アーティスティック セラピー

偶然は不思議なできごとではなく、叶えられた夢 ほんとうのあなたに出逢うためのプロセスを一緒に楽しみませんか

羊毛フェルト教室

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2012年5月15日(火)羊毛フェルト教室を開きました。

初心者の方には、フェルティング・ニードル(専用針)の扱い方に慣れてもらうために、まずはボールを作ります。
染色した羊毛から好きな一色を選んで、繊維の方向と、量と重さの感覚を知ってもらい、ボールを作ることに専念します。針を一か所に集中して刺していくとそこが凹んで硬くなります。まんべんなく均等に針を刺していくときれいな球体に近づきます。

↓昨年から来ているお二人と新しい方を含めて、写真のような作品ができあがりました。


無心になって球を作る時間は、頭の中を空にして集中できるとき。といっても、昔の職人のように黙々と作るわけではありません。あれやこれや、おしゃべりをしながら時間を過ごします。手仕事をしながら語る内容は、自分の心の声に近いものが出てくるようです。肩の力を抜いて、童心に戻って、感じたこと、思い出したことなどを語る様子は、まるでグループセラピーのようで、居心地がいいものです。

私の指導する羊毛フェルトドール作りは、ニュージーランドのタルナ・カレッジ(シュタイナー・アダルト・カレッジ)で習得したものです。ですから、手芸品展でキット(作品に必要な材料と説明書がセットになっている袋)として売られているのとは違い、イメージと五感を広げるよう工夫がされています。

たとえば、ネコを作るために頭と両脚と胴体をそれぞれ作っておいてくっつけるという作り方をしません。
ひと固まりの羊毛から頭や両足や尻尾を引っ張り出して、ネコに近づけていくという作り方をします。
そうすることで、モノは部分の寄せ集めではなく、総体(ゲシュタルト)として在るということを感じ取ります。

次回の羊毛フェルト教室 : 2012年6月19日(火)12:30〜15:30 / アトリエ5にて
詳しくは、こちらまで → メール iamhere47@t.vodafone.ne.jp ? 080-3124−5502(沢月)

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富山妙子講演会

イメージ 15月12日富山妙子講演会が開かれた。
←『記憶の糸を紡ぐ〜女の眼から戦争を綴る』と題されたコーナーは、日本の植民地主義からアジア太平洋戦争への歴史を作品にして、墓場をイメージしたインスタレーションに仕立ててある。奥に掲げられた油絵は、満州国を戯画化したような作品、タイトル『海底劇場』。
 
会場に続々と集まる人のなかに、熱心に作品に見入る二人の女性が目にとまった。耳を傾けると彼女たちは英語で何か議論をしていた。
 
イメージ 2二人が見入っていたのは、『列強がアジアで植民地獲得に競う百年前、日本は朝鮮を植民地として帝国への道をばく進しました』というタイトルが掲げられたこの作品→
 
インタビューに応じてくれた2人は韓国人の安さんと中国人の黄さん。フェローシップ(研究奨学金)で日本の大学で1年学んでいるという。
中国人の黄さんと韓国人の安さんが議論していたのは、香港が英国に占拠されたのが1941年だが、日韓併合はいつだったのかということだという。
安さんは、作品の中央にある四角いものが韓国の食卓でよく目にするものだから、興味深く感じたという。 
20代前半の彼女たちは、富山妙子さんの作品をどう感じたことだろう。
 
富山妙子さんの絵画作品は100号(畳一畳くらい)を超える大きさのものが殆どだが、このコーナーに配されたコラージュは木枠で重ねられるように作られている。
これは、日本で左翼画家とか女性画家とかのレッテル張りをされてアウトサイダー扱いを受けている富山妙子さんが、海外に作品を持参するのに都合がよいということで、特注したものだとか。
作品を持参してどこにでも飛び、そこで出会う人たちと作品を通じて語り合う場が設けられるそうだ。
そのことを、『ナラティブアート(語りの芸術)』と呼んでいるという。
 
この日、会場には130人を超える聴衆が集まり、語りの場が設けられた。

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取材編集

イメージ 1取材編集するにあたって、富山妙子さんの著書『アジアを抱く』(岩波書店2009年)を読んだ。
富山妙子さんとの出会いは、学生のときに読んだ『わたしの解放』から始まる。今から33年前のことだ。
 
正直な話、20歳の私には富山さんの作品は難しくてよくわからなかった。それでも、何かザワザワしたものが胸の奥で広がっていくのを感じていた。
 
2009年の越後妻有トリエンナーレでは、廃校を使って展示された富山さんの50点に上る作品を目の前にして、その迫力と力強さに圧倒された。
それでも、やっぱり難しくてよくわからなかった。
 
そして今、2012年震災と原発をテーマに新たな作品を描き上げた富山妙子さんの作品がとてもよくわかる。
津波や放射能で家や命や風景を失くしていった人々の声を、思いを、叫びを、富山妙子さんは作品に込めて表現している。
 
植民地の被搾取者や炭鉱労働者や従軍慰安婦や光州蜂起の韓国人民が、声なき声のまま葬り去られていくなかで、彼らを代弁する作品を描き続けてきた富山妙子さんは、『魂振りの巫女』と自らを語っている。
鎮魂を描くのは加害者のすること、民衆の側に立つ者は、魂を鎮めるのではなく、奮い起こすのだと。
 
私が、東北支援活動を経て感じていたものは、皆が同じようにガンバローと唱え、アリガトウと頭を下げる姿への恐怖だった。そこに戦争のイメージを感じ取っていたのだということを、富山妙子さんの作品は教えてくれる。

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100,000年後の安全

2012年5月8日(火)千葉市女性センターで、映画の上映会があった。
『100,000年後の安全』というタイトルからして、ドキュメンタリーとは思えないSFの世界。
 
イメージ 1フィンランドに建設中の高レベル放射性廃棄物の永久地層処分場に潜入して、そこにいる専門家たちへ安全性を問うという内容のドキュメンタリー映画だ。
 
地球史年表を見ると、今から100,000年前は現代人(ホモ・サピエンス)がアフリカを出て世界各地に広がった頃、ラスコーの洞窟壁画や縄文時代が17,000年前くらいとある。
 
この映画は、原子力という最先端の科学を扱う専門家が、果たして、本気で10万年後の安全を科学的に語れると信じているのだろうか?という疑問を素直に抱かせる。
 
もっと言えば、今解決できない問題を棚上げするために穴を掘って埋めてしまえ!そこを封印すれば、おれたちが生きてる間は考えなくてすむさ!という声が映像の裏に透けて見えてくる気さえした。
 
昨年の震災津波の結果、引き起こされた福島原発のカタストロフィー(大惨事)。メルトダウンという言葉を聞いて、1979年スリーマイル島原発事故を思い出した。そのとき大学2年生だった私は、『科学と人間ゼミ』というサークルを作り、原子力についての勉強会を開いていった。
 
学生だった私は、知識を得るという勉強をしていく程に、科学を知ることの面白さを味わい、今でも原発の構造や放射能の特性を暗記しているほどにその頃、吸収した記憶が残っている。
そして、科学者は科学の先端で新しい発見をする喜びを麻薬のように感じていたのではないだろうか、という危惧を同時に抱いた。原子力は実験室の中だけに留まるものではなく、原子力発電という形で実社会の日常へと姿を現すもの。果たして、科学者の倫理が発見する喜びのストッパーになっていたのだろうか、怪しむ。
 
サークルの学習会で読んだ『反科学論』(柴田篤弘著/みすず書房)には、科学は誰のためにあるのかという問いかけをしている。反科学・論ではなく、反・科学論。つまり、科学的であることを最優先に考えて、本来持っている個人の感性や五感を第二義的に扱う科学万能主義(=経済優先主義)に警鐘を鳴らすこの本を、33年ぶりに、もう一度紐解いてみたい。

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初取材

イメージ 1映像制作ワークショップの企画案「支援てんでんこ」がコンペで通過しチームを組んで小作品作りに乗り出すことになった。
 
内容は、富山妙子さんの絵画作品を紐解きながら、震災と戦争と女という3つのテーマの共通性を映し出すというもの。
具体的には、5月12日に開催される富山妙子さん講演会の取材と進行役の学生へのインタビューを予定している。
 
20歳の学生たちが90歳の富山妙子さんから、何を受け取り、いかに感じ、どう現実と向き合っていくのか、いかないのか、という辺りがドキュメントできればと思っている。
 
今日5月6日は横浜にある慶応義塾日吉キャンパスのギャラリーに絵画作品を搬入展示する作業を取材した。
富山さんの矍鑠としたたたずまいにオーラを感じる一方、気安く応対してくれるところに人懐っこさを感じた。
 
学生たちとの打ち合わせの様子を聞いていると、富山さんには伝えたいものがはっきりしているということがわかる。
 
10代の多感な時期を旧満州で過ごし、植民地下での人々の生活と西洋主義に感じた矛盾を根底に、3.11震災からまもない3月20日に絵筆を持ち、3.11へのメッセージ3部作を描き始めたという。人間として立つアイデンティティが植民地体験と戦争体験にある、その延長に震災があり原発がある...「画家は時代の傍観者でよいのか」と自分自身に突きつける問いに、自ら応える作品の深みに思わず息をのむ。
 
改めて表現することの力強さを感じると共に、表現する場を奪われてきた女たちに思いが募る。

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アーティスティックセラピー@名古屋 第二弾 ケータイ投稿記事

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5月3日、名古屋でのアーティスティックセラピー第二弾を行った。場所は前回と同じ「珈琲日和」の2階スペース
 
←参加者6人と一緒に行う『絵描きしりとり』は大好評。白い画用紙の上に自分で描いたものが、一周する内に大変貌を遂げて戻ってくる。
最後に、完了の手直しを入れて、サインをする。
 
自分一人では、とても思いつかないような絵に仕上がっているけど、なぜか戻ってきた絵が自分の絵だと思えるから不思議。
 
アーティスティックセラピーでは、なるべく頭を使わず、思考よりも感性や感情を重視するようプログラムされている。
 
たらし絵は、水にぬらした画用紙に3原色の絵の具を垂らしていき勝手に絵の具が流れていって混色を作り出す。
 イメージ 1
そこから見えてくるものの輪郭や影をなぞりながら絵が生まれる。そこには自分の心の中が映し出されていく(投影) →
 
そんな風に聞くと、自分では好ましくないものが見えてきたらどうしようと心配になるかもしれない。そんなときは、気がつかない内に心の中に溜まっていたネガティブな感情(恐怖や不安、悲しみや怒りなど)がようやく表に出てきて、自分から離れていくと考えるようにしている。
 
夢判断でも、死ぬ夢は再生といって、新しい自分に生まれ変わることだといわれている。今まで気がつかなかった自分の新しい面を見出したり、行動や考えが変わって新しい道を進み出したりする前兆ともいわれる。
 
ネガティブな自分も自分の中の一面。だから、さよなら、と言って、新しい自分への一歩を踏み出すといいかもしれない。 

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学習会@名古屋 ケータイ投稿記事

イメージ 15月2日名古屋のナディアパークで社会通念」というテーマで考えをシェアする学習会に参加した。
主催は、心理学やカウンセリングに興味を持つ人たちのグループで、この日は10人くらいが集まっていた(全員女性だった)。
 
先日、アーティスティックセラピーをアレンジしてくれた友人も主催者の一人だ。
毎月、違うテーマで3時間ほどの話し合いをするという。
 
「社会通念」というテーマで自分が何を連想するか考えてくるという宿題は、先月、すでに出されていたらしい。
参加者一人ひとりが、考えてきたことを口にして、司会者が板書していく。ざっと出てきたことを挙げれば、「他人には関わりを持たない方がいい」「家父長制」「謝ってすむなら警察はいらない」「女らしい、男らしい」「自己主張しない方がいい」「出る杭は打たれる」などなど多岐に渡った。
 
それぞれ発言者は、自分の体験や出来事を織り交ぜながら話していき、他の参加者がそれをどのように感じるかをシェアする。議論をするというのではなく、自分の体験を基に語り、そのことを皆とシェアしながら、もう一度、自分に反していく。そうして、自分を含め、人々がいかに「社会通念」に縛られて生きているかを再確認していく。
 
この会は、個々人を縛るものを脱ぎ捨てて行って自由を得ることを主眼にしているという。
CR(意識覚醒)というグループセラピーの方法がある。それは、個人的なことだけど口にしてみると皆も感じていた(社会的なことだった)という気づきを得るものだが、それをもっとアクティブに進めていくような学習会だった。

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アーティスティックセラピー@名古屋

イメージ 1GWの8日間、実家のある名古屋に滞在した。
その間に、アーティスティックセラピーを行う機会を得た。
3年前にニュージーランドで心理学講座を受けてくれた友人が名古屋に住んでいて、彼女の声掛けで何人かの人たちが集まってくれた。
 
右の写真→にあるように古民家を再利用した「珈琲日和」というカフェの2階がスペースになっていて、そこを使わせてもらった。
 
この日は、気温が急上昇して蒸し暑く、クーラーをつけるような気候になった。タロットで自己紹介をした後は、絵描きしりとり。そして、身体ほぐしは、漸進性弛緩法を行った。これは緊張感を取り除き、リラックスするための方法として、被災地支援の際によく行われているものだ。
 
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←最後に、たらし絵投影法を行い、お互いの気持ちをシェアして終えた。
セッションの後は階下に降りて、焙煎したての珈琲をいただく。
 
その時、居合わした4人のうち3人が金縛りにあったことがあるとか、幽体離脱や生き霊の話まで出てきて盛り上がった。
その後も話は尽きることなく、気がついたら、5時間経つほど居心地が良かった。

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チェルノブイリの祈り

神田香織さんの講談「チェルノブイリの祈り」が、船橋市の宮本公民館で開催されたので行ってきた。
講談の内容は、1986年チェルノブリ原発爆発の消火活動で被曝した夫を献身的に看護する妻サーシェンカの愛の物語で完結しており、少々面食らったが、なかなかの出来だったと思う。
 
それよりも、会場に設置された当時の報道(被災地ベラルーシの状況)を見て、まるでタイムスリップしたかのような不思議な感覚に襲われた。
1986年のチェルノブイリ原発の惨劇の後、日本でも反原発の機運が高まり、同時にチェルノブリの放射能で被曝した子どもたちを一定期間、日本に避難させる「保養ステイ活動」が盛んに行われた。
 
私は、1991年に「チェルノブイリの子どもたちに千葉の会」の発起人となって、その後の約10年間、事務局運営のボランティアをしてきた。その間にベラルーシ共和国を3回訪れて、小児がん病院訪問や高濃度汚染地の放射能測定などをしてきた。
 
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あれから20年が経ち、対岸の火事ではないと言ってきたことが現実になってしまった。上の写真↑にあるようなベラルーシの寒村を訪れている私が、向こう(ベラルーシ・チェルノブイリ)にいるのか、こちら(日本・フクシマ)にいるのか、ちょっとした乖離状態?フラッシュバック?に襲われた。
 
萩尾望都のマンガ「なのはな」に描かれているように、あれは向こうの話だと思っていたら、いつの間にか、こちらの話になっていた。それはSFでもファンタジーでもなく、現実の話だ。

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羊毛フェルトドール教室

 
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東北支援活動のために、お休みをいただいていた『羊毛フェルト教室』を再開しました。
今日は初日で、昨年制作途中だった青い鳥の続きを作りました。
 
← 初心者の方には、左の写真にあるような丸いものから順番に教えながら進めていきます。
材料のフェルトニードルと羊毛はこちらで用意します。
 
中級になると下の写真にあるようなリスなどに挑戦していきます。↓
 
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次回は、5月15日(火)12時半から3時半まで。
場所は、アトリエ5というカフェ(千葉市中央区汐見丘町15-9)
JR西千葉駅9分、京成西登戸駅5分にある古民家風の平屋です。
 
受講料は、ワンドリンクと材料費込みで2000円。
詳しくは、沢月までご連絡ください。
携帯電話 080−3124−5502

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