100年後のスキー回想記(後編)
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■今までも数回、海外のレースに参戦したが
外国で一番違和感を感じるのは、
見ず知らずの選手でも、外国の選手はみんな
「Hello!」 と、挨拶をしてくる。
日本では、まずあり得ないこと。
正直、知ってる選手ならまだしも
知らない選手に 「ハロー」 と言い返すのは抵抗を感じている。
今の時代、朝から 「おはようございます」 なんて言ってるのは
残念ながら朝のNHKニュースだけだ。
この100年で、日本人から 「挨拶」 と言う習慣が完全に消えた。
それと 「ありがとう」 という言葉も。
■そもそも、人と人が話をすること、
会話をすること事態があまりない。
会話そのものが、意思伝達手段の全てだった時代とは違い
言いたいことや感じたことは、全てメールで送受信する。
学校、会社、政治、経済…
病院の診察ですら、
病気の症状を事前に所定様式に入力してメールし、
必要に応じて先生が30秒ほど診察しただけで、
後日、メールにて診察結果が送られてくる時代だ。
ちなみに今、「風邪」 は病気ではない。
風邪の諸症状は、80年前に特効薬が開発され、
薬を飲めば数時間で完治してしまう病気になった。
■今や日本人の平均寿命が120歳を超える時代…
私のお父さんも、定年退職の80歳まで
まだまだ働かなければならない。
そんな父とも、ほとんど会話は無かった。
下手すら家族関係ですら、余計なことは喋れない…。
それが今の時代、日本社会に生きる人間の生き方だ。
だから私も、高校のスキー部の監督、先輩、後輩とも
月に数回しか喋らなかった。
毎日毎日、山で顔を合わしていたけど、
正直、どんな声をしていたのかさえ、よく覚えていない。
けど、優しい先輩は毎日、20通以上のメールをくれた。
そんな先輩や友達に私は感謝をしている。 ■そもそも、私たちが今や
10分に一度のペースでメールを送っているこの機械だって
最初は 「携帯電話」 と呼ばれて、
お互いが喋るための機械だったらしい!
それも、手からハミ出る大きさで、分厚かったくせに、
性能は会話とメール、ネットの閲覧とカメラ程度だったらしい(笑)
■私も例外漏れずに、そんな現代の日本人だ。
けど、人と人とのコンタクトの仕方が変わっただけで
友情や絆を含めた人間関係が、
100年前と比べて薄くなったとは思わない。
むしろ、こうして相手の気持ちを思いながら
正直な気持ちをメールでやり取りする方法が
この100年間の人類の進化だと思っている。
■けど、私は基本、お婆ちゃんの孫!
指先だけで意思伝達を行う世界を飛び出し、
人間が一瞬だけ 「風」 になれるアルペンスキーが大好きだった!
お婆ちゃんが子供のころは、今の南極よりも寒い場所で
普通に滑っていたらしい。
「あの寒さの中で滑るとね… 風と言うより光になれるんだよ!」
お婆ちゃんが残してくれた、
こんな画質の悪い古ぼけた画像を見ると
それも本当だったかもって、少しは信用できる。
■スミマセン! 今日はレースの話だった!
アルペンスキーレース会場の青い空には、
いつも100個以上の銀色の丸い物体がフアフアと飛んでいる。
大きさは野球ボールくらい。
昔のテレビカメラは、カメラ席に固定されていて、
人間が肩に担いでテレビ撮影をすることもあったそうだ!
■その物体が 「録画ON」 になると、
あらかじめカメラに登録された被写体を追って、
永遠に撮影をしてくれる。
レースの最中は、スタートからゴールまで
自分の上をフアフアと飛んでいる感じだ。
もちろん、悪用されないように
完璧なコピーガードも付いている。
カメラ機械本体のICチップへ被写体となる選手のDNA登録ほか
撮影することを許可するセキュリティーをクリアしなければ作動しないので
他の選手をパパラッチのように追うことはできない。
こんな光景は、今では全てのスポーツシーンで当たり前の光景だ。
地方で行われているジュニアのスキー大会ですら、
子供と同じ数だけのホームビデオ用無人カメラが
上空にフアフアと跳んでいる。
100年前のアルペンレーサーの親は
ゴール付近で何時間も待機し、
ホームビデオの撮影距離をズームにしたり望遠にしながら、
選手の滑りを撮影したらしい。
今、最新版の3Dホームビデオカメラは
1秒間に1000パターン以上の撮影を自動で行ってくれる。
再生ボタンを押すと、自分の滑りがそのまま3D画像になって
テレビの前に飛び出してくる。
まるで、1/100サイズの自分の人形が
ミニチュアのスキー場を滑っているような錯覚だ。 ■ アルペンレースの種目は、100年前とほとんど変わらない。
けど、昔は子供たちのスキー大会と言えばGSがメインだったが
今はアルペンレースの主流は 「コンビ種目」 だ。
各スキー場で、子供たちが大会を楽しめるよう
思考を凝らした様々なバーンが作られている。 ■昔のポールは肩が当たると、
青アザできたほど相当痛かったらしい。
スラロームなんか、ポールの衝突で怪我を防ぐために
アゴと手にガードを付けていたそうだ。
けど、今のポールは形状記憶樹脂で
特殊加工されたスポンジ状なので
当たっても体に触れた感触すら無い。
激しく当たってグニャグニャになっても、
3秒ほどで元のシャキッとしたポールの姿に戻る。
昔はドリルで穴を掘りねじ込んだそうだが、
今はマグネット式なので、
雪の上ならどこでも好きな場所にペタッと置ける。
外したいときは、ドライヤーのような機械で
雪の接着面のマグネット部分に熱を加えると一瞬で外れる。
「昔のポールは、高校生が激しく当たると簡単に抜けた!」
なんていう笑い話をお婆ちゃんから聞いたことがある。
逆に今のポールは、ダンプカーで引っ張っても、絶対に抜けない(笑)
■さて、いよいよ私がこの夏から参戦するワールドカップ。
第1戦の舞台は、南米アンデス山脈で行われるブラジルカップだ!
参加300名の選手のうち、
2回の予選レースを経て決勝レースに残れるのは50名。
私は、前年のポイントも無いため
予選レースでいきなり1番スタートだ(泣)
今のバーンは、本物の雪のようにバーンが荒れることも無い。
仮に1万人が10回コースを滑っても、
全く同じ状態でバーンは保持されている。
だから、ポイントの高い選手が当然一番最後に滑る。
今回のラストは…
オーストリアのコステリッチか。
■ 「溶けない雪」 が日本で開発されてから50年。
この魔法の 「雪の結晶」 は、急速なスピードで世界中に広まった。
世界中のありとあらゆる山に 「溶けない雪」 が降った…
政府・日銀は、今後も絶対に認めることはないと思うけど、
財政破綻した日本経済を、
再び120年前を上回る世界一の経済大国に立て直したのは
間違いなく、この 「魔法の雪」 だった!
■「溶けない雪」 は、白い雪の結晶だけではなく
子供や大人…
そこに住む全ての人に夢を与えた。
それはソリ遊びであり… スケートであり… スノーボードであり…
けど、一番の楽しみ方は 「スキー」 だった
■スキーの魅力は、それまで雪の降らなかった地域にも
急速に広まり、世界中で爆発的にスキー人口が増えた。
赤道直下の国や、アフリカ、南米…
世界のスキー人口が、急激に増える理由…
それは、みんな単純に雪が大好きだった!
砂漠に人工降雪機で雪を降らせ、
一瞬で溶けない雪にして固めてしまい、
東京ドーム300個分の広大なスキー場が完成した国もある。
常夏の島に、山から海に向かって
全長10kmのスキー場が完成した島もある。
■今、アルペンスキーは、サッカーを超えて
世界一のメジャースポーツに君臨している。
昔の人は信じられないと思うが、
テレビを付ければ、プロ野球でもJリーグでも大リーグでもない。
夜の7時〜9時のゴールデンタイムの
最高視聴率は 「アルペンスキー中継」 だ!
次の夏季オリンピックでは、
メイン種目のアルペンスキーに
世界160の国と地域から選手が参加する。
男女併せて選手だけで1,000名以上の大会になる!
■地球温暖化で自然雪が降らなくなり、
「溶けない雪」 の開発で、
皮肉にもアルペンスキーは世界一のメジャースポーツになった。
けど、この雪は、冷たい雪ではなく雪の形をしたガラスの結晶…
限界を超えてしまった地球の温度を冷やすことはできない…
■だから私は、心の底から思う。
スキーを愛する世界中全ての人の力で
もう一度、空から降ってくる自然の雪を取り戻せないかって…
私はこれから、世界最高峰のスキー場で、
煌びやかな アルペン☆レース の世界で戦って行く。
それが、理利婆ちゃんが私に託してくれた夢かどうかはわからない。
■ 「平成レトロ」 と、笑われても良い… けど、私は一度で良いから、
自然の雪だけが積もった、
寒くて、冷たくて、柔らかい雪の上を滑ってみたい…
見渡す限り、一面真っ白のスキー場を滑ってみたい。
電気で走るスキーなんか使わず…
理利婆ちゃんやエレン婆ちゃんの時代ように、
自分の体だけで操作する カービングスキー を使って…
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