皆様、どうも、こんにちは!本日もいかがお過ごしでしょうか・・・・?このブログの管理人をしつつ、いつも記事の更新をしております、杉山健彦というものです(*^_^*)
僕は以前から「ヒロイズム」という概念について個人的にとても興味がありまして、プライベートでもコツコツと関連している事柄などをリサーチするよういつも心がけております。杉山健彦にとってヒロイズムは様々な要素が多方面から折り重なった魅力あふれる存在であるため、ここに着手する度にあらたな発見を確認できて、いつもとても充実した気分にさせて頂いているのです―――・・・・。

さてさて、ここ最近は個人的に周囲の人間を観察しつつ「”ヒーローっぽい人”っていないかなぁ」と考えているのですが(^^)たとえば、現実世界においては、頼り甲斐のある人、何でもできる人、頭のいい人・・・・などの特徴を持った方々がいわゆる「ヒーローっぽい人」に当てはまるものなのかなと推測します。特に「頼り甲斐のある人」はヒーローのイメージにピッタリと当てはまりますよね?
ここでふと疑問に思うのが、何をもってして「頼り甲斐のある人」となるのでしょうか・・・・?
相手を「この人頼れるなぁ」と評価する場合、そこにはまず何かに対して「助けてもらった、手伝ってもらった」という条件が必要です。しかし、そこで必ずしも相手の行為がスムーズに高評価へと繋がるわけでもなく、むしろ下げてしまう場合だってあり得ます。まぁ、このあたりに関しては、人間関係でも非常に難しいところですがねぇ・・・・(-_-;)

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皆さん、どうも、こんにちは!今日もいかがお過ごしでいらっしゃいますか・・・・?このブログの管理人をしつつ、いつも記事の更新をしている杉山健彦というものです(*^_^*)はじめましての方は、どうもはじめまして!さてさて・・・・自分は現在「ヒロイズム」という定義について非常に興味がありまして、個人的にリサーチをした事柄に客観的な視点をくわえ、それらをコツコツとこのブログに記録していっているのですが、本日も最後まで読んでいただけたなら、コチラとしてはとても嬉しいですし、毎日のはげみにもなりますね!そんなかんじで、今回もどうぞよろしくお願いいたします・・・・(^^)そういえば、このブログでは、現在まで様々な方向性からヒロイズムと向きあってきたように今更ながら思います・・・・。それは歌詞であったり、作詞家であったり、杉山健彦なりのヒロイズムへのかんがえ方であったり・・・・。以前このブログで「現代のヒーロー像」について調べた際にあらためて感じたのですが、この世界には様々な英雄が存在しますよね。そのときはドラマやアニメに関連したキャラクターらを中心に記事をかいていったのですが、それ以外にも英雄らは古代の著名な神話や戯曲にもたびたび登場していますし、また、彼らは人々を助け導くために存在しているわけではなく、数々の顔をもち、悩み苦しみ、悲劇的な最後を迎えることもあるのです・・・・。そんな古代の英雄が現代でも一部では神格化されている、その現状にも個人的にはとても興味があったりします(^^)

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皆さん、どうも、こんにちは!杉山健彦です。僕は現在「ヒロイズム」という定義について非常に関心があり、自分なりに日々コツコツと考察した事柄を記事にしています。本日も杉山健彦なりにヒロイズムと向きあっていくつもりでおりますので、最後までお付きあいいただけたならとても嬉しいですね・・・・。

さて、ここ数回にわたりこのブログでは「現実と理想の”ヒーロー像”」をメインテーマにしてきましたが、前回の最後では「”理想のヒーロー”はまず現実には存在しないはずなのに、それを求めてしまう人間の心理はどのように働いているのか?」との疑問をひとつあげたところで終了したので、今回はこれについてかんがえていきたいと思います。
まず、研究者のなかでは「社会情勢や国家のいくさきに不安が生じると模範的人物としてヒーローの存在を求める傾向にある」とのべられております。
ここでの「模範的」とはつまり「人々に”賞賛に値する行為”だとみとめられる行ないをする」人物のことで、彼らはときに怪物などの「悪」とたたかったりこれらを倒したりもするのです。
つまり、ヒーローは絶対的な「正義」を象徴する人物像でないとつとまらず、彼らの役目は「悪」(現実でいうと不安定な社会情勢)を倒し、みごと「いっけん落着」させてくれることにあるのではとかんがえます。
(”正義”についても機会があれば考察してみたいですね!)

これらは「集合的無意識=人類に普遍的に存在する無意識のイメージ」であり、もしかすると、人間は困難におそわれると「奇跡が解決してくれるかも」と心のどこかで期待してしまう生きものなのかもしれませんね・・・・。

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皆さん、こんにちは!今日もいかがお過ごしでしょうか・・・・?杉山健彦です(^^)
僕、杉山健彦は「ヒロイズム」という定義に現在すごく興味があり、積極的にコツコツとリサーチした様子をこのブログに記録していっています!
さて、前回よりヒロイズムと「理想と現実のヒーロー像」についてかんがえていきました。先日例にあげたような「自分ひとりではどうしようもできない」という状況に陥った際、現実的にかんがえればまず必要となるのは専門家の力ではないでしょうか・・・・?
そしてよくよく思い返してみれば、なにかしら手助けが必要なタイミングではそのほとんどが専門家のちからによって解決してもらえるものばかりです。(まぁ、多少お金はかかりますが・・・・。)それでも不思議なのが「理想のヒーロー」の存在です。
「理想のヒーロー」はたとえばアンパンマンやドラえもんや仮面ライダーのように、圧倒的なパワーでミラクルをおこし、目のまえの困った状況に迅速な変化をもたらしてくれます。すなわち「一件落着」です。
しかし現代には以上のようなヒーローはもちろん存在しませんし、ましてや「一件落着」なんて絶対にありえません。それでも「理想のヒーロー」を追いもとめる人間の心理状況はいったいどのように働いているのでしょうか・・・・?
この疑問についてはまたあらためて、ヒロイズムについてとともに次回かんがえていきたいと思います。それでは、本日はこれにて失礼いたします。

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皆さん、こんにちは!今日もいかがお過ごしでしょうか?杉山健彦です(^^)
僕、杉山健彦は現在、「ヒロイズム」という定義に関してとても興味があり、このブログのなかでも個人的な考察をコツコツと展開しているのですが、今回も引き続き記事を作成していこうと思っているので、どうぞよろしくお願い致します・・・・。

さてさて、ヒロイズムについてですが・・・・皆さんは、どんな場面で「ヒーロー」を呼びたくなりますか?普通に考えると「困ったとき」「ピンチのとき」という答えが数多く返ってきそうですが、それでも、「困ったとき」にも様々な種類(?)・・・・例えば、「なんとか自分ひとりで解決出来そうなこと」と「どう考えてもひとりじゃ太刀打ち出来そうもないこと」と、とりあえずふたつに分類することは可能であると思います。
通常は「ひとりじゃ太刀打ち出来ない」際に人はヒーローを呼びたくなるものと考えると、しかしそれでも、そんな場面をもう少し細分化するとしてみましょう・・・・。そうすると、「借金」や「金銭トラブル」、「恋愛」などの「人間関係」や、個人の知識では対応不可能な「課題」、「トラブル」などなど・・・・一見すると非現実的で、ニュースの中だけの出来事のように感じてしまいますが、意外に身近でいつも引き起こっているこれらの展開に、さて、皆さんはどんなヒーローを求め、どのように助けてもらいたいでしょうか?

次回はヒロイズムと、「現実と理想の”ヒーロー像”」について、考えていきたいと思います。

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