『銀ちゃんが、ゆく』 つかこうへい
★題名 『銀ちゃんが、ゆく ― 蒲田行進曲完結篇』 ★著者 つかこうへい ★発行 角川文庫 ★発刊 昭和63年11月01日(昭和62年06月に角川書店刊)「飛龍伝」を再読して、つかを思いだして(手持ちの本は捨てられた)図書館から借り出して読み直して見る。またもや、図書館だから、どうせ文庫本だから、書籍管理に必要だから、なのかしら表紙にベッタリと図書館コードが貼られている。 いいけどね、書籍に愛着や経緯を感じないような人間が司書だとかいって大きな顔をしてるのも、まあ現代的なことだもん。 えっと、本書は「蒲田行進曲」の続編で、雑誌「野生時代」に発表された後に単行本となった。この時にも通読したのだが、要するに後日談としか読みきらなかった。何度目かになるが、通読をしてみる。 ヤスが居なくなって、小夏が女優復帰して、銀ちゃんが死んでしまう。2人の間に生まれたルリ子ちゃんは白血病で、銀ちゃんは最後の作品で例の「階段落ち」をやる。 ストーリーは銀ちゃんの付き人の視点から書かれるのだが、前作とは異なり銀ちゃんの主人公の色が強い。出自や育ちが書かれ、駄目な父親や妹なんかも出てきて、「役者」の光り輝く表面の裏にある暗黒が描かれる。 でもね、やっぱり小夏に目が行くのだ。杉浦や太地の評伝にあるように、女優というものの「性(さが)」がひしひしと感じられる。あれは単なる虚栄ではないし、使命感のようなものでもない。何かがあるんだろうな、命を燃やしきってもいいと思わせる、何かパトスではないエイトスがあるようだ。 ああ、解説の中に同じ指摘のようなものがあった。すごいね、「女はその存在自体が加害者」だって。
とくに、小夏はスター女優であり、男の銀ちゃんと違って、最後は不治の病の娘より、女優をとる予感がある。自分が美しく、生き生きと輝くために、回りの人間を傷つけ、殺していくのが女優であり、そんな女優に対する作者の好みがうかがえるのである。 |
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『蒲田行進曲』 つかこうへい
{{{ ★題名 『蒲田行進曲』 ★著者 つかこうへい ★発行 角川文庫 ★発刊 昭和57年08月30日(昭和56年11月に角川書店刊) }}} 「毒のある愛の物語は、同時に、毒性の強い苦い社会時評でもある」(解説より) 本書は直木賞受賞(1982年)というより、映画で有名になっ
2007/1/31(水) 午後 1:53 [ 読書まみむ〜メモ ]






この作品は冒頭から泣いた。
つかさん、まだ62歳だったんだね。
2010/7/13(火) 午後 3:23 [ sor*mam*k*ri ]