楯の城(訪城日2006年10月9日)東京都青梅市日向和田
永山尾根の斜面に位置し、東を楯ノ沢、西を西ノ沢で区切られた天然の要害地。 創築者、年代は不明だが、戦国時代に三田氏の城であった。 永禄6年(1563)辛垣城で三田氏が滅ぶと後北条氏によって改修され三田旧臣で北条氏照の家臣 田辺清右衛門、その子平四郎が居城としていた記録が残る。 ↓青梅線宮の平駅から東に一つ目の踏み切りを渡ると入り口があります。(左の階段を登る) ↓登山道を登るとすぐに錆びた看板が立っていてここを右折。と、言っても右側は凄いヤブで道などは 有りません。もしものために携帯の電波届くか確認していざ「突入!」。 ↓ヤブをかき分けながら進むと、土塁と空堀発見! ↓見事な遺構です。 ↓郭内。まさにジャングルの中状態。何が何だか分かりません…。 半泣きしながらジャングルを脱出!次の目的地はこの楯の城の城門が残る明白院です。 青梅街道を奥多摩方面に行くとすぐに明白院がありました。 ↓これが楯の沢移築城門です。 ↓裏からもパチリ。癒し系の萱葺き門ですね。 よくこの前の道通っていたのに存在すら気づかなかったなぁ。 明白院は日向山を号し本尊は勝軍地蔵である。天正年間(1573〜1592)天江東岳を開山として、 勝沼城主三田氏の遺臣野口形部丞秀房を開基として創立された。 この山門は日向和田の楯の城にあったものを明白院建立の際にここに移したと伝えられ木造萱葺一間一戸の四脚門として市内に現存する山門の中で最も古構を遺す例として貴重である。 市有形文化財 楯の城は『ジャングルの中で遺跡を発見!』まさにこれです。 遺構は土橋によって2つに分かれた土塁と空堀だけですが、折をつけた空堀と3mはある土塁は 一見の価値はあります。もちろんジャングルに突入する勇気のある人のみが見れる夢の遺構ですが(笑) 移築城門がある明白院は楯の城から近いのでセット見学がオススメ。
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おじゃまします。お城も今はジャングルの中ですかー^^ 画像を見るとすごいですね。三田氏も全く知りませんでした…orz
2006/10/21(土) 午後 7:19 [ いっしー ]
いっしーさん>楯の城は本当に埋もれた古城なんです。なのでジャングルの中に遺構を見つけた時は喜び倍増でしたよ☆
2006/10/21(土) 午後 10:51
るなさん、楯の城の跡はビックリするほどの茂みになっているんですね。草の実とか付きそうで大変ですね(^^ゞ 移設された城門の端正な様子と対照的ですね^^
2006/10/22(日) 午後 3:18
shaneさん>楯の城はこの移築城門を紹介したいがために行ったのですが、ジャングル(笑)の中に遺構を見つけた時は正直感動しました。
2006/11/12(日) 午後 10:46