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風鈴 Wind chime Windspiel

イメージ 1

「日本人はね、環境の構造よりも、環境に如何に対応するかに熱心だったっていえると思うんですよ。

で、どっちも必要だと思うんですよね。

たとえばね、この部屋が暑いって時はね、二つの対応の仕方があると思うんだね。一つは窓を開けたり冷房装置を入れて温度を下げればいいわけです。

で、温度を下げる方角に努力すれば(笑)、うまく成功すれば(笑)、つまり暑くなくなるわけですから、それでいいわけですね。


もう一つは窓を開けないの(冷ややかな表情)。で、窓を開けなくて少し暑いけどね、暑くても楽しく「みんな」で仲良く話して(笑)人生を楽しく送ろうじゃないかと。で結局つまる所は(笑+畳み掛ける口調)暑いか暑くないかってのは一つの条件であってね、最後はあれでしょう、人生を幸福に送ることが究極の目的だから、こっちの気持ちの持ちようを変えれば――あんまり暑けりゃ別ですよ(笑)――だけどまあ(笑)そうじゃない程度ならね、、気の持ちようじゃないかって考えもあるわけ。


で、その装置も沢山できて、これもまあ江戸時代に発達したやつで、色々浴衣やなんか流行って本当に涼しいのもるかもしれないけれど、それ以上に風鈴とかね。風鈴なんて錯覚じゃないですか。「涼しい気がする」って別に温度が変わるわけじゃない。だから(笑)つまりね、風鈴対冷房装置じゃね、冷房装置ってのは本当に温度を下げる。下げなければみんな苦しい苦しいって呪うから、非常に険しい空気になって不幸なわけじゃない?

で、風鈴の方は温度を下げないけれど、いい音でね、涼しいような音で鳴れば、それでいいじゃないの、みんなで満足すればいいじゃないかってことで(笑)、そこでどっちかっていうと中国人は矢張りね西洋人に似てると思うんで、環境は愉快でなかったらそれを変えようとするんだな。で、変えようとするためには、環境の構造を理解しなきゃならない。だから環境理解のための、客観的に、我々が幸福であるか不幸であるかは全く関係なく温度は測定出来るでしょ。

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驚きの贈り物

イメージ 1

http://www.youtube.com/watch?v=Szd7bmwJVeI



冒頭

[加藤周一ナレーション]
私が初めて米国人に会ったのは、広島に原子爆弾が落とされてから一ヵ月後のことであった。

私は、東京大学付属病院の医者だった。ある日、米国人の将校が訪ねてきた。彼は私に、日米医療団の一人として、一緒に広島まで飛んでくれないかと頼んだ。


あなた方は奇妙に思うかもしれないが、敗戦当時、私は米国人に対して、怒りはそれほど大きくはなかった。
私が最も大きく怒っていたのは、我々自身の指導者たちに対してと、もし、あれほど盲目的にあの指導者たちに日本の人々が従っていなければ、ということであった。
米国人たちは、日本人を屈服させ、解放した。日本の軍隊を潰して、私達の生活の意味を回復させた。

今振り返ると、明白になったことがある。それは、私がある重大な事実を、軽くみていたということだ。

私は敗戦国の一員だった。勝者と敗者の力関係は、その時に定まった・・・そして、そのことは、また表面化することになるのだ。

過去30年間で、私の合州国への旅は今回で10回目となる。日米両国の間にある緊張は常に存在してはいたが、今日ほど、明白でハッキリとしたものではなかった。

今では、その激しさは、あらゆるところに見受けられる。日本の豊かな経済力は、アメリカ人の合州国は世界一だという確固たる自信を失わせているようだ。しかし、日本の強い経済力は、また日本人にとっても危機をもたらしているのである。今私が言っていることは、よく理解してもらえない。豊かな経済力のおかげで、日本人は世界中、どこにでも行くようになった。そしてどこに行こうとも、我々自身の文化が衝突し対立を生むのを発見するのである。
広い意味でいえば、これこそが、この映画で詳しく掘り下げたい事柄なのである。

Frontlineの招待を受けて、私は、合州国にある日本の大企業を見に来た。Frontlineが調査し、それに対して私が日本の作家としての視点を与える、という共同作業になる。
外の世界で広がっている、日本が当事者となっている紛糾の事例研究を共同で行うという映画なのである。


(テレビのニュースで、「松下電器産業が米国の大手映画会社MCA/Universal Pictureを60億ドルで買収」とある)

その日はアメリカの注意を引くことになった。日本企業によるこれまでで最大の買収がなされたためである。多くのアメリカ人にとって、初めて「Matsushita」という名を知った日であった。
しかしPanasonic 、 Nationalというようなブランド名を持つこの会社は、実のところ、世界で12番目という規模の大きさを持っているのであり、この合州国においても付き合いは長く、複雑に絡みあった苦い過去がある。


松下電器産業の創設者松下幸之助は、敗戦直後、彼の国と彼の会社が荒廃の没落にある中で、似つかわしくない、ある誓いをたてた。
「日本は、今度は平和的な手段で、再び力を取り戻す。世界は電子工学の時代に入る。日本は、この分野で世界の指導者となるのだ」

[Hajime Karatsu元松下の幹部]
「幸之助が初めて合州国に行ったのは、たしか1950年ごろだったと思う。それは彼にとって衝撃だったでしょう、黄金期を見ていたのですから。幸之助は、日本もこれと同じ繁栄にまで到達しようと決めたのです」


[加藤周一ナレーション]
日本を理解するために、あなた方には、日本の土地というのは、ごく小さい島々がいくつも細長くかたまっていて、資源はほとんどない、ということを知っていていただきたい。
日本が現代世界で繁栄するには輸出せねばならない。しかし数世紀の間、日本は外の世界と、ほとんど接触がなかったのである。

我々には外の世界が必要で、それでいて、それはほとんど理解出来ていない別世界なのだ。

[Hiroshi Kohno,作家]
「松下幸之助は明快な人物でした。アメリカの人々が何を必要としているのかが分らないとなると、幸之助は何を作るべきか考え、熟慮してテレビだとした。合州国の商人たちも同意見でした」

[加藤周一ナレーション]
松下幸之助は合州国のテレビ市場に視野を定めた。それからおよそ20年後、合州国にあったテレビ産業のほとんどは消滅した。幸之助は数々の法的調査に巻き込まれることになり、そして彼の会社は、自由世界において最大のテレビ製造業者となった。

[RCAのテレビ・コマーシャルが映し出される]
[加藤周一ナレーション]
30年前、合州国がテレビ市場を独占していたとは、今では信じられないだろう。RCAやGE、Zenithなどの会社は、世界中から最も競争力があるとみなされていた。 日本市場は外国の会社へは開かれていなかった。日本で外国のテレビは売る許可が下りていなかったので、RCAとGEは日本の製造メーカーへテレビ技術の使用許可を与えた。そこには松下も含まれていた。

フロントラインの調査は、1956年にまで行き着いた。その年と1964年に、松下幸之助は、サンヨー・東芝・日立・シャープも含めて、カルテルを組織した。このような日本のカルテルの歴史は周知の事実ではある。しかし合州国でなら報道機関をも通して公にされる事実であるが、日本ではそうではなかった。


[John J. Nevin, former CEO, Zenith]
日本のテレビ製造産業が、我々の国で「カルテル」とみなすものを組織しているのは、1956年初めから我々も知っていた。


[加藤周一ナレーション]
日本ではテレビとその付属品への価格を人為的に高価格に設定して、企業は高利益を生み出すことが出来た。本国で生み出した利益は、外国での競合相手よりも安く売るのに使われた。このように価格を固定することは合州国と日本では不法行為である。


FTC Federal Trade Commission
アメリカ連邦取引委員会。独占禁止に関する業務を担当、不正競争・価格協定・誇大広告などを取り締まる。




最後あたりの場面の訳


[ロサンゼルスのショッピングセンターの場面。全ての店の文字が日本語で書かれている]

[加藤周一ナレーション]

このショッピングセンターでは、日本人のコミュニティを提供している。ここで日本人の数が集まってくると、私たちは閉鎖した共同体を作り始める・・アメリカ人の怒りの格好の的だ。

[日本のレストランの場面]
The Thousand Cranes Restaurant
[加藤周一ナレーション]
ロスアンゼルスの繁華街にあるThe Thousand Cranes Restaurant
(注:すし・てんぷらなど出す高めの店らしい。。画面がないからわからんけど、どうやら高級料理店で、高級服飾で着飾った日本人だけで楽しく食事をしているのだろう)(←今はちゃんと動画でみれますな)

(これをみて)アメリカ人は我々を軽蔑することだろう。40年前、外国人が金持ちのアメリカ人を軽蔑したように。しかし、ここにいる人達は誰の敵でもない。ここでの会話を聞いたら、あなたがたは驚くかもしれない。夕方遅く、聞こえてくるのはその場にいない上司をからかった笑い声、働いてる会社への愚痴嫌味・・・

幹部達は会社に、自分の時間と人生全てを投げ出している。そして多くは、それについて密かに苦しんでいるのだ。これはアメリカ人には理解できないことだろう。日本の会社人生に存在する複数の壁は、あなたがたを外に閉め切り、わたしたちを内に閉め切る。日本の巨大企業の支配力は、アメリカ人と同様に日本人の問題でもあるのだ。ほかのどんな組織よりも、企業は画一化・服従を強制する。強大な企業が支配力をもつとき、日本での生活の選択肢は少なくなる。
私が飛行機で日本へ帰るとき、その社会へ再び入るための心の準備をする。そこでは自由は、ほんの片隅にしかみつからない。私はよそ者にとって、居場所が殆どない国へ帰ろうとしているのだ。よそ者というのは、外国人か日本人であるかは関係ない。
これは変わるだろうか?個人らが集団に抵抗し、大勢順応主義に勇敢にも主張をすることができるか。
これが日本社会の中心的な問題だと私は信じる。もし私たちがこれに立ち向かうことが出来るなら、私たちがぶつかる、外の世界での争いの数は減ることだろう。

END

Feb. 18, 1992
60 minutes

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coming from Japan 1( 1992年) ドキュメンタリー映画の脚本

イメージ 1

[加藤周一ナレーション]
私が初めて米国人に会ったのは、広島に原子爆弾が落とされてから一ヵ月後のことであった。

私は、東京大学付属病院の医者だった。ある日、米国人の将校が訪ねてきた。彼は私に、日米医療団の一人として、一緒に広島まで飛んでくれないかと頼んだ。


あなた方は奇妙に思うかもしれないが、敗戦当時、私は米国人に対して、怒りはそれほど大きくはなかった。
私が最も大きく怒っていたのは、我々自身の指導者たちに対してと、もし、あれほど盲目的にあの指導者たちに日本の人々が従っていなければ、ということであった。
米国人たちは、日本人を屈服させ、解放した。日本の軍隊を潰して、私達の生活の意味を回復させた。

今振り返ると、明白になったことがある。それは、私がある重大な事実を、軽くみていたということだ。

私は敗戦国の一員だった。勝者と敗者の力関係は、その時に定まった・・・そして、そのことは、また表面化することになるのだ。

過去30年間で、私の合州国への旅は今回で10回目となる。日米両国の間にある緊張は常に存在してはいたが、今日ほど、明白でハッキリとしたものではなかった。

今では、その激しさは、あらゆるところに見受けられる。日本の豊かな経済力は、アメリカ人の合州国は世界一だという確固たる自信を失わせているようだ。しかし、日本の強い経済力は、また日本人にとっても危機をもたらしているのである。今私が言っていることは、よく理解してもらえない。豊かな経済力のおかげで、日本人は世界中、どこにでも行くようになった。そしてどこに行こうとも、我々自身の文化が衝突し対立を生むのを発見するのである。
広い意味でいえば、これこそが、この映画で詳しく掘り下げたい事柄なのである。

Frontlineの招待を受けて、私は、合州国にある日本の大企業を見に来た。Frontlineが調査し、それに対して私が日本の作家としての視点を与える、という共同作業になる。
外の世界で広がっている、日本が当事者となっている紛糾の事例研究を共同で行うという映画なのである。


(テレビのニュースで、「松下電器産業が米国の大手映画会社MCA/Universal Pictureを60億ドルで買収」とある)

その日はアメリカの注意を引くことになった。日本企業によるこれまでで最大の買収がなされたためである。多くのアメリカ人にとって、初めて「Matsushita」という名を知った日であった。
しかしPanasonic 、 Nationalというようなブランド名を持つこの会社は、実のところ、世界で12番目という規模の大きさを持っているのであり、この合州国においても付き合いは長く、からみあって厄介な苦い過去がある。


松下電器産業の創設者松下幸之助は、敗戦直後、彼の国と彼の会社が荒廃の没落にある中で、似つかわしくない、ある誓いをたてた。
「日本は、今度は平和的な手段で、再び力を取り戻す。世界は電子工学の時代に入る。日本は、この分野で世界の指導者となるのだ」

[Hajime Karatsu元松下の幹部]
「幸之助が初めて合州国に行ったのは、たしか1950年ごろだったと思う。それは彼にとって衝撃だったでしょう、黄金期を見ていたのですから。幸之助は、日本もこれと同じ繁栄にまで到達しようと決めたのです」


[加藤周一ナレーション]
日本を理解するために、あなた方には、日本の土地というのは、ごく小さい島々がいくつも細長くかたまっていて、資源はほとんどない、ということを知っていていただきたい。
日本が現代世界で繁栄するには輸出せねばならない。しかし数世紀の間、日本は外の世界と、ほとんど接触がなかったのである。

我々には外の世界が必要で、それでいて、ほとんど理解出来ていない別世界なのだ。

[Hiroshi Kohno,作家]
「松下幸之助は明快な人物でした。アメリカの人々が何を必要としているのかが分らないとなると、幸之助は何を作るべきか考え、熟慮してテレビだとした。合州国の商人たちも同意見でした」

[加藤周一ナレーション]
「松下幸之助は合州国のテレビ市場に視野を定めた。およそ20年後、合州国にあったテレビ産業のほとんどは消滅した。幸之助は数々の法的調査に巻き込まれることになり、そして彼の会社は、自由世界において最も大きいテレビ製造業者となる」

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2004年

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「だからいつまでたっても変わらない。殆どの人が、このままいけばマズイ、失敗したと思ってもまだやってるわけじゃない?方向転換できないんだ。で、catastropheになってですね、、国中焼け野原になるとか、みんなバタバタ公害で死ぬとか、そういうことになった時にやっと、ちょっとマズイからね、やっと多数派の中で相談して、それでちょっと方角を変えようかってなるわけ。しかし彼らは長い間そういう意見じゃなかったんだから、急に、俄かにですね、catastropheになればさすがに、変わろうってのは慌ててやるってことね。だけどcatastropheになる前に避けることが出来ない。方向転換出来ない。方向転換が非常に不器用。前の戦争なんかの場合は、後のほうになればね、初めはともかくとして、後のほうになればね問題は無いわけですよ。多数派だった人だって、もう打つ手は無いってことは知っていたんですよ。敵も知っていたけど、日本側も知っていたわけですよ。だけど知っているのにね、何故止めないのかっていったら、なんていうかなー、惰性みたいなもんだけどねー(笑)、惰性を変えるには力が無いわけ。能力が無いんですね。どうして誰にも常識上あきらかに話は決まったんだから、損害を少なくした方がいいんじゃないかって言っても、か〜んたんな常識だ、だけどそれを通す能力が無い。なぜないかっていうと、少数意見が無いから(ブログ注:つまり個人が無い)イギリスだったらその時、戦争を止めるという意見が多数になって、原爆をまたなくてもね、止めたと思うんですけどね。

もっと小さな、大戦争じゃなくて、小さなことでも、ますますそうでしょ。たとえば水俣なんかそうですよね。これは小さな問題、博多湾の汚染だけの問題。で、それは、わーかってたんだから!そういうことは言ってたんですから。有機水銀中毒だってことは。で、どうなるかっていうと、およその見当はついてたわけなんでね。で、ちゃんと言ってるんだけど、聞いてない。人の言う事を(厳しい口調)。だから少数意見を無視して、会社は医者をいくらか買って圧力をかけて公害じゃないってことを長く言っていたわけですね。ずーいぶん長いですよ(厳しい顔)。実際にその、水俣で人が死んで!だからcatastropheだ。人が死にだしてから、ようやく・・・重症の人も沢山出てきたけど、何人か死んでから、初めて、ついに、気が付いてね(笑)止めようって言ってね。やめることなんてどーってことないんだから(笑)ね、あれでしょ、排水管を止めればいいんだから。そういうことは何でもないことなんだよね。だけど何人か死ななきゃ変えられない。で、会社の中には決定機関の中には少数意見が無いでしょ。で、日本型の共同体の中で、少数意見を尊重しない。」2004年加藤周一

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寄付やボランティアよりも大事なこと

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「日本国民には、みずからの生命財産の安全保障に関して、みずから税金を払って維持する政府と役人に、多くを期待しない習慣がある。また同時に共同体の成員相互の無償の扶助を当然とみなす価値観もある。政府ののろまさに対して激怒し、権利を強く主張するということがない。

他方、無償の奉仕者(いわゆる「ボランティア」)に対しては、限りなく依存する傾向もある。ということは、奉仕の義務をもつ役人と、義務をもたない「ボランティア」とを、鋭く区別しない、ということであろう。おそらくそのことから、危険に臨んでの国民の力も出てくると同時に、日常における危機対策の無力も出てくる

日常における危機対策の最大のものは、国民の生命財産の安全保障のために現実的な政府をつくることである。現実的な政策とは、いうまでもなく、安全を脅かす多くの要因のおこり得る確率の大きさに順って、対策に投じる資源・人員・予算を配分する政策にほかならない。」

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