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次に訪れたのが埋木舎。
井伊直弼が17歳から32歳までをすごしたという屋敷。彦根藩代11代藩主50歳の時に14男として生まれた彼はわずか300俵の捨扶持で部屋住の一生を送る身であった。
このような部屋住の人はどこかの藩の養子に行くことも生きる道の一つであったようで、直弼は弟と養子の口を探しに江戸に出たが、弟のみに養子の口が見つかり彼はこの屋敷にまた戻ったという。
人間どこで運命が変わるか判らないもので、どう間違っても藩主にはなれないと思われていた彼が彦根一番の藩主といわれるようになったのである。
彼が藩主になったのも劇的なことのように思われるが,最後もいわゆる「桜田門外の変」にて暗殺されるという劇的なものであった。
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