マコの日記(2012年)

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びっくり こんな名前のラーメンが!!!!

北海道のお土産にラーメン2種娘からもらいました。
一つのラーメンは「子供がまだ食ってる途中でしょうがラーメン」という名前でした。
これがなかなか美味しいのでした。麺もスープも最近味わったことのないようなおいしさでした。もちろん麺のゆで方には細心の注意を払い、我が家の好み(固め)に湯でましたよ。
もう一つは「えびそば」味噌味と塩味を1箱づつ(中には2食分入っていましたが)買ってきてひと箱に両方の味を味わえるようにとスープを2種類入れて持ってきました。
お互いにどちらも食べたいし、それほどたくさんあってもということで一石二鳥でした。
これはスープをお湯に溶かすだけでなく、お鍋でひと煮立ちさせるというもので、こちらも珍しくおいしくいただきました。

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森鴎外生誕150年に訪れた生誕の地津和野

4月に津和野を訪れた時に森鴎外の生家を訪ねました。
実は旅に出るときにはこの生誕150年と知っていたわけではありませんでした。
津和野は訪れてもさして印象に残ったところではなく、森鴎外と、前にご紹介した畳の敷いてある教会と鯉が頭に残っていますが、私にはなんとなく不満が残るところでした。
ただ森鴎外はやはり幼いときから相当の切れ者であったようです。
鴎外と両親
家の中の様子
「1873年(明治6年)11月、入校試問を受け、第一大学区医学校(現・東京大学医学部)予科に実年齢より2歳多く偽り、12歳で入学(新入生71名。)のちに首席で卒業する。」といった経歴の持ち主。
才能と華々しい経歴をもちながらも左遷にもあい、又嫁姑の関係にも悩まされたありふれた人でもあったようです。
1922年(大正11年)7月9日午前7時すぎ、親族と親友の賀古鶴所らが付きそう中、腎萎縮、肺結核のために死去。満60歳没。とあり今なら実に短命な人生だったような気がします。
正岡子規とも交流があったようですが、彼も結核で亡くなっていますので、この時代の結核は実に多くの人の命を奪っていたのだなと思います。もっとも正岡子規はもっと短命で34歳で亡くなっています。
私事ですが、今一つびっくりしたのは鴎外の弟の名前が森潤三郎(鴎外の実名は森林太郎)といい、私の伯父の名前と同じだったということです。

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知恩院 山門 特別公開

5月19日
知恩院には年に何度も行っていますが、秋の時には近くまで行ったのに特別公開だと知らずに帰ってきてインターネットで知りました。
 
ところが今回はなんと丁度特別公開の看板を見たのでこれはラッキーと登ってみました。
 
HPで見てみますとまず目に入ってきたのが下の文字です。
三門 (国宝、内部非公開)
その後の説明です。
上層部(楼上)内部は、仏堂となっており、中央に宝冠釈迦牟尼仏像、脇壇には十六羅漢像(いずれも重要文化財)が安置されているほか、天井や柱、壁などには迦陵頻伽や天女、飛龍が極彩色で描かれていて、荘厳な雰囲気を備えています。

また、七不思議の一つである白木の棺があり、三門を建立した棟梁、五味金右衛門(ごみきんえもん)夫妻の木像が安置されています。

楼上内部は通常は非公開ですが、特別公開の期間中には七不思議のひとつ白木の棺や、天井から柱まで全体に施された華麗な極彩色の荘厳を目にしていただくことができます
 
とにかく国宝とあって非常に厳しい制約があり、写真撮影は中はもちろんのこと外の京都の景色も撮ることは禁止です。せめて登った記念に三門の上からの京都の街を撮りたかったのですが。
 
又係りの人が大勢で見張っていて(?)建物(柱など)に触れただけで即「触らないでください。」の言葉がとんできます。
 
上層部(楼上)の中も入ることができましたが、窓はしめたままで内部の明かりはかなり絞られていて明るいところから入った時には何も見えない状態でしたが、目がこの明るさに慣れてくると周りのいろいろな物が見えてきました。
 
(この下の写真はHPに載っている写真をお借りしました。)
 
中では係りの人が一通りのことを説明してくれました。
 
南禅寺の三門もそうですが、ここの階段は大変蹴上げが高くて登るのが大変でした。初め手に日傘を持っていたのですが、「手は空けて登ってください。」と言われ日傘は肩掛けのバッグにしまって、階段の所につけられている太い綱につかまりながら上り下りしました。
 
でも懸案の一つの知恩院の三門に登ることが出来満足でした。足の老化が登ることを妨げることのない時にその機会を得ることができてよかったです。
 
下から登っている人を撮ったものと、三門全体の写真です。
 

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うまく取れたイルカのショーをどうぞ

水族館を見てから時間的にちょうど良いイルカのショーが見られるというので行ってみました。
 
こういう動く被写体を撮るのは非常に難しく、また被写体が遠いこともあって、半分あきらめていたのですがでも試みてみようと撮ってみました。
 
結構取れるものですね。(少なくとも花火よりはずっと物になったのではと思っています。)
上下の2枚ともタイミングを撮るのが難しかったです。
ボールをうまく飛ばすシーンを撮るのに苦労しました。何度もやってくれたのでこれが撮れました。
 
 
 
エサをもらっても数が少ないと吐き出してしまうのです。何度も何度もやっていました。
イルカは利口な動物を言いますが本当ですね。実に利口でびっくりしました。このようなショーは何年ぶりでしたでしょうか。
 
でもとても楽しかったです。たまにはこういうのもいいですね〜。

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絶対おすすめ美ら海水族館!!!!!!

沖縄本島では絶対見逃してはいけないところは「美ら海水族館」とは聞いて行ったのですが、本当に素晴らしいい体験をして来ました。
水の中の生物を採る写真はなかなかきれいに撮れないのですが、それなりに採れました。
ウツボです
ウミヘビです。蛇はやはりいつみても気持ちが良いものではないですね。。
圧巻は「黒潮の海」大水槽でした。しかしここはやはり中の魚達をその色のままとることはできませんでしたが、大きなジンベイザメなどが目の前を通っていったのには感動でした。
ウィキペデイアのHPでも似たような写真でしたのでこれが精一杯なのでしょうね。
マンタも悠々と泳いでいました。
深層の生物はやはり深い海の光の無いところにいるので、水槽の中に目を凝らしてやっと見ることができるような光量しかないので、何が写っているのかわからないものもありましたが。

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