ブログは、暫く休みます
|
腰痛は、一時良くなって来た感じだったが、少し無理をしてしまったせいなのか、 |
[ リスト | 詳細 ]
|
腰痛は、一時良くなって来た感じだったが、少し無理をしてしまったせいなのか、 |
|
大王生誕地の探訪は、物足りない結果になってしまったが、その晩には少しいいことが あった。 ホテルに帰還した後、リゾート内を少し散歩してみた。 夕食までベッドでごろごろしていたら、ドアーがノックされ、スパークリングワインが 差し入れられた。友人の知り合いがホテルの支配人で、その人からの差し入れであった。 早速皆に集合をかけ、バルコニーでの小宴になった。 当然、4人でスパークリング1本では足らなくて、冷蔵庫に置いておいたワインも開ける ことになり、夕食前のちょっとした宴になってしまった。 程なく、夕陽が太平洋に沈んだ。 翌日は、コナ空港からホノルルに向かう。コナ空港は結構簡素で、屋根があるのはほんの 一部で、雨の日はさぞかし不便であろうと思われた。フラダンスを踊る女性の像があったが、 顔は恐そうなので、後姿だけを写した。 飛行機から、泊まったリゾート付近がよく見えた。マウナレア山ともお別れである。 機内の席は左側で、来た時の様に島々を見ることは出来なかった。代わりに、ホノルル に着陸する際に、一瞬ではあるが、真珠湾がよく見えた。翌日行く事になったアリゾナ 記念館は、写真の右端あたりにある。 |
|
ハワイの現地での3日目は、特段の予定は組んでいなかった。私の提案のゴルフは、 賛同が得られず、島の北端にあるカメカメハ大王の生誕地に行く事になった。ドライブ 中に気が付いたが、この日はかなりの強風で、ゴルフをしなかったのは正解と思われた。 レンタカーのナビで生誕地を入力するも、一向にそのガイドは示されなかった。 地図を頼りにあちこち行って見るが、標識すら無くて何度も間違った道に入り込んだ。 迷い込んだ道の一つには、こんな別荘があった。周りにあるのは草原だけで、のんびり 暮らすには最適の場所と思われた。 もう一つの迷い込んだ道の先は海岸で、釣り人が楽しんでいた。後で思えば、この辺り から右側に歩いて行けば目的地に着いたのかもしれないが、何の標識も無いので、後の祭り である。 一度は諦めかけたが、どうしても行きたいとの思いで、再度街の中に行き、場所を 聞いた。教えられたのは空港の近くと言うことだったので、空港に行ったが、それらしき 物は見当たらない。 カメカメハ大王は、子供の運動会で、子供達が踊ったダンスの曲で初めて知った 人物である。ハワイを統一した英雄であるのに、幹線道路はおろか、史跡付近にも 何の標識もないことに、アメリカ人、あるいはハワイ人の歴史に対する無関心を 痛切に感じさせられた。また途方に暮れかかったが、はるか彼方で働いていた空港の係員 に聞くと、ここから更に2マイルとのこと。それで気を取り直して未舗装の道を暫く進む。 また海岸で行き止まりのような場所に着くが、近くの農夫にまた道を聞いて再出発。 その先では、大きな水溜りが車の進行を阻んだ。ここまで来れば、最早先に行くしかない。 腰を労わりながら徒歩で1kmくらいを不安な気持ちで歩いて、ようやく生誕地の標識に 出会えた。 そこから500mほどで、ようやく石組みの史跡らしいものに到達した。確かに生誕地の ようだが、単に石を積み重ねた1m程の石塁があるだけで、何の解説も表示されていない。 何というアメリカ人の歴史に対する関心の無さよ! 背後のはるか彼方に、マウイ島が見える。 帰途に、風力発電所があった。 道探しに大いに時間がかかり、昼食が済んだのは2時過ぎであった。殆ど役に立たない ナビが、時々現地の観光情報を提供する。それによれば、アメリカで屈指の海水浴場との ことで行ったのが、ここである。土曜日で、家族連れで混雑していて、車を駐車するのに 苦労した。溶岩の多い地域では珍しく、白砂の砂浜ではあったが、ここがアメリカ屈指の 海水浴場ではない、という点で皆の意見が一致した。 |
|
今日も未だ寒さが続いているが、あちこちで花が咲き出した。遅咲きの我が家の梅も 先週から咲き出した。 2月の半ばに、腰痛で家にこもってばかりではいけないと思って、カメラを持って 出掛けた。梅はまだ咲いてはいなかったが、路傍の草花はもう咲いていた。 先ずは、ホトケノザである。馬のような形の花が、可愛らしい。 ホトケノザの隣には、イヌフグリもいた。いずれにしても、背の低い花なので屈んで 撮影している内に、またもや腰が痛くなってしまった。失敗、失敗。 次は、今月初めに雪が降った日の近所の家の梅である。散歩中に咲き出していたのを 知っていたので雪が止み始めた時を見計らって出掛けた。梅に付いた雪は、直ぐに融けて しまう。手持ちで写したので、少しぶれてしまった。 我が家の椿は、1月頃から次々に開いていたが、白い花弁に黄色いシミが付いていて、 なかなか撮る気分にならなかったが、今朝のは綺麗だった。 そして、我が家の梅の花である。 今朝も梅にカメラを向けていたら、メジロが蜜を吸いに飛んで来た。暫くの間は、私に 気が付かなかったようで、2コマだけシャッターが切れたが、少しピンボケであった。 でも、私にとっては、初めて撮ったメジロの写真である。 かくして長かった冬もようやく終わりに近づき、春がやってきた。でも腰の方は、未だ
全快には至っていない。今はひたすら腰を労わっているので、本格的な春の到来と共に 自由に動ける身体になって欲しいと願っている。 |
|
ホテルに帰り、防寒の身支度をして、星空観光に出掛ける。目的地は、マウナケア(4205m) の頂上に行く途中のオニズカセンターである。スペースシャトルの事故で死んだ宇宙飛行士の 鬼塚さんの名前が付けられていて、標高は、2802mである。海辺から昇るので、2800m でもかなり昇りがいがあり、車で1時間半かかった。 マウナケアは、マウナロアやキラウエアとは違って、溶岩で出来ているのではなく、火山灰が 堆積して出来ている。所々に溶岩が盛り上がった墳丘が見られる。伊豆の大室山という感じか。 6時頃に陽が沈み始めた。ピーカンで、ハレーションが出てしまった。 途中は一面の霧の世界で、ちょっと心配したが、ほどなく通過できてちょっと安心した。この 辺りの墳丘は、阿蘇の草千里に似ていると思った。 レンタカーのナビで行き先をインプットするも、オニヅカセンターでは表示が出ない。それでも この方向と思われる方へ走っていったら、途中で係員に停められた。で、そこが目的地だった。 これ以上は自己責任で行っても良いとのことだったが、チェーンの装着が必要な感じだったので、 ここで車を降りた。 もう陽が沈んでいた。夕焼けのグラデーションが綺麗だ。 宵の明星(金星)が一際目立っていた。 望遠鏡が置いてあって、誰でも見ることが出来る。木星を見たが、倍率はそれほど大きくなく て、せいぜい米粒程度にしか見え無かったのは残念であった。 予想通り、周辺は暗いので、肉眼で見える星の数は驚くほどである。そんな中で、友人が 宇宙ステーションが通過するのを見つけた。それほど明るくは無いが、肉眼でもはっきり認識 出来た。ステーションは、北東から南西に向けて走り、あっという間に視界から消えていった。 友人は三脚を持参し、星を撮っていた。私も挑戦したが、三脚は無いし、マニュアルで開放に
して写す方法は知らなかったので、手持ちで夜景モードで写してみた。帰宅後、パソコンで見て、 オリオン座が何とか写っているのが確認できた。写真の中央下である。 |
| 今日 | 全体 | |
|---|---|---|
| 訪問者 | 2 | 28420 |
| ブログリンク | 0 | 15 |
| コメント | 0 | 1979 |
| トラックバック | 0 | 52 |
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
| 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
| 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
開設日: 2006/9/25(月)