あっちょむの一日☆

☆まだまだ足りず…ということかぁ!! ☆

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2006年9月25日

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☆島巡りの後は?in番外編☆

島巡りの後はちょっとお買い物に行ってきました♪


どこに行ったかというと…

すぐ近くにあるマリノアシティ福岡に行ってきました♪

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ここに行った目的は夕日が綺麗だったのでこれに乗るつもりで行きました♪

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↑これに乗るつもりで…観覧車に!!
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これに乗って夕日を見ましたよ♪どうぞ!!

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↑かなりいい景色でしたよ(^^)

で買い物ではこれを買っちゃいました!

フットサルグッズ♪学校でもきれるかな?


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↑2枚も買ってしまいました!まあ安かったですが…

で…帰りに温泉に入って帰りましたよ!!

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↑いいお風呂でした♪

いや〜非常に充実した一日でしたね(^^)

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☆島巡りin能古島☆

さてさて続いての島は…能古島です☆


次は志賀島の近くの能古島に行ってきました♪

能古島に行くには車では行けないのでこれに乗りました

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能古島について

博多湾に浮かぶ身近なレジャーの島
福岡市姪浜港からフェリーで10分、能古島港に到着する。能古島は周囲12キロ、一番高い山は195mの島で、緑豊かな自然と歴史に恵まれた美しい島です。奈良時代は防人(さきもり)が置かれた重要な島であった。島北部(也良岬)には、山上憶良の作と言われている万葉歌碑などがあり、島の歴史の古さが分かる。島には自然探勝路という道ができており、自然の中をゆっくり探索できる。ただ、アイランドパークまでは登りになっているので歩くと少々きついがアイランドパークからの自然探勝路はおおむね下りなので楽チンである。歩くのはどうも、と言う方はアイランドパークまでバスで行き、そこから帰りを歩くと良い。自然遊歩道を散策するも良し、海水浴やキャンプにも良し、都心から近い別天地である。

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↑これは能古島の地図です♪

あっちょむは渡船場からアイランドパークまで歩きました!!

途中何度バスに乗ろうかと思ったことか…他のお客はみんなバスで移動しているというのに…

暑かったし…本当に疲れましたね(><)

なぜかというと…ずっと上り坂なんですよ!あり得なくないですか(笑)おそらく能古島に行ったことがある人は分かると思いますが…歩いたのって凄くないですか?しかも山道を…

でも歩いたお陰で色々と見ることが出来ましたよ!写真をどうぞ♪

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↑何の花かな?

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↑こんな道でした!!

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↑展望台から見た風景!福岡ドーム見えますか?

歩くこと約1時間30分でやっとアイランドパークに到着☆


アイランドパークの概要

■営業紹介
【休園日】 なし:年中無休
【営業時間】 平日:朝9時〜夕5時30分 日祝日:朝9時〜夕6時30分
※園内「防人の里」へご宿泊のお客様を除く。

■入園料
通常料金 大人(高校生以上) 1000円 
子供(小中学生) 500円 
幼児(3歳以上) 300円 
団体割引 30名以上 通常料金の20%引き 
学校遠足 100名以上 高校生 200円 
中学生 180円 
小学生 150円 
幼稚園児 100円 
専門学校 500円 
冬季料金 12月〜2月 大 人 500円 
子 供 500円 
幼 児 100円 
能古島キャンプ村・海水浴場
ご利用者のご入園 大 人 700円 
子 供 300円 
幼 児 200円 

【貸し出し遊具】
〔入口にて受付け〕  
のこのこボール 9ホール 500円 
       18ホール 800円 
ロープスキー 15分 200円 

〔思い出屋にて受付け〕 
バレーボール  1時間 300円 
バトミントン  1時間 300円 
野球(2人)  1時間 300円 
野球セット   1日 1500円 
サッカーボール 1時間 300円 
竹馬      30分 100円 

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↑本当はこんなに綺麗にコスモスが咲くんですが…まだちょっと早かったですね!!

とまあ能古島はこんな感じでした!感想は歩き疲れた(笑)

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☆島巡りin志賀島☆

           http://www.geocities.jp/samantha92922/kao47.gif

今日はあっちょむの一昨日と昨日のことについて書いていきたいと思います♪

とりあえず一昨日のことから…


タイトルにもあるように…今回は’島巡り’をしてきました(^^)

まず家を8時に出発♪車で3号線をひたすらまっすぐ走るε=ε=ε=(o^-^)o

途中で道がわからなくなって迷ったけど…なんとか無事に着きましたね♪

はい最初の島は志賀島☆


みなさんもご存じかもしれませんが…志賀島はこれが見つかった所♪

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金印発掘について

天明4年(1784年)2月23日志賀島のお百姓さん2人が田の溝を作り直していると大きな石が出てきたので、これを「かなでこ」で掘り外したところ、石の間に光るものを見つけました。
お百姓さんたち(発掘者についての節)は、それをひろいあげ水ですすいでよく見ると均整な印鑑のようなものであったため、その田の持ち主である百姓「甚兵衛」のところへこれを持っていきました。
甚兵衛は今まで見たこともないような物品なので、甚兵衛はその兄が以前奉公していた福岡の画商を訪ねそれを見せたところ、金色に輝いていて重いので「これは純金にちがいない鋳つぶして武具の飾りにでもしたら」とのことになったようです。しかし、この画商と親しくしていた儒学者亀井南冥(かめいなんめい)がこれを見て、印面に掘られている「漢委奴国王」の5文字から、さきの後漢書の記事がピンときたようです。これこそ「後漢の光武帝が倭奴国の使者に賜った印綬」であろう・・というわけで金印はたちまち街中の話題になったとのことです。そして、「そんな貴重なものは早速お役所に差し出せ」ということになりました。そこで、当時の志賀島村庄屋武蔵は「志賀島村百姓甚兵衛申上る口上之覚」という甚兵衛の口上書一札とともに郡役所に届け出たのです。
ところが、亀井南冥は金印を自家の宝物にしようと思い、郡役所に15両で買いとりたいと申し出たが許されなかったので、それでは100両出そうといいました。そのため郡役所はたいそう驚き、さきの甚兵衛口上書を添えて黒田の藩庁にまで届け出ました。
藩庁では直ちに亀井南冥ほか修猷館教授ら数名に金印の考証をさせるとともに、甚兵衛には白銀五枚を与えて金印を黒田家に収めました。それ以来、黒田家の家宝として庫裡深く所蔵されてきました。

☆色々な説☆

「王宮説」… 王宮の跡だろうとの説

「墳墓説」… 倭国王のお墓だろうとの説

「隠匿説」… 当時日本国内が乱れたので、隠したのだろうとの説

「遺棄説」… 日本を漢の属国扱いにした不届きな印は棄ててしまえというわけで海に棄てたのだとの説

ここからは写真でお楽しみ下さい♪

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↑これは志賀島の地図です♪

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↑綺麗な海でした!!玄界灘かな?

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↑地震で被害のあった玄界島です!!

でも本当に綺麗な所でした!!

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