全体表示

[ リスト ]

頼朝と八重姫

イメージ 1

イメージ 2

グランドホテル横の橋を渡って
右に少し行くと
「音無神社」があります。(左に行くと海10分位)
頼親と八重姫が逢っていた所と伝えられています。
左写真は音無し神社から松川正面白い建物がグランドホテル


源頼朝が14歳の時に平清盛の継母の池禅尼の嘆願で一命を救われ
伊豆に配流されました。

そのときの伊東の領主「伊東祐親」(祖先は藤原鎌足)
の3の姫「八重姫」と恋におちました。

松川の反対側に日暮しの森に「日暮神社」があって
そこで頼朝は八重姫に逢うために日暮しまっていたんだそうです。

音無神社の由来は・・・頼朝がうるさい瀬音をおこったところやんだので
ならずの瀬、音無しの森と呼ばれるようになったとのお話です。

境内には大きな2本の木が抱き合うように寄り添っています。
(写真柱後)
なんとなく行く度に触ってます。

おみくじが100円であります。
小さな7福人のお守りがついてます。
今回は福禄寿。
願い事が叶うそうなんです。

その後2人の間には「千鶴丸」と言う男の子が生まれますが、
平家の世、2歳の千鶴丸は松川の奥の淵に沈めるように命令がでます。
松川の奥に「稚児が淵」という碑がありました。
富戸には遺体が漂着したと言う伝えがある
千鶴丸を若宮として祀る富戸三島神社があります。

音無神社の横の最誓寺は千鶴丸を弔うために建てられたそうです。

八重姫は頼朝との仲を引き裂かれてて
中伊豆の真珠ヶ淵に投じられたとも伝えられています(後妻に入ったとも・・)
韮山の真珠院には「八重姫主従七人碑」が、
大仁の田中山、女塚には5人の侍女と自殺したのを祀った塚もあるそうです。

頼朝はその後、伊豆の中央の頭首であった北条時政の監視下に入り
北条政子と出会い旗揚げすることになります。


余談1
仇打ちで有名な「曽我物語」の曽我兄弟の父は河津三郎(伊東祐親の息子)
つまり、孫になります。その一件を自ら調べあげた頼朝は彼ら祀って、
箱根に神社があります。
伊東の東林寺には兄弟の首塚があります。
(母方のお墓がある所)
余談2
その後、頼朝と共に北条氏は鎌倉に上がって権力を得ます。
その北条氏の怒りに触れ、日蓮上人が流されて川奈に流れついています。
連慶寺(母が選んでお葬式した所)海に日蓮さんの像がある(潮吹き側)

伊東祐親祭りが5月終わりにあって
松川に仮説水上薪能がおこなわれます。
去年見にいきました。川の上で寒かった・・・。

余談3北条政子は山木氏との祝言(結婚式)の途中、抜け出して頼朝の所に逃げてくる。
1177年。いいくに作ろうの1192年より15年前・・・

閉じる コメント(2)

顔アイコン

かなさん、伊東に詳しいですね、伊東に住んで伊東を発信していますよ、お話凄いですね、勉強になりましたよ、今後も宜しくね。

2006/6/3(土) 午後 6:37 伊豆けん

顔アイコン

ありがとうございます。。 伊豆の国市の事も色々教えてくださいね^^

2006/6/3(土) 午後 11:47 [ mal*i*e1*4 ]

コメント投稿
名前パスワードブログ
投稿

閉じる トラックバック(0)

トラックバックされた記事

トラックバックされている記事がありません。

トラックバック先の記事

  • トラックバック先の記事がありません。


.

mal*i*e1*4
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

  今日 全体
訪問者 1 16552
ブログリンク 0 9
コメント 0 108
トラックバック 0 6
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

開設日: 2005/8/5(金)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.