カルロス・ビアンチ
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アルゼンチンのブエノスアイレス出身で、選手時代はFWとして活躍し、アルゼンチン代表に選もばれた経歴を持つ“カルロス・ビアンチ”。 1985年にフランスのスタッド・ランスで現役を引退。 1993年に古巣のベレス・サルスフィエルドの監督に就任すると、1968年以来遠ざかっていたリーグ優勝に導き、コパ・リベルタドーレスも制し南米チャンピオンとして臨んだトヨタカップでは、下馬評を覆しイタリアの強豪ミランを破り、アルゼンチンの小クラブを世界一へと導いた。 その後、ベレスでの実績を買われ、1996年イタリアの強豪ローマの監督に就任するが、成績不振のためシーズン途中で解任されてしまう。 アルゼンチンに戻ったビアンチは、再びベレスの指揮を執り、1998年からはアルゼンチンの人気クラブボカ・ジュニアーズの監督に就任すると、持ち前の手腕を発揮し、リーグ優勝3回、コパ・リベルタドーレス優勝を2回勝ち取った。 2000年のトヨタカップでは、レアル・マドリードを破り、またもクラブ世界一に輝いた。 翌シーズン、トヨタカップ連覇を狙ったがバイエルン・ミュンヘンの前に惜敗し辞任する。 ビアンチが去った後、ボカは一時期低迷するが、この状況を救うため2003年に再びボカの監督に就任すると、チームは破竹の快進撃を続け、リーグ優勝を果たしコパ・リベルタドーレスを制し、トヨタカップでもPK戦の末ミランを下し、三度世界一の称号を手に入れた。 2005年、スペインのアテレティコ・マドリードの監督に就任するが、またもヨーロッパの壁に跳ね返され、シーズン途中で解任されてしまう。 アルゼンチン伝統の堅守速攻型のチームにリケルメやテベスといったタレントを加え、結果を残してきた。ヨーロッパでの実績は0に近いが、アルゼンチンでの実績は他の追随を許さない。 監督経歴 1993−1995 ベレス・サルスフィエルド(アルゼンチン) 1996 ローマ(イタリア) 1996 ベレス・サルスフィエルド(アルゼンチン) 1998−2001 ボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン) 2003−2004 ボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン) 2005−2006 アテレティコ・マドリード(スペイン) 獲得タイトル
★ベレス・サルスフィエルド リーグ優勝1回 コパ・リベルタドーレス優勝1回 トヨタカップ優勝1回 ★ボカ・ジュニアーズ リーグ優勝4回 コパ・リベルタドーレス優勝3回 トヨタカップ優勝2回 1986年から制定された南米のクラブ、またはナショナルチームを指導する南米のサッカー指導者に与えられる、南米年間最優秀監督賞に最多となる5度受賞している。 |
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スタイルの違いなんでしょうかヨーロッパで勝てないのは…。
アトレティコはクラブの雰囲気が何故か補強しても勝てないクラブになっている状況なので仕方がないかもしれませんが…それを打破するのも監督の役目ですしねえ。
2007/10/12(金) 午後 10:54
次の席は日本代表でもいいんですが(笑)・・・なんでJでもアルゼンチンの監督って少ないんですかね〜・・・
2007/10/12(金) 午後 11:38 [ cae*ar0*26 ]
いつも同じようなチーム作れるのがすごいですね。やっぱり、指導力というかそういうものがあるんでしょうね。ただ、ローマでは、トッティと揉めたんでしたよね。やはり、海外(違った場所)ではこんな名将でも難しいんですね。
2007/10/13(土) 午前 9:51
“トリプルステッラ”さん。ヨーロッパのスタイルにも馴染みそうな監督だと思うのですがね。
何がいけないのでしょうか・・・?
2007/10/13(土) 午後 6:40
“カサエル”さん。日本に来てくれますかね〜。
そう言われれば、Jにアルゼンチンの監督って少ないですね。
助っ人がブラジル人中心というのも関係しているのでしょうか・・・。
2007/10/13(土) 午後 6:43
“INTER IINTER”さん。やっぱりローマの王子と揉めたのですか?
海外で結果を残せる監督は少ないですからね。
2007/10/13(土) 午後 6:45
海外で成功出来ないのは本人が外国生活に馴染めないからじゃないかなって勝手に思いました。実際はスタイルとかサッカー文化の違いなのでしょうが。。
2007/10/14(日) 午前 1:40
言葉も含め習慣や文化に馴染む事は、大切ですからね。
プライドが高い人なのでしょうか?
2007/10/14(日) 午前 9:12