松尾文化研究所

ブログを開設します。このブログにおいて現在活動中の文学、化学を題材とした随筆「文学散歩」「化学散歩」について、作品が出来次第掲載

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名作の楽しみ-143 ゴーゴリ ゴーリキー

 
ゴーゴリ「ネフスキー大通り」「肖像画」「狂人日記」
 
ゴーリキー「どん底」
 
ロシア文学の流れを継承している二人の作家の作品を読んだ。
 
ゴーゴリの作品。冒頭から粘っこいが流れるような文章に引き込まれてい
 
く。いずれも夢と現実の狭間を行くような内容。「ネフスキー通り」はその通
 
り自体が不思議な様相を醸し出し、そこを通る二人の男がそれぞれに美人を
 
追いかけていって、それぞれに物語が作り上げられていく。ひとりは画家、
 
追いかけていったのは娼婦のような下品な女。それとわかると逃げ出して家
 
に帰るが、夢にその女が現れ、そこでは上品な女として登場する。そこで夢
 
と現実がごちゃごちゃになり、不眠症になり、家に閉じこもって死んでしま
 
う。もう一人は中尉。追いかけた女はドイツ女で人の女房。頭が悪いが美人
 
なので、何とか気を引こうとして夫がいない留守に尋ね、懇ろになりそうな
 
ところで、夫が帰ってきて袋だたきにあう。その復讐もかなわず何となく尻
 
切れトンボで終る。「肖像画」は二つの話から成る。いずれも肖像画家の話
 
で、肖像画がそれぞれの運命を支配していく。あのオスカーワイルドの「ドリ
 
アン・グレイの肖像」を思い出させる不思議な世界であった。「狂人日記」。こ
 
れもまたおかしな小説。犬が話したり、手紙を書いたり、自分がスペイン国
 
王になった妄想に取りつかれ、監獄に入れられたり、読んでいるとこちらが
 
おかしくなる迫力があった。狂人は真実を暴きだす、そんな台詞もふんだん
 
に登場。総じてこの作家、情熱的なのだろう、誇張が多く、自己顕示欲が強
 
い。だから読者は引き込まれるが、読後感は空虚である。
 
ゴーリキー「どん底」。場末の木賃宿にたむろする下層階級の人々。木賃宿の
 
亭主とその妻及びその妹、叔父の巡査、錠前屋と肺病の妻、肉饅頭売りの
 
女、巡礼、元男爵もいるが、その素性は怪しげである。そう言った人々の人
 
間模様が憂欝に描かれる。怒鳴りあい、殴り合い、蔑み合い、遂には殺人も
 
行われる。一方では、歌が唄われ、恋が語られる。つまり、人間社会の持っ
 
ているものが全てさらけ出されている。そんな中で、ルカと言う巡礼がひと
 
つの清涼剤になっている。これはキリスト教的な倫理感を筋として通そうと
 
言う作者の意図なのだろうか。どん底の生活を強いられている登場人物ひと
 
りひとりの台詞は、哲学的であり、実に重々しく、胸に響いてくる。矢張り
 
超一流の戯曲だと思う。

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新横浜散歩2012年 赤レンガ倉庫 

 
赤レンガ倉庫
 
 ゴールデンウイークのある日、それまで雨にたたられていたが、一転して眩しい五月晴れの日となった。横浜のみなとみらいに行く。地下鉄を降りると人の行列が続いていた。どこもかしこも人の波である。ランドマークタワーから横浜美術館に行ったが、展覧会は現代美術。先日の「エルミタージュ展」の余韻が残っていて、とても見る気はしない。すぐさま引返す。そして、何の躊躇もなく、まだ行っていない赤レンガ倉庫へと向かう。
イメージ 3
 遊園地の先に橋が見え人が溢れている。その人並みに入り、まずは右にランドマークタワーを見ながら橋を渡る。目の前に大きなモールがあり、人々が吸い込まれていく。中に入るとレストランやファーストフードなどが並んでいて、まだ10時半だと言うのに、座れる席がない。仕方なく、素通りして外へ出ると、赤レンガの二つの建物が見えてきた。人々の流れは途絶えることがない。昔倉庫だったこの赤レンガの大きな建物が改装されて市民の集うところとなったのは、10年前。ようやく訪れることができた。日差しが強く、上着を脱ぎたいほどである。まずは左の建物を写真に収めた。まだ市民に開放される前に一度来たことを思い出す。あの時は何となく寂しげな建物に見えたが、今回は人並みに襲われて、何とも言えぬ華やかさを感じた。
イメージ 1
 その建物に入る。アクセサリーの店、家具の店などが一見乱雑に所狭しと並んでいる。人を押し分けて、2階に行く。そこはレストラン街、既に長い行列ができている。更に3階へ。ここもレストラン街だが、どの階も暗くて圧迫感がある。ふと見るとテラスが解放されていたので、そちらへ行ってみる。下の写真のようにそこもレストランであった。まだ、11時だったので人は少なかったので奥の海側の席を陣取ることができた。ナポリタンとアイスコーヒーを頼む。まだアイスコーヒーしか来ないうちに人が続々と来てあっという間に席は埋まってしまった。最初の写真はそこから撮ったみなとみらいの全景、空はあくまで青く、そよ風が頬を撫で、解放感に浸りながら、ゆったりとした時を過ごせた。但し、そこのウエイトレスとウエイターは人を小馬鹿にしたような態度で感じが悪く、おまけに注文品を他へ持って行ってしまうミスを犯しそれに対し、誤りもせず平然とした態度をとり、あきれ返ってしまったが、辛うじて素晴らしい気候と開放感が怒りを和らげてくれ、黙ってそこを去った。
イメージ 2
 外に出て、海べりに至る。大桟橋には豪華客船が停泊し、その後ろにベイブリッジが見える。横浜港ならではの光景である。そして、もうひとつの建物の写真を撮り、その中に入ったが、1階は同じような造りで、混雑は激しかった。ガラス張りの階段をつんのめりのそうなりながら登って2階へ行くと、イベント会場になっていて、スペースは広いが人は少なく、特に興味を引くものはなかった。
イメージ 4
イメージ 5
 そこから、海沿いのだだっ広い芝生の中に象の鼻がぽつんと立っている公園を大桟橋まで歩いて、新緑のイチョウ並木が青空の中に映える大通りを関内駅まで歩く。どこも人が溢れ、新緑と青空が人々を浮き立たせているような高揚感が漂っていた。

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東京散歩2012 エルミタージュ美術展

 5月連休のある一日、今回はしっかりと目標を定めて、南北線沿線の美術館
を訪ねた。六本木の新国立美術館で行われている「エルミタージュ美術展」
だ。ここはサンクトペテルスブルグにある世界有数の美術館のひとつ。有名
人の名画が多いことが有数と言う表現に至っていると聞く。六本木一丁目駅
からは少し迷ったが、30分以上歩いて辿りついた。すでに門の前から人の波
が続き、チケット売り場には100人以上が並んでいた。その最後尾についてか
15分余りでようやくチケットを買うことができた。
 中に入ると、混雑は更に倍加して、どの絵の前にも人人人で、後ろから背
伸びをしてようやく見れると言う状況がほとんどであった。それでもすべて
が見応えの成る素晴らしい作品で、ほとんど疲れを知らずに全てを見ること
ができた。5つの部屋に分かれて時代ごとに展示されていた。まずは16世紀ル
ネサンス:人間の世紀と題された部屋だが、いわゆる宗教画の様相が強く、
人間性がからかけ離れていた。ティントレットの男の肖像を除いては。次い
17世紀バロック:黄金の世紀。いきなりルーベンスの作品に遭遇してうー
んと唸ってしまった(「ローマの慈愛、キモンとペロ」を掲載)。また、ヴァン
ダイクの「自画像」も心に響いた。さらにレンブラントの「老婦人の肖像」
イメージ 5
イメージ 4
(掲載)もひと際目立っていた。3番目が18世紀7ロココと新古典派:革命の世
紀。いずれも革命の世紀の名にふさわしい絵画の連続であったが、特にジョ
シュア・レノルズの「ウェヌスの帯を解くクビド」(掲載)が印象的であった。
イメージ 3
4番目19世紀ロマン派からポスト印象派まで:進化する世紀。まずはドラクロワの「馬に鞍を置くアラブ人」(掲載)に強烈な印象を受けた。また、コローやルノワール、モネ、シスレー、セザンヌなどの巨匠の作品が競い合うように次々に登場し、息つく暇もないほどの充実感を与えてくれた。そして最後が20世紀マティスとその周辺:アヴァンギャルドの世紀である。マティスの「赤い部屋(赤のハーモニー)(掲載)は一際輝いて見え、ピカソやアンリ・ルソー、ラウル・デュフィなども目を引いた。こうして16世紀から20世紀までの時代の違いと流れが楽しめた点でも実にいい展覧会であった。イメージ 2
 
イメージ 1
 

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桜の後 2012年

 桜と言っても正確にはソメイヨシノと言った方がいいが、その桜の後の花
 
模様を辿って見た。まさに枯れ木に花が咲き、花の散る頃から薄緑の葉が花
 
に取って代わる。そして、その頃から八重桜が満開になる。この八重桜、何
 
度も過去に書いたが、ほんのりと暖かい雰囲気がある。色も暖かさを感じさ
 
せてくれる。この花に花冷えはない。そして、ふと気が付くと枯れ木は既に
 
なく、すっかり新緑に覆われている。
 
4月も下旬の日曜日、神楽坂を、花を求めて歩いた。いわゆる神楽坂の大通
 
り早稲田通りを歩いて、大久保通りとの交差点を過ぎると、まだ若木だが
 
花水木が通りの両側に咲いていた。今にも雨が降ってきそうな少し肌寒い
 
日和の中で赤と白の花水木は華やかさに欠けて可憐な感じがした。1912
 
年、東京からワシントンへ桜の苗木が送られた時の返礼とのことだが、米
 
国産が可憐、日本産が華麗とは少々皮肉な感がある。
イメージ 1
 
 そこから早稲田通りを少し歩き、横丁などにも入って見たが、気に入っ
 
た光景は見つからなかった。そこで引返して、上の写真の右側に入り、赤
 
城神社の大きな鳥居の後ろに新緑の木が聳え立ち、思わずシャッターを切
 
った。この赤城神社、江戸時代の天和三年に、江戸大社の列に加えられ、
 
牛込の総鎮守となった、上野国赤城山にある赤城神社の分霊とのこと。こ
 
の写真では伺われないが、だだっ広い落ち着かない神社である。そこから
イメージ 2
 
閑静な住宅街を通り、白銀公園に至る。親子連れが何組も来ていて、親子
 
で遊んでいる姿が、微笑ましい。公園内には満開の八重桜が数本点在し、
 
微笑ましい光景に花を添えていた。さらに高級住宅街を歩き続け、会社の
 
近くの筑土八幡神社に行くと、本殿の前の八重桜が素晴らしい姿を披露し
 
ていた。
 イメージ 3
 
 4月の最後の日曜日、山梨県増富温泉に行き、新緑を楽しんだ。写真は、途
 
中の比較的低い山の光景で、新緑に覆われてい光り輝いていた。
イメージ 5
 
但し、お目当ての山梨の奥入瀬と言われている増富温泉の奥の谷川縁は、
 
水を満々と湛えていたが、まだ新芽が吹き出し始めた状態で、ソメイヨシ
 
ノは満開だったが、欲求不満を募らせるものだった。
イメージ 4
 
 さらに奥へ行き、瑞牆山の麓まで行ったが、カラマツの林も広葉樹の林も
 
枯れの様相を呈していた。海抜の違いが如実に感じられ、自然の奥深さを
 
て感じさせられた。今回、街中と、大自然の中との比較になったが、作
 
られた美と自然美との比較であり、好みの軍配は、時と心境により変わって
 
くると思う。いずれにしても、この季節は、時と場所によらず、浮き浮きし
 
た気分にさせられることは確かなようだ。

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名作の楽しみ-142 ロシア文学 ソルジェニツイン「ドクトルジバコ」

 
ロシア文学 ソルジェニツイン「ドクトルジバコ」
 
 これもYahoo オークションで手に入れた。映画にもなり、その音楽はラ
 
ラのテーマとして名高い。読みだすと何やら哲学的であり、決して読みやす
 
い文章ではない。それに、「静かなるドン」や「戦争と平和」でも同じだが、
 
発音に舌をかみそうな登場人物が大勢出てきて、その名前を追っかけるだけ
 
でもしんどいので、なかなか筋が見えて来ない。
 
 ここではララではなく、ラーラとして登場してくる不思議な美人。主人公
 
のドクトルジバコと別々に登場し、かなり読み進んだところで、遭遇する。
 
ラーラもジバコもそれぞれ結婚するが、ラーラの夫が戦争で行方知らずにな
 
る頃から二人の関係が接近してくる。その後、モスクワとウラル地区に別れ
 
別れになるが、ジバコは家族とともにウラル地区のラーラが住む町の近くへ
 
汽車で移動し再会を果たす。そして、二人の関係は離れられない関係へと発
 
展していく。妻も愛するジバコは妻に内緒で深い負い目を感じながら密会を
 
繰り返す。しかし、パルチザンに捕まり、彼らとともに行動を強制され、家
 
族ともラーラとも離れ離れになってしまう。何度も逃げようとするが、失敗
 
する。しかし、ようやく隙を見つけて逃げ出し、徒歩でラーラの住む町によ
 
うやくたどり着き、再会する。近くに住んでいた家族は無事でモスクワへ行
 
ったと聞かされる。白衛軍と赤衛軍の戦闘は代わる代わる町や村を占領し、
 
その度ごとに残虐な殺戮が行われ、その様子が生々しく描写される。そんな
 
中で家族はラーラや家族は難を逃れることができたのだった。ジバコとラー
 
ラは激しく求めあう。しかしその逢瀬も束の間、逮捕の危機から逃れるた
 
め、ラーラは極東の地に逃れる。ジバコは彼女の願いを断ち切り、その地に
 
残る。時は去り、ジバコはモスクワに戻り、三回目の結婚(ラーラとは正式な
 
結婚ではなかったが、第二の結婚とする)をし、子供をもうけるが、心臓病に
 
悩まされ、ある日突然死を迎える。その葬式にモスクワに来ていたラーラが
 
登場し、その後彼の残した詩を整理する。その詩が最後を飾る。
 
「静かなるドン」と同じ時代を描いた小説。いずれもかなり自由に書き綴っ
 
ているが、中味はまるで違う。「静かなるドン」がまさに大河小説であり、「
 
ドクトルジバコ」は内面的な小説と言えよう。そして、グリゴーリとアクシ
 
ーニャ、ジバコとラーラの恋愛劇はこの二つの小説の文学作品としての価
 
値を高めていると言える。
 
「静かなるドン」も共産主義の非人間性を指摘はしているがスターリン文学
 
賞を受けている。それに対し、「ドクトルジバコ」ではその批判は鋭く、その
 
ために発禁処分を受け、パステルナークはノーベル文学賞を授与されたにも
 
かかわらず、辞退を余儀なくされる。ノーベル賞は政治的だと言われる。確
 
かにその通りだと思う。またスターリン文学賞もそれこそ政治的である。そ
 
れでもこの二つの小説はロシア文学の一時代を代表するものであることは間
 
違いない。文学が政治の世界に翻弄される、これは人間の限界なのかもしれ
 
ない。

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