岡町 島式1面2線の駅で、市役所の最寄り駅です。駅周辺は古墳が多いです。
準急停車駅ですが、かつては通勤急行が停車していたこともあります(当時の通勤急行は現在と性格の異なる列車だった)。ホームは10両分造られていますが、8両分のみ使用しており、それ以外の部分は屋根も造られておらず、かなり簡素な状態になっています。立ち入ることも出来ません。 岡町を出るとすぐに曽根の留置線が始まって、曽根に着きます。岡町〜曽根は駅間が一番短いですが、途中に曽根変電所があります。
曽根
待避可能な2面4線駅です。上下線で本線の位置が異なり、下りは外側が本線・上りは内側が本線という構造で、関西では京阪香里園等で見られます。
待避がよく行われており、朝の準急もここまで各駅に停まり、豊中始発の普通と緩急接続(?)しています。豊中〜十三間には曽根と庄内のふたつの待避駅がありますが、曽根の待避線の方が使用頻度が高めです。 高架工事中は待避線が使えなかったため、全て庄内で待避していました。また、高架線は上り待避線(4号線)部が先行完成し、暫定的に本線として使っていた時期があります。そのためか4号線だけスラブ軌道の種類が違います。 また、宝塚寄りに引き上げ線がありますが、折り返し列車の設定は無く、ここも夜間滞泊に使用されています(ちなみに、車両には「曽根」の幕はあります)。
曽根を出ると大きく左へカーブします。速度制限は特にありませんが、電車は75km/h以下へ減速します。右手には豊島公園が見えます。野球場やテニスコートもある豊中市営の公園です(ちなみに豊島は「てしま」と読みます)。
高架線を下りきった所にあるのが、この急カーブです。ATSの速度照査も付けられていますが、宝塚線のスピードアップのネックになっています。
服部
カーブの先にある駅で、読み方は結構知っている方が多いと思います。売布神社と同じく上下線で改札が分けられており、改札内での移動が出来ません。また駅前の踏切はラッシュ時などに開かずの踏切状態になるため、付近で線路を横断することが困難であり、交通障害となっています。
「足の神様」服部天神宮の最寄り駅で、正月三ケ日は混雑します。もともとは駅付近も天神宮の敷地だったので、御神木の楠木が上りホームに残っています。ホーム上に木があるのは京阪萱島でも見られます。 服部を出ると直線で庄内まで進みます。住宅街の中を走るため、踏切が多くなります。途中、内環状線(府道606号)と名神高速を潜ります。
庄内 待避可能駅で、宝塚寄りに渡り線がありますが、折り返し列車の設定はありません(車両に「庄内」の幕もありません)。駅周辺は建物密集地で賑わっています。ホーム幅が狭く、出口が梅田寄りのため、梅田寄りのホームが混雑する傾向があります。最近になってエスカレータ・エレベータが出来ました。バスは少し離れた国道176号線を走行しているため、バス停には東口が便利です。
曽根に比べて待避線の使用頻度は少なめですが、上りは平日夕方・下りは平日朝夕によく使用されます。下りはラッシュ後の10両編成の回送車が曽根でしか待避できないので、その時間帯の普通車は庄内待避となります。また、正月三ケ日のダイヤでは上下とも当駅で待避を行います。 庄内を出ると左へカーブして国道を乗り越えます。トラス橋ですが、これは元々中津〜梅田駅にあったものを移設したものです。
しばらくアップダウンが続き、高架線へ上がります。 三国
島式1面2線の駅で、構内は大きくカーブしていますが、宝塚線では通過列車の速度が最も速い駅です。地上時代は制限30km/hの急カーブ上にあり、逆に通過速度が最低でした。旧線跡は公園などになり、神崎川橋梁も跡形もありません。
神崎川の下流には神戸本線の橋梁があり、お互いを視認することが出来ます。また、三国駅から神戸線神崎川駅へ徒歩連絡することもできます(特にメリット無し)。 三国を出ると高架をそのまま進み、やがて山陽新幹線・北方貨物線と交差します。神戸線と同じ三重の立体交差となっており、ここを過ぎると高架を降ります。
高架を降りると左手から京都線が近づいてきて、十三到着となります。両線との間には資材置き場があり、宝塚線と線路が繋がっています。神戸線はまだ見えず、十三のホームに入ってしばらくしてからようやく見えます。
十三 宝塚線の十三は京都線と同じくカーブしています。上りホーム(4号線)は京都線上りホーム(5号線)と同一平面にありますが、幅は狭く、宝塚線の到着電車は警笛を鳴らして入ることが多いです。対して宝塚線下り(3号線)と神戸線上り(2号線)のホームは幅が広く、売店がたくさんあります。関西初の構内そば店である「阪急そば」1号店もあります。
十三を出ると三本線を繋ぐ引き上げ線(9号線)を右に見て、淀川を渡ります。1959年まで京都線は宝塚線の線路を走っており、十三駅構内には異電圧区分セクションがありました。
淀川を渡り終えると左へカーブし、中津となります。このカーブは宝塚線だけ護輪軌条がありません。 中津
京都線にはホームはなく、神戸線と宝塚線のみの駅です。宝塚線宝塚寄りのホーム幅は極端に狭いです。通過列車は45km/h程度まで徐行して通過します。
また、神戸線は普通しか停まりませんが、宝塚線は準急も停車します。小駅に見えますが、ラッシュ時でもそれなりに利用者が居ます。 中津を出ると神戸線との渡り線跡(十三9号線が使用できないときに設置されていた)を通過し、右へ大きくカーブして梅田到着となります。
梅田
宝塚線は真ん中の4〜6号線を使用します。このうち6号線は神戸線7号線と同一ホーム上にあります。通常は4号線が急行・5号線が普通で6号線は使用されていません。平日朝は主に、4号線が準急・通勤準急の到着→折り返し回送、5号線が通勤急行・日生特急到着→折り返し通勤急行、6号線が普通の到着→折り返し普通と使われます。平日夕方は6号線が日生特急と箕面行き普通の発着ホームになります。 |

