阪神桜川駅の謎 阪神近鉄相互乗り入れ 補足取材 その3
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桜川駅は、今回の阪神なんば線の駅の中で、もっとも興味深い駅である。 デザイン的には、他の新設駅と同様に、吹き抜け空間が多用されている。 全体的には阪神なんば線の駅としてのものなのだが、この駅を最も特徴付けているのは、運用面にある。 この駅は、100%阪神の駅で、近鉄には営業設定されていない。 したがって、券売機にも、近鉄用のものは設けられていない。 しかし、運転上は違う。 この桜川駅には、近鉄用の引き上げ線が、大正橋方面へ延びている。 4月12日撮影 この引き上げ線を利用して、難波までの近鉄電車が、ここまでやってきて、折り返していくのである。 このため、大阪難波〜桜川間の信号システムは、すべて近鉄用に設定されており、阪神線では見ることのなかった近鉄用ATS地上子が、線路の間に設置されている。 営業的には大阪難波まで設定されている阪神も、運転上は完全に近鉄にのっとられている形になっている。 停車目標にしても、大阪難波方面は阪神用 尼崎方面用は近鉄用が設置されている。 速度制限表も、近鉄仕様である。 ただし、営業的には阪神のため、乗車目標は阪神仕様である。 しかし、この駅でいると、本当に飽きない。 本来は難波止めの、青とオレンジをデザインした直通運転用ステッカーを取り付けていない列車たちが、どんどん乗り入れてくるのだ。 もちろん、特急車も例外ではない。 12200系スナックカー 21000系アーバンライナーPlus 22000系ACE 23000系伊勢志摩ライナー 近鉄は、この乗り入れ開始を機に、阪神や山陽への近鉄特急乗り入れ構想を抱いている。 しかし、あくまで形式上のものではあるのだが、近鉄特急の阪神乗り入れは実現しているのだ。 では、なぜ、このような変則的な取扱いになっているのか? これには、阪神なんば線構想の起源に遡らねばならない。 元々、阪神野田〜鶴橋間の鉄道を共同で建設する予定であった阪神と近鉄であるが、大阪市の市営モンロー主義で5号線計画に振り替えられて頓挫した(現在の地下鉄千日前線)。 そこで、阪神複々線計画の名残である伝法線(後の西大阪線)千鳥橋から九条を経由して難波までの新線を阪神が建設し、鶴橋付近から地下にもぐり、難波まで乗り入れる新線を近鉄が建設することになった。 この度は、万博を控えて路線網の拡充の必要性から、大阪市独自だけの事業では不可能であると判断した運輸省(当時)から横槍も入り、両者に免許が交付された(阪神は軌道法によっていたために特許)。 (同時期に、京阪の淀屋橋乗り入れの免許されている) 両者は早速工事を開始し、阪神はいち早く西九条までの区間を開業させ、盲腸線だった伝法線を西大阪線に改めた。 しかし、近鉄側の工事は、都市計画に阻まれてなかなか進まなかった。 千日前通りの拡幅が行われ、拡幅部への地下鉄千日前線建設が優先されたために、既存道路部へ建設される近鉄の新線工事は後回しになってしまったのだ。 さらに、上町断層にぶつかったことによる異常出水なども重なり、難波までの開業は、大阪万博開幕直前であった。 阪神側の工事は、近鉄と歩調を合わせるべく、昭和40年に難波へ向けての工事が開始された。 しかし、高架橋によって分断され、難波へ客が流れる可能性のある新線建設への地元商店街からの猛反対が起こり、昭和42年に工事は中断されてしまった。 阪神が中途半端な位置で止まってしまったのに対して、近鉄はミナミの拠点へ乗り入れたことによって順調に発展していった。 元々、阪神との乗り入れを前提とした駅設備のため、1線は降車専用として、一旦引き上げ線に引き上げてから、2線ある乗車ホームに据え付ける構造になっていた。 引き上げ線は、難波駅の桜川寄りに3線設けられ、外側2線は、阪神接続時には、営業線になる前提であった。 しかし、阪神の乗り入れのめどが立たない中、増え続ける乗客に対応するために、近鉄奈良線〜難波線の列車は、どんどん増発されていった。 さらに、近鉄特急の営業方針も転換し、多くの特急が上本町からより集客のある難波乗り入れになった。 したがって、引き上げ線が常に満タンに使用されるようになったのだ。 さらに、奈良線の快速急行が10両編成になり、朝の特急も通勤特急として機能するようになると、こちらも10両編成になった。 その10両編成特急は、難波の引き上げ線で編成分割され、名古屋、伊勢志摩方面へそれぞれ運用されるようになった。 こうなってくると、難波駅の引き上げ線は3線でも足りなくなり、手狭になってきた。 そこで、近鉄は阪神と協議し、阪神が持つ免許(阪神が軌道から鉄道へ転換したことにより特許から免許に変更)を借り受け、桜川側へ300m延長(幸町1丁目付近まで)することになった。 このため、形式上は、阪神なんば線の一部は工事が完了していたことになる。 しかし、阪神なんば線が開業するとなると、計画通りに外側2線を阪神に明け渡すことになったのだが、それまでに設定されていた難波折り返しを、残る1線だけで賄うことは事実上不可能になっていた。 そこで、横を併走する地下鉄千日前線が分かれ、阪神なんば線もカーブして分かれる地点に、近鉄の引き上げ線が設けられることになったのだ。 この工事期間において、幸町まで延びていた線路を、一旦工事のために明け渡すことになった近鉄は、それまで難波に乗り入れていた伊勢志摩方面の特急を上本町に集約し、名古屋方面と奈良方面の特急のみが難波に乗り入れる形に運行系統を変更している。 阪神なんば線の正式着工前のことではあるが、この路線には、そんな隠れた歴史が満載されているのだ。 もっとも、既に多くの列車が行き来している難波駅に、阪神用の設備を改めて作ることのほうが不合理ともいえ、桜川が、実質上の運転拠点になっているのも事実である。 このような桜川駅の取扱いのために、近鉄、阪神双方の乗務員詰所が、駅改札内の汐見橋方向に設けられている。 手前には近鉄用の詰所 奥には阪神用の詰所 そしてホームには、連結されている全ての運転台つき車両のブレーキハンドルを携行するという近鉄のルールに従い、阪神側の運転手が取扱いを間違わないようにするための、ブレーキハンドル運用一覧表が設けられていた。 続く
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ここは酷い甘味処ですね
ノート:スイーツ(笑) - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%84%EF%BC%88%E7%AC%91%EF%BC%89 甘味処ねえ。またわけのわからん演説がw 砂糖が貴重品だった時代は甘いもんは金持ちの贅沢だったわけ
2009/4/18(土) 午後 10:27 [ 障害報告@webry ]
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こんなに奥深い歴史があるとは思いませんでした。
何も知らずに桜川駅を使っている人にとって、急に近鉄特急が来るとびっくりするでしょうね。
2009/4/17(金) 午後 1:59
>みやさん
阪神なんば線ほど、難産の鉄道はなかったと思います。
こうした記事を書いている私にしても、まさか特急は・・・と思っていただけに、正直、ビックリしました。
2009/4/17(金) 午後 2:34 [ マグナム大阪 ]
非常に興味深く面白いです!まだ、なんば線に乗っていないので、早く行きたいです!
2009/4/18(土) 午後 0:08 [ sas*ken* ]
>sasakeniさん。
私も、開業以来、この路線が面白くて、徹底的に調べています。
ぜひ、一度乗ってみてください。
2009/4/19(日) 午後 7:56 [ マグナム大阪 ]
桜川駅の様子を見たくなりました。貴重なレポートありがとうございます★
2009/4/20(月) 午前 0:14
>nk11009さん。
桜川駅は、今までの乗り入れに見られない変則的な運用がされています。
2009/4/20(月) 午前 0:39 [ マグナム大阪 ]
万博前からの計画が有ったのですか・・・
なんと何度もの挫折を乗り越えて開通したのですね。
良く調べられましたポチ(^^♪
阪神も財政難・阪急と手を組むより近鉄ともっと早くに統合したら良かったのにね。
関西一 短い私鉄甲子園球場だけで持っているのですからと私は思っていたのですが・・
2009/5/1(金) 午前 5:10 [ tmisatojp ]
>tmisatojpさん
ポチ感謝です。
阪神なんば線の原型をたどっていくと、明治時代まで遡ってしまうんですよね・・・
でも、現状の計画の原型は、昭和21年が最初です。
ちなみに、阪神との経営統合を望んでいたのは、実は京阪で、村上ファンド出現で、全てご破算になってしまったんですよ・・・
近鉄と統合すると、阪神なんて飲み込まれてしまいますし、近鉄には志摩スペイン村という最大の不良債権があるため、村上ファンドの提案に首を振らなかったんですよ。
実は、近鉄は、阪神+京阪の統合会社と提携する色気を持っていたのですが、それも、自らの勢力圏の防御に躍起となった金融会社と化した阪急の前に、色あせてしまったんですよね・・・
あああああああ!また、あのギョロ目男の顔を思い出したら、腹が立ってきた!
2009/5/1(金) 午前 9:36 [ マグナム大阪 ]