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こんにちはメルモです。
今日は、私のしている信仰の宗祖・日蓮の誕生日です。
今日は、それもあるのですが
私が時々、仏様の教えを記事に書かせて頂いているのを
見て頂いる方からコメントを頂きました。
お友達や親戚に、私のブログを見る様に
勧めてくれているそうで、
パソコンの無い方には、私の記事を
コピーして配布までしてくれているとの事。
日々、仏法を学ぶ身として、
素晴らしい仏様の教えを独り占めしては
全ての人を幸せにしたい・・と望む仏様が
きっと悲しまれる。
だから、私の今の心のレベルで捉えた範囲の
仏様の教えを伝える事しか出来ませんが
仏様の教えを少しでも、ここに足を運んで下さる方達と
共有して、皆さんの幸せの為に少しでも
お役に立てたり、幸せのヒント・幸せの道しるべになれば・・と
また少しづつ、こう言った記事も楽しみに待っていてくれる方が
いる事を最近知ったので、書かせて頂く事にしました。
前置きは、長くなりましたが・・・・
『人は何の為に、この世に生まれ・・・ そして死んでゆくのか』
これが、解決出来ないうちは
お金や名声・健康などを手に入れたとしても
心はまったく幸せにはなりません。
どうしてか・・と言うと、それを知る事を悟り・・・と言い
それを悟る為にこの世に生まれて来ているからです。
では、人はこの世に何の為に生まれて来たか・・・と言うと、
仏になる為です。
仏とは死んだ人の事を言うのでは無いんです。
仏と言うのは、心の不思議を完璧に悟った人を仏と言うのだ・・・と
仏様自身がそう言われているのです。
誰人も、釈尊ほどの仏にはやすやすと(簡単に)
なれるのだ・・・とおっしやっています。
では、仏様が悟った心の不思議・・・とは一体何なのか???
それを、少しづつこのブログを通して
皆で一緒に勉強をして行けたら・・・と想います。
仏様は、貧乏をするのも、病気になるのも、
家庭不破や人間関係の悩み、
醜い形で生まれるのも、
健康体で、裕福に愛されるべき存在として
愛情豊かな環境に生まれ落ちるのも
美貌を兼ね備えて生まれ落ちるのにも
全て、ちゃんとした理由があってそうなっている・・と説かれています。
それは、人間が何度も何度も死んでは生まれ変って
『輪廻転生』を繰り返して来た
過去世の行い (身・口・心で作った善悪それぞれのカルマ)に
よって全て、生まれる前に、どんな姿形・境遇で生まれるか
既に決められている・・・と説きます。
今日はここには書きませんが・・・
事細かに、どうしたら貧乏に生まれるか・・・とか
こう言う病気になる人は、過去世にこう言う悪いカルマを
作った原因があるからだ・・・と、
全て原因も説かれています。
さて、現世で皆さんそれぞれ
人生の課題をそれぞれ持たされてこの世に生れて来ていますが
上で述べた様に、経済苦・病苦・対人関係の苦しみ・
愛する者との別れの苦しみなどそれぞれ
乗り越えなくては行けないこの世の課題と言う物があります。
では、その人生の中で起きる悩み・苦しみは
一体何の為にあるのでしょうか???
それは、自分が生まれる前の過去世に作ってしまった
悪いカルマを昇華する罪償いで起きる悩みと、
もうひとつは、自分の魂(心)のレベルアップの為に
あえて、心の訓練として天が与えてくれている悩み・苦しみです。
ここで、心のレベルアップ・・・と言う言葉が出て来ましたが、
この心のレベルを現わす言葉が
仏法用語では、『境涯 (きょうがい)』と呼びます。
私は、難しい仏法の修行者が゜使う
仏法用語を羅列していかにも自分は崇高な人間だと
思わせるのは好きではないし、
もっと仏法に親しみの無い方でも簡単に分りやすい言葉を使って
表現して、結局の所仏様が説こう・・としている事が
理解さえ出来ればそれでいいので
簡単な言葉で説明させて頂きますが、
どうしても仏様の教えの中で、現代の日常生活に無い言葉は
そのまま仏法用語に説明を付けて書かせて頂きます。
私達がこの世に生まれた目的は、仏になる為。
その仏と言うのは、心の不思議を完璧に
悟りきった境地を言います。
その仏の境地に至るまでの間、
大きく分けて、心のレベル・・と言うのは10種類あります。
今日はその、10種類の心のレベルを
一緒に学びたいと想います。
これは、『生命の十界論』と言われている物で、
生命 (心) は、大きく分けて10種類
もっと細かく分けて3000種類の心のレベルが存在しています。
まず、この3000種類ある心のレベルの基礎となる
大きく建て分けた10種類の生命 (心) のレベルから学びたいと思います。
生命(心)の10種類のレベル
(1) 地獄界 『怒り』に心が縛られた心のレベル
このレベルは、10種類ある心のレベルの中で
読んで字の如く、最低レベルの心の状態を現わしています。
この心のレベルは、『生きている事自体が苦しい』
『何を見ても不幸を感じる』・・・と言った
生命に備わるパワーもほぼ切れてしまった状態です。
この心は、悲しみ・怒り・落胆・など
『絶望』が心を埋め尽くしている状態です。
日蓮は、この地獄界を
『そもそも地獄と仏のいるあの世と言われる天国は
いずこにある尋ねれば・・・
ここが死後の世界に行く地獄です・・・とか
ここが仏様の住む天国です・・・と言って場所が
ある訳ではない。
では、何処にそう行った場所があるのかと尋ねたら
人間のこの身の中にある心にあると説かれるのです。
死後に住む場所とは、己の死の瞬間の心と同じ
レベルの場所に住む事が出来る。
それは、自分の心に自分が住むのであるから
生きている間、自分の心が地獄なのか??
仏の様な心で生きて来たのか・・・
その自分の心の状態のまま、死後は生前の心と同じ
所に生きるのである』・・と説かんれています。
なので、仏道修行者は現世の利益よりも
『臨終正念・りんじゅうしょうねん』・・・と言って、
死の瞬間にこそ、仏の心になって
そのまま死後の現世の修行のご褒美とされる
素晴らしい境地を楽しむ為に日々精進しているのです。
人は、死の瞬間が今まで生きて来た
総決算がやって来る時です。
その人生の総決算の瞬間に後悔しない生き方を
常々していきなさい・・と仏様はおっしやっています。
(2) 餓鬼界 (がきかい) 『貪る(むさぼる)は、餓鬼』と呼ばれています。
この心のレベルは、何かを求めてやまないと言う貪りの心に
身も心も振り回されている状態です。
貪る・・・と言っても、食べ物を求めている人・
洋服や宝石などを求めている人・
お金を求めている人・
健康・長寿を求めている人・
地位・名声を求めている人・
愛情を求めている人。
それぞれ求める内容が違っても、何かを絶えず
求めずにはいられない心の状態です。
このレベルは、絶望の淵にいる地獄界よりも
心にパワーを秘めています。
この欲求達は、実は全て生きる為に
目標としても無くてはならない物でもあります。
でも、それにばかり振り回されて苦しんでいる
心の問題をここでは苦しみの原因として指摘されています。
その点で、地獄界よりは上に位置した心のレベルではありますが
求めている物がえられない苦しみ・・・と言う時点で
この心のレベルも心の葛藤が主で苦しみの状態です。
釈尊の十第弟子の一人、目連の母は
生前、人に物を施したり・・・と言う、人に尽くす行いのまったくない人で
自分さえよければ・・・と言う人間でした。
それで、死後その自分の心と同じ『餓鬼界』と言う
欲しい物が得られない・・・と言う苦しみの場所で
死後を過ごす事になってしまいました。
目連は、釈迦の教えを修行して天眼と言う
三世(過去・現在・末来)を
見ることの出来る眼を得ました。
それで、死後の世界で母親が食べる物も
飲む物も与えられず、苦しんでいる姿を見ることが出来ました。
母親が死後の世界で苦しんでいる事を悩み
釈迦に、死後の世界で苦しむ母親を
救う事は出来ない物か・・・・と相談に行きます。
でも、釈迦はそれは私にも無理だといいます。
この世の掟として、生前自分で作ったカルマのままに
死後も生きなくてはいけない・・と言うのが
この世の掟です。
それを『自業自得』と言うのだと教えられます。
ただ、1つだけ方法があって死後の世界とこの世の世界が
通じ合える時が年に数度ある。
その時に、死後の世界で食べ物と飲み物を欲している
その母親が求めている物を仏様な御供養して
残された子孫は仏様の教えのままに生きる事を誓うならば
死後の母親を救う事が出来ると説かれます。
それが、『盂蘭盆会』として、『お盆』の御供養の始まりとなりました。
(3) 畜生界
畜生と言ったら動物の事を呼びますが
このレベルは、強いと自分が判断した者にはこび・へつらい
自分よりも弱い・・・と判断した者にはえばったりする
卑劣な心のレベルを示しています。
この心のレベルに陥る人の性質として
仏様は、『愚痴』が原因だとおっしゃっています。
女は『愚痴』が多いいきものですが・・・
『愚痴』とは・・・
まさに『愚か』で『恥知らず』と言う意味です。
自分の行いの悪さから起きた現象を
心を改める事もせず、常に文句ばかり。
そう言う人間に限って、相手の前では何も言えず
陰で悪口や文句を言う。
まさに、強い相手には尻込みして何も出来ないのに
弱い相手の前ではえばる様な
人間として1番愚かな心のレベルです。
(4) 修羅界 我尊し・・として、他人を見下す心のレベル
今まで書いた地獄界から4番目のレベルです。
この4つの心のレベルの中では
生きる・・・・という意味での、心のパワーは
他のどのレベルを抜いて1番力のあるレベルです。
その生きる為の力の源になっているのが、このレベルは
常に、人に勝ちたい・・・と言う『勝他の念』です。
この心は、誰にでも持っている心です。
特に女性は、自分が1番美しくありたい・・・と望み、
幸せの基準が、あの人よりいい洋服を身に付けて
あの人より収入のいい旦那さんと結婚して・・・
あの人より大きな立派な家に住んで・・・
あの人の子供よりもうちの子はいい学校にいれて・・と
全て幸せの判断基準が、『人に勝つ』事を優先にして生きています。
人と競い合って勝つ事でしか、幸せを感じられない・・と言う
あさましい心のレベルです。
この心のレベルの人には他人の幸せ程
自分の苦しみになる事はありません。
自分だけか貴くて、自分だけが幸せになれればいいと言う
優越感のみに幸せを求める心の傾向性です。
戦争の始まりは、1人の心の憎しみからです。
戦争を起こす人間の心は
この『修羅界』に自分の魂を置いている人間達の元で
起きてしまう、一番悲惨な結果です。
日蓮は、この修羅界の人間をこう表現しています。
『常に他人に勝つ事を願い、それが叶わなければ
人を見下し、他者を軽んじ、自分だけが偉いとする。』と言っています。
でも、その内面は実は臆病なのだと説きます。
この心のレベルは、実は表面は特に優れた立派そうな
行いをして他者から尊敬の念を集めようとしますが、
心の中は、慢心に満ち溢れていて
いつも他人をバカにして見下す10種類ある心のレベルの中でも
知能犯的な一面を見せます。
ここまで『地獄界』から『畜生界』までの3つの最悪の
心のレベルを合わせて『三悪道』と仏法では言います。
そして、この『三悪道』に『修羅界』を合わせて
『三悪道四悪趣 ・さんあくどうしあくしゅ』といいます。
ここまでは、人間の最悪の心のレベルの人達の
状態を仏様が立て分けられた部分です。
本日は、ここまでを記事にしまた。
明日からまた、次の上の心のレベルの
お勉強を皆さんと一緒にしていきたいと思います。
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