シェルティ ー JJ 日記

暖かくなりましたね〜。福井も20度ぐらいありますよ〜

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徐々に

入院してからずーっと飲んでいた抗生剤が今月いっぱいで終わることになりました。
大量のお薬から解放されます。
まだ飲まないといけないのは心臓の薬だけになりました。

指と肩のリハビリには毎日通っていますが、4月からは週3回に減ります。
心臓と整形外科の外来はまだ1か月に一回通わなければなりませんが
脳外科と眼科は3か月おきになりました。
少しづつ病院からも解放されてきました。
早く元気になって出張にばんばん出て出張費稼ぎたいところです。
あと半年もすれば大分回復してるかな〜。




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ワイヤー除去手術

心臓手術の時アバラ骨を電気のこぎりで切断して心臓を取り出すそうなのですが、
切ったあばら骨を閉じるときにワイヤーでくくりつけて留めるそうな。
そのワイヤーの一本 (一番上のワイヤー)がポコッと盛り上がっていて、
それが日に日に皮膚にひっかかって痛くなってきたため、
この1本だけを取り除く手術を2月19日に受けてきました。

どんな風に痛いのかというと、ハンガーの先っちょで皮膚をガリガリと削っているのを想像してください・・

夜寝るときも痛かったので 除去してから痛みから解放されて楽になりました。
このワイヤー ふつうは取り除かず心臓の手術受けられた方は死ぬまでつけっぱなしだそうです。
あんまり痛いという人もいないんだそうな。

もう少しお肉がついてたら ワイヤーと皮膚の間の脂肪がクッションになって 痛みを感じなかったかも
と病院の先生はおっしゃられておりました。
傷は1か所だけ 横に2センチ切っただけで 3か月もすればわからなくなりそうです。



イメージ 1

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近況

いろんなこと満載の暗い2015年下半期でしたが
なんとかかんとか2月から仕事復帰するまで回復しました。
入院してから約半年です。
いきなりフルタイムは辛いでしょう と会社が心配してくれて 2月いっぱいは10:00〜15:00 までのフレックスタイムでスタートしました。
車の運転するのに目が心配でしたが、あまり支障ありませんでした。
ただ、パソコンはすっごく見辛いです。。。一番フォーカスして見たい部分が ぼやける、 いや違う、
これなんだろな、 乱視とも違うしな、グニャグニャしてるっていうかチカチカするっていうか、、、
とにかく一番見たいところがうまく見えないんですわ。
眼科の先生に聞いたところ これはフィルムの問題であり レンズが悪いわけではないのでメガネをかけても見えやすくはならないんだそうな。 
メガネ屋で働いているのでどんなメガネでも作れるんだけど 残念です・・・。
お仕事始めた頃は 一日中座ってられるのかな、と心配しましたが段々慣れてくるもんですね。
今月から 10:00〜17:30 で出社していますが なんとかやってます。
まだ以前のように仕事バリバリというわけにはいきませんが ボチボチ自分のペースでできることからやっていきます。
あと、脳梗塞の後遺症なのかな。。。
頭の中に一枚カーテンがかかってるような感じがずーっと取れないのね。
これもそのうちなくなるのかな・・・
あとは 食欲 とか 物欲とか 旅行に行きたい とか そういう欲求が全然湧かなくて
毎日がつまらないです。 
かといって寝ていたいかというとそうでもなくてね・・
仕事も前のようなやりがいとか達成感とか 一切なくなってしまって、
治るのかなぁ、どれぐらい時間がかかるのかなぁ・・・

早く元通りにならないかな〜と毎日過ごしています。

とりあえず 元気に過ごしています。
じぇじぇさんも そろそろ迎えにいかないとな。





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胆石その後 ミラクル

12/29 内視鏡手術の翌日 お昼から5分粥が出た。
入院経験のある方ならおわかりだろうが 病院の5分粥ってとてもじゃないけど食べれたものじゃない。。ただの白っぽいお白湯である・・・
付け合せにはオレンジ色のペースト。 味見してみると人参だった。
味もくそもないので 少しだけ口にしてほとんど食べなかった。

夜も5分粥が出てきた。

12/30 やっと3分粥 少しお米の粒がわかる程度。昼も3分粥で 夜はゆる〜いお粥。

両親は12/31から年末年始を温泉で過ごそうと予約してあったのだが
一人キャンセル(私)だな と病室で話をしていた。
点滴をあと1本入れないといけなかったのだけど 前回の入院の時にほとんどの血管がダメになってしまっておりどこに刺しても漏れてきてしまい看護師さんがドクターに点滴を絶対に入れないとダメかどうか聞いてくれた。
丁度先生が回診に来てくれ、点滴はもういいよ と言われた。
すかさず両親が 退院はいつできるのか尋ねたところ 明日(12/31)の朝以降ならいつでもいいですよ と言われたので 退院後温泉旅行が強行されることとなった・・・

12/31 午前11時 大量の飲み薬とともに退院。そのまま車で祖母をピックアップし 温泉旅館へ向かった。
温泉に着いたら即ベッドで横になった。
油っこいもの、味の濃いもの、お酒は胆嚢とるまでダメと言われていたので
なんとも質素な年越しごはんを食べた。 こんな食事が続くのか、、はよ胆嚢とりたいわ・・
ごはんのあとお風呂へ行った。指はまだ濡らしてはいけなかったのでビニール袋を右手に被せ右手を上げたまま入浴。
せっかくの温泉なのに ほんとつまらなかったです。
お風呂のあともすぐにお部屋へ戻り 祖母は紅白で小林幸子・・・・幸子 と言いながら8時には就寝してしまい
私もダウンタウン観ながら10時には寝てしまいました。

とりあえず病院で年越ししなくても良かったのでラッキーでした。

そして 1/4 沖縄へ行ってきました。
2時間半のフライトはこれまた辛かった・・・。 空港からレンタカーでホテルまで父が運転してくれましたが座ってるのがこんなに辛いと思いませんでした・・
こんなのでほんとに来月(2月)から仕事復帰できるんかな。。。
ホテルに着いてからもベッドで横になり、ホテルで夕飯を食べた後もまた横になり・・・
何しに沖縄へ来たんだろうか

翌日からも午前中だけ観光しにいって 午後からはほとんどホテルで寝てました。
両親に 私にかまわず行きたいところ行っておいで 言ったのですが 
何かあったら怖いから・・ と両親もほとんどホテルから出ず 悪かったな と思いました。

1/8 福井へ戻り
1/9 エコー検査。
さて 胆石どうなってるかね

先生びっくり。
胆嚢にいっぱい詰まってた石がきれいさっぱりなくなってる!!
胆管に開けた穴からうまいこと流れ出たようで 先生何度も何度も前回と今回のエコーの結果を見比べるんだけど石が一つもありませんでした。
何かのまちがい?? 念のため来週もういっかいエコーさせて・・ と言われて翌週もう一度エコー受けましたがやっぱり石がない!!
やった〜〜
ラッキ〜〜〜

先生が 「死の淵からよみがえった人はミラクルを起すね・・・」と言いました。
「1個でも石があれば胆嚢の手術できるんだけど、一個もないから手術できないね、
でも体質的に石が溜まりやすいのであればまた同じプロセスでお腹が痛くなる可能性が今後出てくるので
定期的にエコー検査入れておこうね」 ということで 次回は春に検査する予定です。





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退院後


指の術後も良好だったため12/11に退院することとなった。
ところが 前の週に一時帰宅した時結構つらかったので退院するのが不安だし、でも病院でずっと寝てるのも嫌だし 、退院だからといって両手で万歳という気分ではなかった・・
なんだろな この気持ち。
実家に帰ってしばらく居候させてもらうことにしたが とにかくソファでずっとゴロンとしていた。
右手はしばらく濡らしてはいけない ということで母に毎晩お風呂に入れてもらった。
母には悪いし、かといって自分で何もできないし 、毎日リハビリのために通院しないといけないのだけれど 母は車の運転ができないので毎朝バスで一緒に病院まで出かけた。
長い入院生活と右手薬指を全然動かせなかったおかげで右腕がまったく上がらなくなってしまい
洋服の脱ぎ着もままらならない状況だった。
退院して1週間後 父の車で大阪へ行った。
2時間半車に座ってるのが本当に苦痛だった。
快気祝いを買いに阪急百貨店へ行ったのだが 目があまり見えなくなってるし クリスマスシーズンだったので人でごったがえしていたデパートを歩くのはとても疲れたし大変だった。
今は世の中のお年寄りや体の不自由な方の気持ちがよくわかります。 早く歩こうにも体がついていかないんだよね。。後ろから人が来てると気持ちも焦るしね、、今はどうぞごゆっくり〜という気持ちで待ってます。
夜はホテルの中でお食事を食べました。
両親が快気祝いということで天ぷらをごちそうしてくれました。
ビールも久しぶりに1杯飲んでほろ酔い気分〜(だってドクターがお酒飲んでもいいって言ってくれたんだもん!)

その夜・・・・ 非常にお腹が痛くなり ホテルのベットで悶絶。。。
父は 調子に乗って酒なんか飲むからじゃ〜〜!と発狂
そんなこっちゃ知らん、とにかくお腹が痛い そしてひどい吐き気・・・
洗面所でオエオエと嘔吐したあとスッキリして翌日はふつうに朝ごはんをたべ。。。

なんだったんだろう? あの腹痛は??

というくらいお腹の痛みはまったくなくなり一安心していました。

福井へ帰りまた何日かしたら 今度は朝お薬を飲んだあとに腹痛。。。
1時間ほど横になってたらこれまた痛いのがどっかへ行き。。。

そして年末の12/27(日)の夜 お鍋を食べ終わったあとですよ。。(お酒は飲んどらんよ)
またまたお腹が痛くなってきて早めにベッドへ入ったのですが右向いても左向いても仰向けになっておさまらず、1時間我慢しても2時間我慢しても痛みが取れる気配がなかったのでたまらず父に病院へ連れて行ってくれと頼みました。 父は明日じゃあかんのか。。。と言いながら起きて車で救急外来へ連れて行ってくれました。
診察に呼ばれるまで痛くてたまらなかったのに 診察室へ呼ばれた瞬間痛みがなくなり・・

もう全然痛くない〜〜 なんなら踊れる〜

父はかなりムッとしてました。。 先生が夜中にも関わらずエコー検査と血液検査の手配をしてくれていましたが
明日の朝また外来へ来ます〜〜 と言って病院を出ましたが父は一言もしゃべってくれず。。。

翌朝、引き続き機嫌が悪かった父が私をまた病院に送るついでに一言・・

「人騒がせな! もう一回入院してこいや」

と言い放ちました。


そんなこと言ったってほんとにお腹痛かったんだから、、、 シクシク


小さな心を痛めながら消化器科を受診したところ 血液検査とエコー検査と、大嫌いな胃カメラを飲むはめになり・・・

実はエコー検査したとき既に病気は決定していたので胃カメラ飲まなくてもよかったのに
場所を特定するのに飲んだほうがいいから と言われ泣く泣くオエオエ言いながら飲みました。。
病気は胆石でした。。。
お薬いっぱい飲んでたのでそのせいで石がたまったんだろう・・と・・
結局そのまま入院させられてその日の夕方に胃カメラのんで内視鏡で手術をすることになりました。 父は本当に再入院したので豆鉄砲くらったような目をしてびっくりしてたそうな。
そうよ。あまり変なこと言わないほうがいいわよ。

朝から絶食したまま夕方内視鏡の手術になりました。
今度は寝かせてくれるそうな。よかった。
手術室ではなく暗い胃カメラ室のようなところまで歩いていき、横になると眠る点滴を投与されました。

んでしばらくすると目が覚めてしまった。 でも終わりかけだったのでそこから5分ほどで終了しました。
帰りはベッドで寝ながら病室へ。

先生の説明によると 胆嚢の中に小さな砂みたいな石がいっぱい溜まっており
そのうちの一つが胆管に引っかかって腹痛をおこしていたため 石を取り除こうと頑張ったのだが
あまりに小さくて内視鏡で取りにくかったため胆管の先に小さな穴をあけて応急処置したそうな。
この穴からうまいこと石が落ちてくれたらいいんだけどね・・ でも胆嚢にいっぱい石がたまってるので胆嚢摘出手術は受けないとだめですよ

ということでした。

あーあ、また手術しないとだめなんだ、やーだな。

年明けにもう一回エコー検査して手術の日取り決めましょうね ということになりました。







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