滅亡えの道、大日本帝国は音を立てて崩壊、無気力人間の誕生 PART7
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そして、4月30日ヒトラーが愛人と自殺、5月2日ソ連軍がベルリン占領、同日英軍がラングーンを占領、5月7日イタリーに続いてドイツも無条件降伏する。枢軸国のうち2ケ国までもが完全な敗北を喫し、また日本の敗北が決定的なことが軍部にも十二分にわかっていたにもかかわらず、一億総玉砕を叫んで日本は戦争を継続し、大量の犠牲者の山を築いたのであった。これは狂気の結末の空恐ろしい事実である。 4月12日アメリカ大統領ルーズベルトが脳溢血で死去、アメリカ憲法の規定に従い、大統領に就任したトルーマンは、5月8日日本政府に無条件降伏を勧告するが、日本はこれを無視、翌9日日本政府はドイツ軍降伏という現実に接しながらも、「帝国の戦争目的は固より其自存と自衛とに存す、是れ帝国不動の信念にして、欧州戦局の急変は帝国の戦争目的に寸毫の変化を與ふるものにあらず、帝国は東亜の盟邦と共に東亜を自己の恣意と暴力との下に蹂躪せんとする米英の非望に対し、飽く迄も之破碎し以て東亜の安定を確保せんことを期す」と声明して、戦争継続に狂奔するのであった。 アメリカ軍は5月25日東京を大空襲、強風で大火災が発生し残存市街地を焼き尽くし、宮城内の表宮殿と大宮御所などが炎上、29日にはサイパン、テニアンからの500機以上のBー29と護衛する硫黄島からの100機のPー51戦闘機が横浜を白昼爆撃し、死者は4,600人以上、負傷者14,000人以上に達し、市の3分の1が焦土と化した。また同日南九州にアメリカ軍のPー43、Pー47等の小型軽飛行機が来襲したが、これは沖縄基地からの慣熟飛行であり、沖縄が事実上アメリカ軍に占領されたこととの証明であった。 すでに日本軍による組織的抵抗が不可能となった5月19日司令官牛島満は、大本営に総力挙げて支援を要請するが、沖縄戦を本土決戦の時間稼ぎと位置づけ、全員玉砕を規定の事実としていた大本営はなんらの支援もしなかった。5月28日首里前面の防衛線が崩壊、首里城にアメリカ軍旗が翻り、敗退した日本軍と非難民は南へ南へと後退を余儀なくされた。だが、南端の海岸にはアメリカ艦艇が待ち受けており、背後にはアメリカ軍が押し寄せてきていた状況では、降伏のほか道はなかった。しかし、アメリカ軍は”鬼畜“と教えられ、捕まえられれば殺されると信じさせられていた住民にとっては、アメリカ軍の投降勧告には応じることより、自決の道を選ばざるをえなかった。 住民をまもるべき軍が住民を楯に戦い、集団自決を強要したことに「捨て石」戦であった沖縄戦死闘の悲劇があるが、空襲に次ぐ空襲と疎開で東京の人口も1945(昭和20)年6月現在において、前年度2月の3割(220万人)に激減していた。 同年6月6日天皇臨席の最高戦争指導会議が開かれ、今後採るべき戦争指導の基本大綱(本土決戦方針)を採択、あくまで戦争を完遂することを決定、15才から60才迄の男子、17才から40才の女子を国民義勇隊に編入する一億戦闘配置の大号令である義勇兵役法を施行した6月23日、沖縄の日本軍守備隊が全滅、沖縄戦での戦死者は19万人(内沖縄出身者12万2千人)にのぼり、沖縄本島の全部が焦土と化した。 国家崩壊の危機に直面した日本は、7月10日最高戦争指導会議においてソ連に和平斡旋依頼を決定、近衛文麿を特使に任命して13日に申し入れたが、18日ソ連はこれを拒否、7月16日にアメリカは最初の原爆実験に成功する。広島・長崎の悲劇は目前にせまっていた。 同月17日米・英・ソ3国の首脳会議がポツダムで開かれ、26日ポツダム宣言(太平洋で戦った米・英・中国の対日最後通告)を発表した(日本は27日早朝のアメリカの放送を受信して知った)が、首相鈴木はこれを黙殺、戦争邁進と記者団に対して談話、28日付朝日新聞は「多分に宣伝と対日威嚇」と読売新聞は「笑止、対日降伏条件」と報道した。 ポツダム宣言発表直前の7月14日から15日にかけてアメリカ軍は東北・北海道を空襲、また14日は釜石を15日には室蘭を艦砲射撃する。16日には1等10万円の「勝札」(宝くじ)を発行したが、皮肉にも抽選日は敗戦の日の8月15日であった。 そして8月6日午前8時15分、Bー29「エノラ・ゲイ号」が広島に原爆を投下、大本営は翌7日「1、昨8月6日広島市はB29少数機の攻撃により相当の被害を生じたり2、敵は右攻撃に新型爆弾を使用せるものの如きも詳細目下調査中なり」と発表、8日付朝日新聞は、「落下傘つき空中で破裂ー人道を無視する残虐な新爆弾」、翌9日付同紙は、「敵の非人道、断固報復ー新型爆弾に対策を確立」と報じたが、一瞬にして死者は実に24万人(推定)に達した。 8月8日にはソ連が対日宣戦布告(モロトフ外務人民委員が8月9日以降ソ連が日本と戦争状態に入る旨の宣戦布告文を8日夜佐藤大使に通達)、この報に日本が接した9日午前、最高戦争指導会議構成員会議が開かれ、ポツダム宣言受諾のための条件について、「皇室の安泰」とか、「本土占領の制限」などといった議論が行われているさ中の11時2分、今度は長崎に原爆が投下された。 西部軍管正司令部は、「1、8月9日午前11時頃敵大型2機は長崎市に侵入し新型爆弾らしき物を使用せり 2、詳細目下調査中なるも被害は比較的僅少なる見込み」と発表、これを10日付西日本新聞が報道(朝日新聞の報道は12日付であり、しかも小さい見出しであった)した51)が、長崎の死者は12万人を超えた。 長崎原爆投下報道の代わりに、10日付朝日新聞は、「東西から国境を侵犯ー満州国内へ攻撃開始。我方、自衛の邀撃戦展開」とソ連の対日宣戦布告を大見出しで報道した。同日情報局総裁下村宏は「戦局は最悪の状態」との談話を発表、陸軍大臣阿南惟幾は、全軍将兵に「死中活あるを信ず」と訓示し、「・・・・全軍将兵宜しく1人も残さず楠公精神を具現すべし、而して又時宗の精神を再現して醜敵撃拭に邁進すべし」との激を飛ばした。
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再軍備を唱える今の世代は、このような戦争の歴史を勉強しているのかね?歴史を知らずに、無責任なことを言うんでない。
2008/12/10(水) 午前 11:55 [ johnkim ]
ローマ帝国の夢を諦めない欧州人も現存しているし…
2008/12/10(水) 午後 0:07 [ IB ]
戦後の高度成長期以降しか知らない私でも、今の世の中が日本がおバカな戦争をおっ始める直前の不穏な時期に酷似してきたと嫌な感じがするよ。国民は生活に疲弊して自殺者が相次ぎ、金融が暴走し、政治家は無力化し、軍人が声高になる‥‥。
日本国憲法 第二十五条【生存権、国の生存権保障義務】
1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
大企業が経営陣が責任を取って自分の収入を減らすより前に、派遣を路上に追い出す。ヨーロッパでは普段税金が重いかわりに失業したところで最低住む場所と食いブチは何とかなるから、慌てない。しかし日本ではセーフティネットがないから失職はそのまま生存の危機に繋がる。「自己責任」などと隠蔽する連中がいるが、はっきり言ってこの現状は憲法違反じゃないか。関東軍も命令を無視して勝手をおっぱじめた。田母神も自衛官としての立場やルールを「関係ねぇ」と靴で蹴飛ばした。やつらも困れば法にすがるくせに、法やルールの重みを何だと思っているんだ。
2008/12/14(日) 午後 7:17 [ ]