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誰もが知っている詩・・・・相馬御風

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「早稲田大学校歌」
 都の西北 早稲田の杜に
 聳ゆる甍は われらが母校
 われらが日頃の 抱負を知るや
 進取の精神 学の独立
 現世を忘れぬ 久遠の理想
 輝くわれらが 行手を見よや
 早稲田 早稲田 早稲田 早稲田
  早稲田 早稲田 早稲田


「春よ来い」
 春よ来い 早く来い
 あるきはじめた みいちゃんが
 赤い鼻緒の じょじょはいて
 おんもへ出たいと 待っている 


私の出身が新潟県ということもあり、どうも新潟県出身の画家や書家の作品が出ると、ほとんど郷愁にかられて手当たり次第に落手してしまいます。とりわけ絵よりも書にその傾向が強く出ています。
「傾向が強く出ています」などと、さも崇高な価値観に基づき落手しているような言い回しが我ながら小憎らしいのてすが、新潟県をキーワードに買っているわけですから、ペコちゃんコレクターさんや猫グッズコレクターさんなどの収集傾向とほぼ路線は一緒だと思ってください。一緒にされた、ペコちゃんコレクターさんや猫グッズコレクターさんは、「お前と一緒にするなと」と罵声を浴びせられそうで、おどおどしてしまいますが・・・・。

書そのものよりも、それを生みだした人物に魅かれてしまうのでしょうね。この気まぐれ美術館でも以前「良寛」「山本五十六」紹介させていただきました。

今回ご紹介するのは、上の有名な歌の作詩者「相馬御風(そうまぎょふう)」です。相馬御風の手による有名な歌はこのほかにも、「カチューシャ」や「日本大学」の校歌などもあるんですよ。

相馬御風氏のもう一つの顔は、私の敬慕する「良寛」研究家として、新潟県内もとより良寛好きの間ではつとに有名な方でもありました。


記事に掲載した書は私の所蔵品です。何が書かれているか???? 私は古文書解読できるほどの力を持ち合わせておりませんが、おおよそこんな感じかな・・・・。 

「阿さ日可け う良々可なれや 曽りう多能 古ゑいさましき 雪の無良さ登」と良寛同様に語呂の良い当て字で書かれています。

分かりやすく意味にあった漢字やひらがなに変換すると「朝日影うららかなれや そり歌の 声勇ましき 雪の村里」が正解なのでしょう。意味は「朝日の影がまだ長い冬の朝、雪の降り積もった静かな村里に、そり引く村人の歌が勇ましく響きわたる情景」を詠んだものと思われます。いかにも雪国生まれの御風らしい短歌作品です。

書そのものは、敬愛していた良寛のすらすらと流れるような運筆に酷似していますよね。更に御風は良寛同様に落款の下に印鑑を捺印しません。この点も良寛への敬慕ぶりが窺われます。

文学 校歌 童謡 良寛研究とその才能をいかんなく発揮された誇るべき先輩でもあります。




「相馬御風の経歴」

1883年 新潟県西頸城郡糸魚川町大町(現糸魚川市)に生まれる。
    新潟県立高田高等学校を経て早稲田大学文学部に進む。
1903年 岩野泡鳴らと雑誌「白百合」を創刊。
1906年 早稲田大学を卒業。野口雨情・三木露風らとともに「早稲田詩社」を設立し、口語自由詩運動を    進めた。
1907年、早稲田大学創立25周年記念事業として恩師である坪内逍遥、島村抱月から早稲田大学校歌の制作
    依頼を受け、不朽の名校歌と称される「都の西北」が誕生。
1911年 早稲田大学講師となる。
1916年 故郷糸魚川に隠棲。帰郷後は主として良寛の研究に携わったほか、童話・童謡も発表した。
1950年5月7日に脳溢血で倒れ、翌8日死去。享年68歳。

「相馬御風作詞の童謡・校歌」

「早稲田大学校歌」(都の西北、作曲:東儀鉄笛)
「早稲田実業学校校歌」(作曲:永井建子)
「日本大学校歌」(作曲:山田耕筰)
「カチューシャの唄」(島村抱月との共作、作曲: 中山晋平)
「春よこい」(作曲: 弘田龍太郎)
「かたつむり」(作曲:弘田龍太郎)
「新潟県立新潟商業高等学校校歌」(作曲:大和田愛羅)
「新潟県立栃尾高等学校校歌」(作曲:小出浩平)
「新潟県立村松高等学校校歌」(作曲:中山晋平)
「長岡市立大島小学校校歌」(作曲:中山晋平)
「新潟明訓高等学校校歌」(作曲:山田耕筰)
「北海道函館水産高等学校校歌」(作曲:信時潔)
「秋田県立秋田工業高等学校校歌」(作曲:宮原禎次)
「秋田県立能代工業高等学校校歌」(作曲:山田耕筰)
「秋田県立由利高等学校校歌」(作曲:小松耕輔)
「栃木県立栃木商業高等学校校歌」(作曲:中山晋平)
「岩手県立黒沢尻北高等学校校歌」(作曲:中山晋平)
「糸魚川市立糸魚川小学校校歌」(作曲:中山晋平)
「糸魚川市立糸魚川中学校校歌」(作曲:中山晋平)
「豊田市立足助中学校校歌」(作曲:山田耕筰)
「名立町立名立小学校校歌」(作曲:中山晋平)

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昔、アニメの天才バカボンで「ばかだばかだばかだばかだぁー」ってバカボンパパが歌っていたので意味も分からず繰り返して歌ったことを思い出しました。学がないものでこの程度しかお話ができません。

ワープロで書く楷書、行書はプリントアウトしたときは小さいせいか見栄えはいいのですがバランス悪いですね。
フォントが一つも四角い枠の中にあってどうも文字と文字の間がひろがって間が抜けたようになります。
でも、さすが手書きの書はそういうのがないので大変まとまってすばらしいと思います。

2009/7/28(火) 午前 10:20 ロシア画廊

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こんにちは★

多才な方ですね。
たくさん、校歌を書かれていたのですね。

2009/7/28(火) 午後 1:10 [ yutake☆イヴ ]

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とても綺麗な書体ですね。無知なわたしには、すごい達筆!としか形容する言葉がありませんが。
良寛さんの書は、「池田満寿夫展」で見たことがあります。やはりやさしいお人柄を髣髴とさせる書は、見る側をホッとさせますね。
相馬御風氏も魅力的な方だということも、laxさまの記事から十分伝わってきました〜〜(^_-)-☆

2009/7/29(水) 午前 0:26 les fleurs

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ロシア画廊様 今晩は、天才バカボンで「ばかだばかだばかだばかだぁー」ありましたよね。私は大学に行ってもその歌口ずさんだ記憶がありますから。(笑)

2009/7/29(水) 午後 8:52 [ lax**40 ]

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yutakeさん 今晩は、本当に多才ですよね。私の記事によく出てくる小説家折原一氏も出身学部が文学部でしたから相馬御風の後輩なんですよね。私はもっぱら良寛研究で御風を知っていましたが、数多くの校歌や童謡を作詞されていたことを知ったのはつい最近でした。まさか、小学生のころ音楽の時間に唄った「春よ来い」の作詞が彼とは知りませんでした。

2009/7/29(水) 午後 9:00 [ lax**40 ]

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今晩はles-fleursさん 池田万寿夫展に良寛の書が展示されていたことがあったのですね。知りませんでした。今まで良寛の書は5回求めたことがありましたが、4回は贋作でした。(泣)

かなり自信があったのにこの確率ですから、良寛の書の真贋判断はとても難しいのです。巷に流通しているものの90%は贋作といわれるくらいですから。私は長野県の佐久市にある佐久近代美術館に所蔵されている良寛を見たとき「ムムッ!」でしたから。

良寛にあこがれた芸術家・文人は今も昔もとても多く、日本画家の安田靭彦や夏目漱石、陶芸家の北大路魯山人など皆さん良寛の書を求めて奔走したようですから。最近新潟県ではこの相馬御風が今良寛と称され、暫時価格が高騰しつつあるようです。本当に流れるような良い書ですよね。

2009/7/29(水) 午後 9:16 [ lax**40 ]

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