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【幕末から学ぶ現在(いま)】(150)蜂須賀斉裕・・・東大教授・山内昌之
幕府最初の防衛大臣
野田首相はどうして、こうも能力の低い防衛大臣を立て続けに任命したのであろうか。
民主党幹事長の属する参議院対策などの党内事情もあるのだろうが、防衛大臣はどの国においても外務大臣とコンビで同盟国や関係各国と交渉することも多い“国の顔”である。この人事だけはいただけない。
一川保夫前大臣も田中直紀現大臣も、陳情受け付けなどでは、たぶん人情味あふれる地方政治家の一面をもつのであろう。しかし、安全保障環境が激変している北東アジアの危機対応や、アメリカの新防衛戦略への弾力的対応をこなせる国際通の人材とは到底思えない。
毛並みのよい人材
外交安全保障と防衛力の基盤整備はいつの時代も国の命運を左右する領域である。幕末でも改革は、防衛力の整備強化から始まった。
徳川幕府は、文久の改革によって西洋式兵制(歩兵・騎兵・砲兵の三兵制度)の導入や、兵賦令(旗本から石高に応じた農兵の供出や金の徴収)を発した。注目すべきは、文久2年12月(1863年2月)に、阿波藩主蜂須賀斉裕を陸軍総裁に任命したことである。斉裕は海軍総裁も兼任した。いわば幕府初の防衛大臣に就任したのである。
この人事は多くの点で異例ずくめであった。第一に、蜂須賀家は禄高こそ25万7千石の国主であったが、幕政に関与しなかった外様大名だったことである。第二に、幕府が満足な陸海軍予算を計上できないのに、果たして斉裕に陸海軍総裁を務める力があったのかという疑問である。
蜂須賀斉裕に白羽の矢がたったのは、家柄よりも血筋からである。彼は11代将軍家斉(いえなり)の二十二男であり、幕末動乱期の13代将軍家定の叔父にあたる。徳川幕府危急のときに軍制改革を託するに足る毛並みのよい人材であり、徳川宗家への忠誠心も抜群だったからであろう。
蜂須賀家は歴代従四位上侍従を極官としたが、斉裕は正四位上参議に上り中将を兼ねている。外様大名で代々参議と中将とを兼帯し「宰相中将」と称せられたのは、加賀藩前田家だけであったから、阿波藩の家格は一挙に跳ね上がったことになる。
しかし幕府の真意はどこにあったのだろうか。赤字財政に苦しむ一方の幕府もしたたかなのだ。阿波と淡路の2国を領し実高が40万石以上といわれ、藍や染料などの物産交易でも潤っていたのが、裕福さでは外様大名屈指の阿波藩であった。蜂須賀家の財力をあてこんだのかもしれない。とはいえ、斉裕はいくばくもなく総裁職を辞任した。あまりにかさんだ財政出費に藩が音をあげたという説も無視できない。
藩の軍制をイギリス式に改めるなど開明的な君主だった斉裕ほどの人物である。淡路島の岩屋や由良の砲台新設など海防においても成果を挙げていた。斉裕が陸軍総裁を辞したのは、公武合体論者として幕政への独自の抱負ももっていたのに、伝統的な老中合議体制のもとで自らの意見がほとんど顧みられないのに嫌気がさしたこともあるのだろう。
独自の意見と信念
彼には譜代大名や旗本官僚とは違う生まれへの矜持(きょうじ)も大きかったことはいうまでもない。その構想力や実行力も平凡でなく、家斉の子としては出色の部類だったのである。
その子もオックスフォード大学で学び、駐仏大使から貴族院議長になったり、ひ孫は世界的な鳥類学者にもなっている。斉裕の血に流れていた政治家としてのセンスや知的な聡明(そうめい)さを受け継いでいたのだろう。
その斉裕にしても、淡路洲本城代の家老稲田氏など家臣内部の尊皇攘夷(じょうい)派を無視できず、藩論を統一できぬままに慶応4(1868)年1月に死去したのである。斉裕のいない阿波藩が明治維新の激流を乗り切るのはむずかしく、積極的に新政府に関わることはできなかった。それでも蜂須賀家が前田家と同じく侯爵になったのは、斉裕の余薫(よくん)ともいうべきだろうか。
彼は、育ちの良さにもかかわらず、大名としては海防や兵制改革に独自の意見をもち、公武合体論ながら内外の危急に対処する信念をもっていたからだ。斉裕なら、優秀な防衛官僚やブレーンに補佐されると、現代日本の安保政策でも失言を犯さずに対処できたであろう。
しかし、ここ2代の防衛大臣が幕末にタイムスリップしても、斉裕ほどの安定感をもち実績を挙げられるとはかぎらないあたりが平成の日本人にはつらいところだ。(やまうち まさゆき)
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【プロフィル】蜂須賀斉裕
はちすか・なりひろ 文政4(1821)年、第11代将軍徳川家斉の二十二男として生まれる。同10年、阿波(徳島県)藩主の蜂須賀家の養子となり、天保14(1843)年家督を継ぐ。藩主として軍制改革に注力。文久2年12月(1863年2月)に幕府の陸軍総裁。海軍総裁も兼ねたが、3年辞任。慶応4(1868)年、死去。
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