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[ 中国により酸性雨やセシウムが高い ]
2012/5/27(日) 午前 7:03
朝鮮人の民族特性は、『誰よりも“過去や先祖”を誇りたがる民族』であるということ。
民族の成り立ち上、醜い過去に対するコンプレックスが強いのである。
そして『努力せずに嘘や小細工で勝ち組になれることに味をしめた民族』であるということ。
過去の歴史を書き換えることで名門になることができた国の人々なのである。
このような性質を持つ朝鮮民族には、中国の属国の歴史はあまりにも惨めすぎた。
つまり痛々しすぎて自分たちの過去を振り返るのが苦痛なのである。
それゆえ、独立した後に“民族意識を高めるための愛国教育”と称して、 『我が国は5000年間一度も他国に支配されたことの無い独立国である』 という“偽りの歴史”をあたかも真実のように国民に教え込むことにしたのである。
これが韓国のねつ造愛国教育の成り立ちである。
[ 韓国捏造国家で嫌韓になってきた ]
2012/4/25(水) 午後 4:35
[ Mr.Sandman ]
2012/2/13(月) 午前 7:19
ブログを読ませて頂きましたが、以前の記憶を呼び覚まされると同時に気になることが二つほどありました。
気になるので書かせてもらいますが、訂正を求めたり議論しようとするつもりはありません。
無視なさっても結構です。
まずラングスドルフ艦長はヒトラーの信奉者ではなく敬虔なプロテスタントであり、写真でも一緒に写っている他のドイツ人たちがナチス式の敬礼をしているのに対して彼一人が海軍式の敬礼をしています。
もう一つは艦長が自沈を決断した理由についてですが、WIKIによると戦争が終わってしばらくしてから艦に乗っていた技術士官の証言によりラプラタ沖での被弾により燃料供給システムに重大な損傷を受け、その為に戦闘を継続できる状況ではなかったことが明らかにされました。
燃料の精製システムに損傷を受けたために16時間のみの航行能力しか持ちえず、艦長には自沈する以外の選択肢は残されていなかったというのが妥当な見方とされているようです。
モンテビデオでの停泊時間は72時間の猶予と短く、修理することもままならないことから人命尊重の観点も含めれば艦長は立派な決断をしたのではないかと思います。
[ 災害復興に有資格者の叡智を結集 ]
2012/2/12(日) 午前 11:03
属国の運命を高麗に見る
元からの高麗の使者は、高麗王からの添え状も持っていた。そこには、
「蒙古皇帝は貴国と通交をしたいだけで、貢献を求めるものではない。天下に名を高めたいだけである。」とあった。
蒙古と通交するということは、蒙古に服属し、命じられるままに貢物を納め、軍兵を差し出さなければならないことを意味するのを一番知っているのは高麗だ。(高麗は元に6回以上、攻められた。
1231年、蒙古の使者が朝鮮に来た。
「貢物は、欲しくないものばかりだ。別の財宝を持ってこい。兵士の衣服を、百万人分を調達せよ。馬10000匹を持ってこい。王子・王女など、身分が高い家から子女を供出せよ。男女1000人を蒙古皇帝に贈れ。これらは迅速に行え。」
1232年、高麗は蒙古に
「要求された貢物が多すぎて調達困難である。現在集め得たものを贈るので、考慮願いたい」と。
この属国の運命を日本は辛うじて逃れた。
正しい朝鮮史、日本人も見直そう
生活と文化
2012/1/21(土) 午前 9:09
対馬の危機、韓国資本に食い荒らされる燦々たる現状
三面記事より
2012/1/15(日) 午後 2:39
第7回「竹島の日」記念 竹島資料室「特別展示」の開催
平成24年2月22日、第7回目の「竹島の日」を迎えます。その日を記念して、竹島資料室「特別展示」を開催します。
是非、ご覧いただきますようご案内します。
テーマ : 「李承晩ラインと竹島」
戦後、韓国に拿捕された日本漁船は326隻、抑留された日本人は3,904人にも上ります。その大半は李承晩ライン宣言以後のことであり、被拿捕漁船乗組員やその家族、漁業関係者に大きな苦痛を与えました。
また、この問題は日韓会談(国交正常化交渉)をはじめとする日韓関係にも大きな影響をもたらしました。そして、漁業問題を深刻化させ、また竹島問題を表面化させた李承晩ラインに焦点をあてた企画です。
期間 : 平成24年1月18日(水) − 2月29日(水)
1月18日が竹島問題の発端となった李承晩ライン宣言から60周年を迎えることから、開始します。
(開室時間) 午前9時 − 午後5時
(休室日) 土・日曜日、祝日
場所 島根県竹島資料室(松江市)
2012/1/15(日) 午前 11:47
外相が北方領土を洋上視察、返還交渉に意欲
日本テレビ系(NNN) 1月14日
北方領土交渉の進展が期待される中、玄葉光一郎外相が14日、北方領土を洋上視察し、返還交渉への意欲を見せた。外相が北方領土を視察するのは、10年12月の前原誠司氏以来。
14日の北海道・根室海峡は天気に恵まれ、玄葉外相は歯舞諸島の貝殻島や国後島などを船上から間近に見た。
根室市に戻った玄葉外相は、納沙布岬や北方四島交流センターなどを訪れ、元島民や関係者から説明を受けた。玄葉外相は「(領土問題)を最終的に解決できるように、道筋をつけることができるように全力を尽くしたい」と述べた。
今月下旬にはロシア・ラブロフ外相の来日も予定されていて、この洋上視察には領土問題の解決に向けた日本政府の姿勢を示す狙いもある。
[ IB ]
2011/12/28(水) 午後 8:31
[ けなすくらいなら、海外脱出したほうがいい。 ]
2011/12/28(水) 午前 2:26
