ラリックマのお昼寝日和(-.-)Zzz

fc2「ラリックマはかく語りき」は更新しましたが、yahooブログはあと少しお休みします。知恵袋、回答よろしく!!

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環境保護は、現代の宗教である。科学的に証明されていない教義を多くの人々が信じ、それを道徳的なこととして他人に押しつける。特にたちが悪いのは、これが「国定宗教」とされ、政府が経済活動を統制する根拠に使われることだ。それを布教するのは、政府に保護されているマスメディアである。彼らは科学的根拠のないリスクを針小棒大に騒ぎ、それが嘘であると判明しても訂正しない。そのために膨大な税金が浪費され、多くの人が必要のないコストを負担する結果になる。
                                          環境省にとって不都合な真実/池田信夫 blog


地球温暖化問題の議論が盛んになってきていますが、私も、この議論はどうも胡散臭いという思いが捨てきれないでいたのですが、このブログを読むと、なんだか、目から鱗という思いがしています。テレビや新聞の報道は、果たして、正しいものなのか、どこか、大本営発表、環境教という国定宗教ではないのかという思いがしていたのでした。

「日本は遅れている」「欧米では**だ」というのが、戦後の左翼(および近代主義者)のマントラだった。そういう「他民族中心主義」の幻想は、あらかた崩れてしまったが、いまだに残っている最後の砦が歴史認識と地球環境だ。前者が「アジアへの加害者責任」として生き延びている経緯については4/3の記事に書いたが、後者はもう少しわかりにくい。

きょうのNHKの「ニュース9」で、IPCCの第4次報告書に関連して「温暖化の危機はすでに始まっている」として、オーストラリアの旱魃を紹介していたが、これは間違いである。IPCCの報告でも、温暖化の影響が出てくるのは2050年以降であって、現在の異常気象の原因が温暖化だという科学的根拠はない。しかしキャスターは「温暖化対策は待ったなしだ」としめくくっていた。

地球環境問題は、アル・ゴアに代表されるリベラル派の世界的な結集点になっている。市場にまかせていてはだめで規制が必要だ、という社会主義的な主張はほとんど相手にされなくなったが、この分野だけは規制強化論が勝利を収めているようにみえるからだ。社会主義で運営されているNHKが統制経済を主張するのは、わからなくもない。

しかし、これは経済学的にはナンセンスである。京都議定書の想定する温暖化ガスの排出権取引にともなって行なわれる排出権の割当は、地球規模の配給制度を作り出し、その効果よりもはるかに大きな経済的損失をもたらす。かりに温暖化の影響がIPCCの予想どおり起こるとしても、ピグー税のような市場ベースの対策が望ましい。統制経済の失敗は、社会主義でたくさんだ。
                                              左翼の最後の砦/池田信夫 blog


実験室内で実験を行えば、たしかに、二酸化炭素による温暖化効果は証明されるのでしょうが、地球環境は複雑であり、温暖化と寒冷化の振幅の中で、一概に温暖化に向かっているとは言えず、また、その温暖化が悪であるとは言えないのではないかという思いが、漠然としていました。20年ほど前、氷河期との関連で地球の寒冷化が話題になっていた記憶が蘇ってきたのですが、報道の視点というのは、どうして、こうも一面的で、一方向なのかと、不思議な気がしていました。

果たして、自然科学的に、地球温暖化が正しいものかという検証と、地球温暖化が、政治的・社会的な問題として、取り上げられ、それが、どのような政治的・社会的な問題としての意味を持っているのかと言うことを両面から、検証する必要があると思われます。自分自身の素朴な自然観との齟齬、そして、それが、政治問題、社会問題として、われわれの生活に影響を当たる場面での違和感、そういったものを大切にすることが大事なのではないかと思えてなりません。

人間による環境破壊は、たしかに問題があるのでしょうが、その問題を、針小棒大化し、絶対的な政治問題・社会問題に仕立てることは、やはり、間違っているのではないかと言うのが私の思いです。いい事であれ、悪いことであれ、人間が自然をコントロールしていこう発想は、どこか、西洋人の発想、それも、社会主義的な発想と根が同じではないかという気がします。いかに統制しようとも、自然はもっと偉大である・・・このことがどこまで自然科学的に正しいのかどうかは、わかりませんが、地球の温度の変化を、もっと長い目で見れば、真実が見えてくるような気がしています。


ところで、先の統一地方選挙では、東京都知事選に立候補した外山恒一という人について、なんだか、すごいインパクトを感じています。もともと、泡沫候補に親近感を持ち私なのですが、すべてをぶっ潰せ!と叫ぶ氏の姿に、どこか興味を感じたのでした。本当に、潰されると困ったもんであり、「私が都知事に当選したら、やつらはビビル、私もビビル」と言っていたように、私もビビッてしまうのですが、そういう心配は杞憂に終わったようです。。。スクラップ&スクラップ。多数決で決めれば、多数派が勝つに決まっている・・・。名言多数、どこか、お茶目で、面白い感じもします。。。

   

                                       外山恒一氏選挙演説/youtube


最後に、もう一度、地球温暖化問題における好都合な真実について、まとめておきますと、まず第一に、地球は、長いスパンで見ると、温暖化と寒冷化を繰り返し、現在問題にされている温暖化ガスによる温暖化問題は、非常に軽微なものである可能性が高いということです。以下、リンク先のホームページより、図表を転載させて頂きますが、これは、少し考えば、誰もがわかる事実でありながら、温暖化問題を語る時は、なぜか忘却している事実であるような気がします。また、二酸化炭素などの温暖化ガスによる温暖化よりも、太陽活動の振幅による温暖化、もしくは寒冷化、火山活動による空中の塵埃によって引き起こされる寒冷化など、その他、様々な要因が複雑に絡み合って、人間が温暖化が促進している可能性を過大視する必要はないように思われます。


イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

                             ゆっくり考える・・・地球温暖化/武田邦彦 takedanet.com より転載。

さらに、かりに、地球が温暖化して、北極の氷が溶けたからといって、それが海面の上昇につながるともいえず、仮に海面が上昇したとしても、それは地球の長い歴史の中では、繰り返されてきた範囲内の出来事であるといえます。それにより、現在、海面ぎりぎりの平地が水没したとしても、地球の歴史は、そういうことの繰り返しであったともいえます。              地球温暖化に関するひと味ちがうリンク集



なぜ、地球温暖化問題がこんなに盛んに唱えられるようになったのかは、純粋な自然科学の問題であるというより、政治的・社会的問題であると言えますが、欧州の社民勢力の策動である側面もあれば、環境ビジネスで一儲けしようとしている様々な勢力による側面もあるように思われます。最近、復活が期待されている原子力産業にとっても、地球温暖化問題は追い風であり、地球環境のため、海面上昇によって沈んでしまうかもしれない南の島のためとかいうことは、あくまでも、多数派世論を形成するための建前で、本音は別物であろう事は、肝に銘じておく必要があるように思われます。相場観と同じで、私にとっては、大雑把な推測の域でしかないものもありますが、専門家による検証を詳細に読み込むことによって、実証される問題であると思われます。

さて、地球温暖化問題における好都合な真実と、外山恒一氏の関係なんですが、外山氏の言う「スクラップ&スクラップ!」。「いま進められている様々な改革は、どうせ全部すべて奴ら多数派のための改革じゃないか!」「我々少数派はそんなものに期待しないし、もちろん協力もしない!」というあたりなんです。ぶっ潰せと、叫ぶまでもなく、「みんなが言ってるから正しいこと」なんて、時とともに、自然に正しくないことが露呈してくるでしょうから、「みんなと一緒」、多数を気取っている人たちを、高みから、見物するというのがおもしろいのではないかとい気がしています。これぞ、まさしく、逆張り投資家の視点であり、投資というのは、こんな視点からも成功する可能性があるのではないかと思っています。。。(4/14追記)

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ご指摘の汚泥や糞尿のリサイクルについてなど、テレビや雑誌でも取り上げられていることであり、それが行われていることは周知の事実ですが、前回も書いたように、武田氏がどういう趣旨で書いたのかは知りませんが、武田氏の主張から大局的に考えるならば、ご指摘は、些末な揚げ足取りだと思います。

武田氏の本に「ウソ」を発見したという喜びから、ただ単に鬼の首でも取ったかのように、書いておられたのなら、おっしゃることは、もっともなことかもしれませんが、下水汚泥を汚い土と書いていようがいまいが重要な問題であるのではなくて、そういった廃棄物を、わざわざ手間とコストをかけてリサイクルするよりも、素直に埋め立てる方が現実的であるという主張を理解する方が建設的であると、私は考えています。

将来を見込んだ技術として実験することには良い面がありますが、それに莫大な手間とコストをかけて、負担を市民に押しつけることは非常に問題があります。現状、リサイクル事業に補助金が色々支出されていますが、「環境」を錦の御旗に、なんでもありでは、問題だということではないでしょうか?

2008/12/29(月) 午後 2:31 ラリックマ@株+昼ドラ 返信する

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産業廃棄物業界と行政との関係が、規制と利権が表裏一体で非常に不可解であるというのは、新聞沙汰になった問題だけでも、日本全国津々浦々山のような事例があるのでは? 自民党元幹事長のN中氏は、逮捕こそされませんでしたが、きな臭い噂は色々聞きますし、それに、若干、話はずれますが、京都市の環境関連の職員で、いったい何人の逮捕者が出て、市長が職場の綱紀粛正のために、警察OBを交えて、管理体制を作り直すというようなことを宣言していましたが、そういう体質のある業界だと、私は思っていますし、同意する人も多いのではないでしょうか? いったい、どうして、公文書請求云々と書いておられるのか、意味不明です。

2008/12/29(月) 午後 2:31 ラリックマ@株+昼ドラ 返信する

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レジ袋を削減することは、スーパーにとってはそれだけ経費削減になって、それなりに意義があることだと思いますが、社会的視点から見れば、たいした意義があることだとは思えません。レジ袋を使い回しすれば、確かに、その分のゴミは減りますが、その分、不便になって、他の生産活動が滞ったり、代替物を購入したり、持ち運んだりするコストを考えると、トータルとして、どちらが良いとは一概には言えないのではないでしょうか?

武田氏の文章には逆説的な独特なレトリックがあり、荒削りな面があるとは思いますが、レジ袋が、余り物であろうと、なかろうと、使いたい人はどんどんと使えば良いと解釈してもよいのではないでしょうか。前回も書いたことですが、マイバックなんかにしても、粗品でたくさん貰う現状を考えるとレジ袋以上の無駄であり、京都市の有料込み袋用のように、今まではレジ袋の再利用が可能であったものを、わざわざ専用の袋を製造して、販売して、利用させるという手間を考えると、ここでも石油が消費され、いったいどちらが、省エネルギーであり、費用対効果があるのかを考える必要があると、非常に疑問に思います。

2008/12/29(月) 午後 2:44 ラリックマ@株+昼ドラ 返信する

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京都市が有料ゴミ袋にしてから処理効率がアップしたとのご指摘も、はなはだ疑問であり、実際問題として、週2回だったゴミ収集が3回になり、以前に比べて収集が午後になる地域が急増したり、収集後の巡回などが必要になったりで、かなり非効率化しているように思えます。有料化により、市民の負担が増え、収集の手間が増え、行政が肥大化して、かえって、環境に問題があると思えてならない感じです。レジ袋の無駄よりも、市役所の無駄、非効率的な体質の方が、何十倍も重要な問題です。

また、レジ袋を使うのをやめて、その分、石油の消費が節約できたと言ったところで、節約できた分だけで、二酸化炭素の排出量が減り、石油の節約になったと考えることも出来ないことはありませんが、実際は、需要が減った分だけ、供給が減らされる可能性は少なく、その節約出来た石油は、例えば、中国などに輸出されて、他の誰かに消費されてしまっていくものなのではないでしょうか?

2008/12/29(月) 午後 2:44 ラリックマ@株+昼ドラ 返信する

ラリックマ@株+昼ドラ様★再度のコメントありがとうございます。
貴方が産業廃棄物の種類や処理技術、廃棄物処理法についてご存知ないことは解りました。廃棄物処理法上では産業廃棄物は製造や卸売・小売業、サービス業などの排出事業者に処理責任があるのです。
しかし、排出事業者には廃棄物処理技術を保有しているところは、非常にすくないですから、法律に基づいて産業廃棄物処理委託契約を行い、産業廃棄物処理業者が実際の産業廃棄物処理を行っているのです。
この契約には行政の関与はありません。
また、汚泥を「汚い土」とするのは大きな問題です。例えば、土木建設工事で発生した建設残土は産業廃棄物ではありません。農林業で発生した残土も産業廃棄物ではありません。
残土ですから土として土木建築技術や農林技術で処理されます。法的にも関係法令で処理されることとしています。
汚泥を「汚い土」と称するには非常に問題があるのです。【続く】

2008/12/29(月) 午後 8:40 まったけ館長 返信する

【続き】産業廃棄物処理委託契約に基づいて民間で処理されるといえども、廃棄物処理法令違反には行政が法令に基づいて指導します。
しかし、民間のみで産業廃棄物処理を行うには限界があり、1990年代には野焼きや不法投棄等が大量に発生します。阪神大震災で発生した大量のがれき類なども原因の一つです。
よって、現在では行政が排出事業者との出資によって法人を設立して産業廃棄物処理を行うことが進められています。これには、産業廃棄物の焼却施設や最終処分場(埋立)の確保が困難であることが原因の一つにあげられます。このような施策は既存の民間の産業廃棄物処理業者への圧迫以外のなにものでもありません。【続く】

2008/12/29(月) 午後 8:42 まったけ館長 返信する

【続き】御指摘の野中元官房長官は、京都府副知事時代に府内で産業廃棄物最終処分場が逼迫したときに第3セクター方式で、地元の船井郡に設置を決断されたのです。
これは、環境省(再編前は厚生省)が現在の施策を行う、20年以上も前に時代を先取りされたものです。
当然のように、産業廃棄物最終処分場周辺の住民の大きな反発があり、4年の任期をかけて説得されました。
また、設置を決断されたことから、事業を圧迫される産業廃棄物処理業者からも大きな反発がありました。野中元官房長官の副知事時代の話は、僕のコメントをお信じにならないと思いますので京都府へ公文書公開請求をなさってください。
京都市云々のお話もありますが、一般廃棄物の話です。産業廃棄物と混同をなさらないでください。(「新・まったけ日記42」におけるレス)【了】

2008/12/29(月) 午後 8:43 まったけ館長 返信する

ラリックマ@株+昼ドラ様★再度のコメントありがとうございます。
レジ袋が(再生利用ではない)石油から製造されていることは事実です。石油は化石資源であり、化石資源は地球で生まれた資源です。
しかし、太古の昔から何十億年もの時間をかけてできた資源であり、消費後に直ちに再生産できる資源ではありません。それを人類が大量生産・大量消費・大量廃棄社会の中で消費してもよいのかと僕は考えています。
数十年前までの日本では「量り売り」があり、風呂敷や買物カゴを持っていって店へと行っていたのではなかたでしょうか?
僕の世代ですら、母や祖母が買い物カゴを持って食料品店へ、たらいを持って豆腐屋へ、風呂敷を持って洋品店へ行っていたことを憶えています。
(紙袋時代を含めても)レジ袋をもらうようになったのは、商品を買う小売店が街の「お店」からスーパーマーケットへ移行するようになったのは、70年代以降だったかと記憶しています。
だから、「レジ袋削減」への動きは、むしろ、日本の旧き良き商取引への回帰だと思います。【続く】

2008/12/29(月) 午後 9:09 まったけ館長 返信する

【続き】京都市の場合は導入が一昨年度か昨年度なので、まだ、統計と分析はまだでしょう。しかし、数多くの市町村が導入していることであるから、一度、最寄りの市町村などに問い合わせてみてください。一般廃棄物の処理施設の多くは常時、公開しております。また、統計資料も各市町村役場の情報公開施設で容易に閲覧することができます。
こう、申し上げているのは一般廃棄物に関しては処理責任は市町村にあるからです。御自分の排出された廃棄物については、お住まいの市町村で確認されるほうが得心されるのではないでしょうか。(「新・まったけ日記23」でのレス)【了】

2008/12/29(月) 午後 9:10 まったけ館長 返信する

もう一点、書き添えておきます。廃棄物の焼却炉の建設には通常で数百億円の設備投資が必要です。また、年間に約一ヶ月のメンテナンスを数回にわけて行う必要があり、数千万円から数億円の費用がかかります。
レジ袋やペットボトルなどの廃プラスチック類を焼却すると高温度処理になり、焼却炉の傷みが激しくなり、メンテナンスで数億円近くの費用増が必要になります。
また、焼却炉の耐用年数も短くなり、その更新に莫大な設備投資がかかります。

2008/12/30(火) 午前 7:45 まったけ館長 返信する

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はっきり言って、武田氏の議論においても、汚泥と残土の違いとか、産業廃棄物と一般廃棄物の区分とかは末節の話で、わざわざ講釈を垂れて下さる必要などないのでは。。。京都市の環境関連の部署で逮捕者が続出した事件にしても、行政の現場においては、重要な区分であったとしても、一般市民にとっては、それが、産業廃棄物関連か、一般廃棄物関連かの区分など重要な問題ではないように思います。

京都市のゴミ有料化、分別収集は、現状、ゴミの減量化にはつながっていないという報道がありましたが、市民に負担を求めておきながら、そのへんの費用対効果について、事前にどれだけ検討され、今後の見通しについて、どこか甘い面があるように思えてならない感じです。

大量生産・大量消費・大量廃棄社会の継続性について疑問を持つことは良いことだとは思いますが、その良いことをするために、いったい、どれだけの費用対効果があるかを、もっと検討すべきだと思えてならない感じです。

2008/12/30(火) 午後 0:38 ラリックマ@株+昼ドラ 返信する

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例えば、10円節約するのに、100円の費用がかかるならば、そのへんを明らかにした上で、実行するか、しないかを、検討すべきなのに、危機を煽って、あらゆるコストを払ってでも、良いことなのですべきであるという風潮が作り上げられ、甘い予測を元に事業を始められても、結局、そのつけが市民にしわ寄せされる結果になっているのではないかと思います。

処理施設の建設費用、維持費用、収集の費用、職員の人件費その他様々な経費やら、市民の手間やら、環境負荷やら、もっとあらゆる角度から総合的に検討されるべき問題であるにもかかわらず、現状は、環境問題を錦の御旗にして、危機を煽って、希望的観測のもとに事業を始めているように思える側面があり、そういう現状に対して、武田氏は、警鐘を鳴らしているのであり、私を始め、そのような警鐘には、耳を傾ける価値があると思っているのではないかと思います。

2008/12/30(火) 午後 0:38 ラリックマ@株+昼ドラ 返信する

ラリックマ@株+昼ドラ様★三度のコメントありがとうございます。
武田博士が一般の読者が廃棄物を語るにおいて、法の区分を知らないことを前提としているのかは解りません。しかし、廃棄物を語る著書において廃棄物処理法の解釈や廃棄物の区分を巧みにモザイクにして記述する武田博士の姿勢を問うているのです。
廃棄物に関しては、一般市民だから法解釈や区分などは知らないでよいという問題ではありません。一般市民が事業者や仕事で総務なり、庶務なりの担当者になって産業廃棄物処理委託契約を行う(又は同契約の事務を行う)ことはありえない話ではないでしょう。その場合、仮に同契約を委託した処理業者が不適正処理を行ったら、排出事業者が罪に問われるのです。【続く】

2008/12/30(火) 午後 4:03 まったけ館長 返信する

一廃にしても、産廃にしても、ゴミを出したら後は人任せにするのですか。廃棄物を処理するのは面倒だという心理を利用したレトリックを武田博士は行っているのだと指摘しているのです。
京都市の逮捕者の問題でも廃棄物の区分は重要な問題です。京都市職員の逮捕を理由として、何の罪のない産業廃棄物処理業者に容疑者への眼差しを向けるとおっしゃるのですか。そのようなことはできないでしょう。(「新・まったけ日記42」におけるレス)【了】

2008/12/30(火) 午後 4:04 まったけ館長 返信する

ラリックマ@株+昼ドラ様★三度のコメントありがとうございます。
京都市のゴミ有料化及び分別収集がゴミの減量化に繋がっていないという報道については、不勉強なために知りませんでした。お手数ですが、新聞・テレビ報道の何れかと日付などを御教示をお願い申し上げます。
廃棄物処理のうち産業廃棄物の費用対効果についてはトラックバックした記事に記述したものと考えています(この点は一般廃棄物も大差はないと感じています)。基本的には電力や鉄道などの事業者と同様に費用のうち固定費用が占める割合が高く、簡単には黒字運営を望めないものです。
一般廃棄物に関しては、京都市であるならば、同市の一般廃棄物担当課に問い合わせたり、施設見学を提案します。僕が説明するより、ご自分の目でお確かめくださることが理解が容易になると思います。
その上で不服ならば上級庁に審査請求をなさったり、近畿管区行政評価局京都行政評価事務所に行政相談をされることを提案します。(「新・まったけ日記23」でのレス)

2008/12/30(火) 午後 4:28 まったけ館長 返信する

ラリックマ@株+昼ドラ様★一人の亀岡市民としてお願い申し上げます。
亀岡市では市指定のゴミ袋は任意で70年代、義務で90年代、缶類・びん類(色別)、電池などの分別収集は80年代から始まっていますが、市民から疑問の声が出たのは殆どありません。
1970年代に大阪府吹田市が一般廃棄物最終処分場を建設しようとし、大谷鉱山からカドミウムが流出したことがあり、環境問題への関心が高い街と自負しています。
京都市内在住の友人や親戚が分別収集をしないのに困り果てたのはよくあります。亀岡市民は京都で仕事をしているものが多いのですが、京都市は分別収集をしないからといって職場で発生したゴミを持ち帰っていた人もいます。【続く】

2008/12/31(水) 午後 1:55 まったけ館長 返信する

【続き】また、京都市内の住宅で集積場に家庭ゴミを捨てずに、自宅前に置いてあったことを見たことが話題になります。また、指定ゴミ袋でないことに「何をやっているんだ」と隣接する亀岡市に迷惑がかからないかと心配する声もあります。
実は、数年前に府内各市町村の廃棄物リサイクル率が亀岡市が最低だったのです(これは、導入が早すぎたためです)。
そのとき、亀岡市民のプライドが傷つけられ、環境問題に関心のある商店や事業所、市民が声を掛けあいました。今でも、多数の亀岡市民は頑張っています。亀岡のリサイクル書店では武田博士の本を見つけることができません。(「新・まったけ日記23」でのレス)【了】

2008/12/31(水) 午後 1:57 まったけ館長 返信する

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>京都市のゴミ有料化及び分別収集がゴミの減量化に繋がっていないという報道については、不勉強なために知りませんでした。お手数ですが、新聞・テレビ報道の何れかと日付などを御教示をお願い申し上げます。

新聞です。

京都では、私を含めて、有料化・分別化に、反対する意見は根強いと思います。反対の理由は、同じ事の繰り返しになりますが、費用対効果であり、ここまで、手間をかけて、いったい、どんな成果があるのかということです。

環境問題解決のためには、お金や手間を惜しまないという人もおられますが、私は、そうではなくて、いかに、手間とお金をかけずに、効果が最大化するかということを望んでいます。

分別収集・リサイクルが、環境にとって、本当に役立つ手段であるのか? 京都市の例を見るまでもなく、現状でも、かなり疑問であり、また将来性はどうなのかということを考えれば、もっと疑問です。(将来の技術を考えると、一括収集して粉砕して資源を取り出したり、焼却してから、資源を取り出す技術が、ペイするようになると思われます。)

2009/1/3(土) 午後 4:44 ラリックマ@株+昼ドラ 返信する

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どう考えても、分別・リサイクルは、面倒です。いわゆる「意識の高い」人ならば、喜んでやるのでしょうが、その面倒さ以上の成果がないと、私はやる気が起きませんし、社会全体で行うことには反対です。

古紙価格が上昇して、ちり紙交換で、古紙がお金になれば(ちり紙にでも交換できれば)、古紙回収に出す意義があると思いますが、手間暇かけて、わざわざ、お金を払ってまで、やる意義はほとんどないと思います。どこかで消えゆく森林に思いを馳せて、手間暇をいとわないという人が、好きこのんでやる分には反対はしませんが。。。

車のリサイクルでも、基本は同じだと思います。最近は、市況の変化が激しすぎる面があり、長い目で見て、ある程度は、リサイクル産業への補助も必要だと思いますが、粉砕して埋め立てる方が、はるかに安価であるならば、それも選択肢だと思います。(その後の市況の変化や、技術の革新によって、埋め立て処分場を掘り起こして、利用する時代が来るかも知れません。)

2009/1/3(土) 午後 4:44 ラリックマ@株+昼ドラ 返信する

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という感じで、法律上の細かな区分についてなどは、私は興味がない問題であり、蘊蓄を聞かされても、時間の無駄ですので、もうこれ以上のコメントはお断りまします。末節にとらわれていると、大局を見失います。これが一番の無駄です。分別収集・リサイクルが、本当に環境にとって役立つ手段であるかを、根本から考察する必要があるのです。

2009/1/3(土) 午後 4:47 ラリックマ@株+昼ドラ 返信する

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