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先ほどまでたまたまやっていたTV番組を細君と一緒に観ることになった。
45歳の男性が78歳になる認知症の母親を介護する状況を映し出していた。
詳細は書かないが、実に大変である。まともに睡眠時間もとれない。常に気を配っていないと何が起こる
やも知れない。言葉は悪いが、母親の体が元気なだけに、この状況がまだしばらくは続くだろう。
介護する側が参ってしまって不思議ではない。もちろん、仕事もまともには出来ないから、経済状態は
苦しくなる一方である。
小生も細君も介護の経験はない。どちらも母親を早くに亡くし、父親が両方とも再婚をしたからである。
その再婚自体に問題がなかったとは言えないが、介護の心配をしなくて良かったのは連れ合いの人の
存在であることは事実で、これはこれで認めるしかないだろうと細君との意見は一致。
それより、小生たち夫婦が介護される時期を心配する年齢にあることのほうが重要である。娘がいるとは
いっても、嫁がせた身。相手の両親も揃っているから、そうそうこちらが迷惑をかける訳にはいかない。
そこで、我々はある思考を重ねている。夫婦の残された時間をどのように使うのがお互いの幸せかという
思考である。ある種の「試行」を念頭に置きながら、準備に何が必要かなどを冷静に、淡々と相談中で
ある。
小生は寝たきりになる寸前に自分で自分をどう処するのかを考え始めた。誰も世話をしてくれないという
前提で考えなければ、正確な答えはでないので、「独り」という発想を今からきちんと自分の中に、持っ
ていけるようにしたいと考える。
国や自治体の貧相な政策を責めながらも、それにおんぶに抱っこでは恐らく生きていけなくなるので、自
らの身を処するにはどうするかも考えなければならない。
人生の結果はよくも悪くも自業自得であるからには、誰を恨むでも、羨むでもなく淡々と受け止める以外
にはないと思う。
こう考えながら、少しでも誰かの情に接するとしたら、感謝の念を自然に表わせるだろう。
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