もっと早くに議論すべきだった!!
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現在、国公私立の4年制大学は全国で約760校 約半分の私立大が定員割れを起こしており、飽和状態に陥っている。学生数を確保しようと焦るあまり、各大学が“一芸入試”レベルのAO入試を導入したり、ユニーク学部を相継いで新設したりした結果、一定の学力レベルさえない学生も「大学生」になってしまった。「算数レベルの学力さえない…」「まともな日本語すら書けない…」。そんな大学の叫びが聞こえてくる一方、ずさんな学部・学科を増やし続けた揚げ句、大学自体の質さえ保てない状況だ。 こんなもの早くから分かっていたこと。大学を増やしてその値打ちを落とし、存在の意味を失わせた文科 省と学校設置者の無責任な姿勢こそ糾弾すべきだろう。 ■グローバル、デジタル…増えすぎた大学 。最大の原因は「大学の多様化」との理由で、平成15年度から設置基準が緩和されたことがある。これまでのように「大学設置・学校法人審議会」の認可を受けずとも、届けを提出するだけで新しい学部を設置できるようになった。毎年、新設される学部・学科は300前後にのぼるという
人気大学に多くの学生が集まると、人気の低い大学は残った学生を奪い合うことになる。このため、各大学とも、ユニークなネーミングの学部を新たに設置しては、学生の確保に力を注ぐことになる。別の大学関係者は「学生の興味を引きそうな学部を作ることで、他の大学との違いをアピールしなくては生き残れない」と話す。 そもそも「多様化」などという言葉に踊る浅はかさが問題。好き勝手に価値観を与えてどうするの? 教育の指針も方針もないままに、学生集めのネーミングだと分かっていたじゃないか!! ■ずさんな学部設置…詐欺のようなもの? 「新しい学部設置は基本的に性善説なんですよ。まさか、大学が学部を新設するのに手を抜くことはないだろうと。しかし、実際にはそれが起きている。そして、学生が不利益を被っている。言葉は悪いが、学生は詐欺にあったようなもの…」。文部科学省の担当者はため息混じりに話す。 文科省によると、平成15〜20年度に新設された学部のうち、380学部に調査したところ、およそ4分の1に当たる100学部で学生数の過不足やカリキュラム変更など、当初の計画通りには運営されていないことが明らかになった。学生にとっては、大学の門をくぐってみたら、当初の説明とは違う内容の授業を受けさせられたということになる。 大阪国際大(大阪府枚方市)では、昨年4月に新設した「ビジネス学部」と「現代社会学部」の2学部で、科目の3分の1について、担当教員や受講できる学年が変更されており、当初の届け出内容を大幅に逸脱していた。また、東京福祉大短期大学部(群馬県伊勢崎市)は、同じ法人が経営する専門学校と一部の授業が重複するなど、明確な区別がないまま授業が運営されていた。 さらに悪質なケースもある。福岡医療福祉大(福岡県太宰府市)では平成18年度以降、専任教員数が最大で32人も不足するなど、大学の設置基準すら満たしていなかった。文科省は、理事長らが認識しながら放置したと判断し、同大を運営する学校法人に対し平成22年度からの5年間、新たな学部の開設を認めないという処分を下している。 文科省の担当者の嘆き?ご冗談を。性善説などと寝言をいっている場合ではないでしょう?自分達の 天下り先が山ほど増えて・・・・と目論んでいたとしか思えませんね。野放し状態で認可すれば、こう なることなど容易に想像出来る。出来ないとすれば、頭が悪いか、教育の何たるかに思いを及ぼしていな かった証拠。 ■ノートの取り方やリポートの書き方まで… 大学生の質の低下も深刻だ。大学で基礎を一から教えないと、次のステップに進めない学生が増えている。文科省の平成18年度調査では、中学や高校レベルの補習授業を行っていた大学は全体の約3割にのぼった。
つまり、上位校が定員数以上に、成績上位の学生を取った場合、中位校には、これまでよりも成績の低い学生が入学することになる。言い換えれば、これまで大学に入れなかった学生でも、大学生になれるということだ。結局、学生の質を落としているのも大学自身ということになる もう一つの“戦犯”とされるのが、書類審査や面接などによる「AO(アドミッション・オフィス)入試」だ。文科省の調べでは、平成19年度にAO入試を実施した国公私立大学は454校で、学部数では1047学部にものぼっている。入学者数の割合でも、推薦入試を含めると42・6%と全体のほぼ半数を占めており、もはや、入試スタイルの主流になりつつある。 3割でも補習授業をしていれば、その3割の学校は真面目です。引き受けた学生を何とかしようと考えて いるのですから。まあ、尋常な指導では結果を出すのは難しいでしょうね。 「AO入試」など早く数を揃えたい一心でやっているに過ぎない。推薦入試も五十歩百歩。 これまで大学に入れなかった学生でも、大学生になれるということだ。結局、学生の質を落としているのも大学自身 学生が悪いから大学が悪くなるのでは決してない。中学や高校のように地域性などに左右されることが少 ないのが大学。学校の中身がお粗末だから学生もオソマツになるだけの話である。 ■リーダーではなく、土台を育てること… 大学が学生をダメにするのか、学生が大学をダメにしたのか。← 大学に決まっている!! 諸星教授は「3ケタの割り算ができない学生に経営学を教えても意味がない。大学全入時代では、そういうレベルの学生が入学してくることを、もはや止められない。大学は社会のリーダーではなく、社会の土台となる大人を育てていくことが求められている。そのためには、それぞれのミッション(役割や個性)をはっきりさせ、学生の力をどれだけ引き上げてあげるかが重要だ。つまり、4年間でどれだけの付加価値をつけて社会に送り出せるか、が問われている」。 それぞれのミッション(役割や個性)をはっきりさせ、学生の力をどれだけ引き上げてあげるかが重要だ。つまり、4年間でどれだけの付加価値をつけて社会に送り出せるか、が問われている」。 この程度のミッションは高等学校で十分だったはず。高等学校で出来ないから先送り的に大学に送る方向 になってしまった。二人に一人が進学する時代なら全部がリーダーであれるはずはない。では、何が起こ るか。いや、すでに起きているのだが、大学間の格差がはっきりするだけの話である。 4年間も預かって、一人で就職活動も出来ない学生を出したとしたら、すでに学校の価値はないと考えて 全ての大学が「社会的存在意義」を再考するしかない。 それが出来なければ自然消滅の憂目にあって当然であろう。教える立場の人間に猛省を促したい。 高度成長に浮かれて、自分たちの幸せだけを考え、国や社会ということを考えなかった大人の責任である と言って過言ではないだろう。 記事詳細は下記のURLからどうぞ。 |





