[妄想過程]正直に答えてしまうのが(ry
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カプセル化が不十分だった。反省(謎) |
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カプセル化が不十分だった。反省(謎) |
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眠い。とりあえず載せる。明日時間があれば修正する。 1.なぜあるかには興味がない。いかにあるかに興味がある。 幸か不幸か「悩んでしまう」人間ではない。 永井均『<子ども>のための哲学』の中にでてくる例えでいえば水中に沈みがちな人ではない。 中島敦「悟浄出世」 2.どうやってご飯を食べていくかは自分にとって今大変重要な課題である。 しかし、将来何になるかという問いがどうやってご飯を食べていくかということしか意味しないのは貧しい。 3.話したり、絵や文章など何かを表現することが非常に苦手で、人に何かを伝える技術をもっと磨く必要があると常々思っている(特に最近) 「言葉では伝わらない事は確かにある。でも、それは言葉を言い尽くした者だけが言える事だ」
(ヤン・ウェンリー 銀河英雄伝説) 自分を表現したいという欲求があまり強くない。(ではなぜブログを書いているのか自分でもよくわからない。)オリジナルでいたいという気持ちもあまりない。それがすばらしいものならば他人といっしょでもかまわない。だから共同体のなかに埋没していたいかといわれるとそれもしっくりこない。 自己を表現することが要求されていることは確か。 またそれに応えようとしている。が応えられていない。 それとは、別に 他人に伝えることを意図しない言葉の使い方 純粋に自分のために演じる自分があってもよい。 「「内臓の言葉」とでもいうのでしょうか、自分のためだけの言葉、他人に伝えることは二の次である言葉の使い方があるのだということです」
(吉本隆明『引きこもれ−一人の時間を持つということ』) 他人とコミュニケーションする=善いことな気がするが 過剰なコミュニケーションは逆に生を貧しくさせる。 語ることを意識しないで、なにかをやれる場というのは結構需要がありそう。というかほしい。 本当に一人で考えようとすると結構疲れる。孤独と孤立の違いというと少し違うかもしれない。腐り落ちていく感覚。
啓蒙というコンセプト。一人で考え抜くために、語る場がほしいのかもしれない。 |
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目指すはweb2.5
エディタ 色分け
参考:PICSY blog: XMLの文体と新しい社会契約論(6):Web3.0入力支援 デバッガ デフォルトでライブラリが使える(prototype.jsとか) Yahoo UI リファレンス バージョン管理 cvs 共有機能 ランキング 要望を受け付ける ネタだし 実装 http://blog.picsy.org/archives/000307.html |
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リアル・ヴァーチャル ゲームすること 世界への関わり方について 金曜日の発表の資料のメモ。自分で[これはひどい]タグをつけてしまいそうな出来。まともな発表になるんだろうかorz 今見たいアニメ・やりたいゲーム 大学の友達に借りた「serial experiments lain」と 高校生の友達の家でプレイさせてもらった「Missing Blue」
廉価版がでてるので、ps3がでて、ps2中古の値段がさらに下がったら購入と思います(ぇ
(以下メモ)「こちら側、あちら側問題」(web進化論じゃないですw) ゲームの中の世界と「ゲームすること」 プレイヤーと鑑賞者 通常の(主に男性向けの)エロゲではプレーヤーが人間として世界に参加し、恋愛に失敗することもあるのに対して、
やおい的な世界では、鑑賞者は基本的にその世界に入り込まず、傍観者・構築者・夢想者・第三者・神の立場にとどまる。 選択肢が消えてしまったひぐらしは(ゲーム中に)プレイヤーが世界に関わらないという意味で、「やおい的」あるいは「妖精的」かも知れない。 AVGやSMGにおいて、主人公の名前を帰ることができる機能がついていることが多いが、あまりこの機能を使ったことがない。 ときめもシリーズには、名前を呼んでくれる機能があったはずだが(何システムだっけ?) 確かに、今も多くのAVGで、主人公は(主人公が萌えるゲームを除いて)基本的に姿を出さないし、物語は主人公の視点で語られることが多い。 それにもかかわらず、プレイヤーとしてでなく、鑑賞者として、「わたしとあなた」でなく「あの人とあの人の」を物語を楽しんでいるのではないか。 「ハルヒ」でいうと、キョン視点で進行するが、あくまでハルヒたちの物語で、私=キョンじゃない。 アニメ化されると主人公も姿を現す。常時主人公みた視点でアニメを作るというのはさすがに無理か。(常時桜木ビジョンでは、スラムダンクは展開できないw) 同じゲームでもシステム的にプレイヤーが積極的に世界に関わるタイプのゲーム(アクションやSTGやRPGなど)はだいぶ違うかもしれない。 格闘ゲームはどうなんだろう 対極にあるのが、MMORPGか。ゲームをすること=ちがう世界にログインする(.hack?)というモチーフは、ネットワークにインスピレーションされている気がする。(lainにおけるワイヤード。「あちら側へいけない」lainの最後は悲しい「Reset ALL Return」。十二国紀にも(特にアニメ版杉本さん)陽子、 泰麒) FFは中間点なんだろうか。(viiしかやったことないけど)戦闘中はとにかく、クラウドはクラウドであって、だぶん名前を変えないだろう。 東方だったら、幻想郷で弾幕ごっこしているにもかかわらず、私はいない。会話の場面ににおいて私は完全に観察者である。 観察者は関係の外にいるが、物語の中にいてもよい。「かしまし」における「あゆき」が相当する。彼女は「舞台の上にはあがらない」が、親友を抱きしめたり、主人公を非難するプレイヤーである。(やおいの距離感の中になかにも書いてあるが)物語の中にいる観察者は世界に関わることが可能である。(余談だがかしましは後半+あのねエンドは微妙だけど、第2話はいい話だと思う。) あちら側へいけない問題を書こうとすると、「現実へ帰れ」メッセージを発信してしまう罠。「現実へ帰れ」という言説のもつ攻撃性。エヴァでもなく、電波男でもなく。
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ゲーム内は作られた世界だが、ゲームするという行為はリアルかバーチャルか。 |
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開設日: 2005/3/1(火)