Monologo di Mammo

今はともかく腰の養生に努めます。

フランス語

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パリで見た桜  Un cerisier que j'ai vu a' Paris  

 昨日は時間が無くて慌しい更新となってしまい、書き忘れたものが2,3あった。

 ルーヴルでは、イタリア絵画の他に、フランスはもちろん、ドイツ、オランダ、スペイン等
多くの素晴らしい絵画に出会えた。買ったのがポケット版のガイドだけであったし、見た絵の
メモを作らなかったので、今でも残っているカメラの画像が誰の作品なのか分からないものが
多いのは残念である。

 その中の1枚がこれである。時々行くゴルフ場に掛けられていた絵で、もちろん模写した物
であるのだが、モデルの女性の気品と優しさに惹かれていた。それをルーヴルで見つけた時は、
大いに驚き、感激もした。その時、画家の名前には納得していたのだが、如何せん、物忘れの
ひどい身としては、今ではどうにも思い出すことが出来ない。

イメージ 1


 もう一枚が次の絵で、若き女性が水に沈みかけている。これについては、写真を撮った事も
忘れていたのだが、今回の更新で画像を見直した時に気が付いた。多分、ミレイの「オフィー
リア」の構図にに似ていたのでシャッターを切ったのであろう。顔の上ではあるが光輪らしき
ものが描かれていて手が縛られているので、聖女の殉教のシーンなのかもしれないが、メモの
無い今となっては後の祭りである。

イメージ 2


 物忘れをしっかり認識して、展示会に行った時には必ずメモをつけるようにしていたのだが、
今回のルーヴル見学では見る絵の多さに圧倒され、気が急いてその習慣も忘れてしまった。

 ルーヴルを出たのは1時半過ぎで、結構疲れていたので、モンマルトル行きの予定を変更
して、ルーヴルの近くにその乗り場があるセーヌ川のバトビュスに乗って時間をつぶした。

 夕食の場所はホテルの近くで探したが良いのが見つからず、次善の策で、街中で多く見かける
寿司ショップに入った。刺身、焼き鳥、天麩羅、寿司のセットを注文したが、結構美味しかった。
店の人に「日本人?」と聞いたら、シノワ(中国)との答えだった。今フランスでは、日本料理が
凄い人気と聞いていたが、こういう分野にも素早く進出する中国人の商売の上手さに感心させ
られた。

 外に出ると、アヴェニューの中央分離帯に植えられていた桜が満開であった。今年の寒さで
4月10日過ぎにようやく満開になったソメイヨシノとは異なる種類なのだろうが、モンサン
でみたピンクの花と合わせて、フランスの暖かさを痛感した。

イメージ 3


 伸ばし伸ばしにして来たフランス旅行記の更新も、これで最後である。明日から2日まで
念願のスイス旅行に出掛けて行く予定である。

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ルーヴル美術館  Le Musee’ du Louvre

のんびりとフランス旅行記を更新していたら、もう時間がなくなってしまったので、
慌てての投稿となった。

 パリに帰着してから、1日半の自由時間があったので、半日はオルセーへ、最後の1日は
ルーヴルに行った。

 オルセーでは写真も撮れなかったし、図録も購入しなかったので、今ではどんな絵を見た
のか正確には思い出せない。でも、昔、印象派美術館の時代に見た多くの絵に再会出来たこと
は確かである。現在のオルセーでは、駅舎を改装して展示しているので、展示室が込み入って
いて、うっかりすると見逃す恐れがあった。その点、昔の印象派美術館は、普通の四角い部屋
が繋がっていて見易かったし、しかも来館者も少なかったので、教科書に出てくるような
素晴らしい絵をゆっくりと堪能できた。

 ルーヴルへは、開館時刻に合わせて出掛けていった。やはり昔と異なり、結構混んでいて、
見たい絵を探すのに苦労した。やはり規模の大きさ、収蔵作品の多さに改めて驚かされた。
ここでは写真撮影が可なので、気に入った絵には概ねシャッターを切ったが、写りの悪いもの
もあった上に、フランスやスペインの絵の頃にはカメラの電池が切れてしまった。しかも、
写した作品に対しメモをしなかったので、3ヵ月後の今では、誰の作かを判別するのが難しく
なっている。

 そんな中で比較的慣れているイタリアの画家の絵を何枚か紹介する。先ずは、ルネッサンス
の先駆者、ジョットの「聖痕を受ける聖フランチェスコ」である。その1部分の、小鳥に餌付け
をするシーンである。ともかくジョットにまで収集の範囲を広げた熱意に感服している。

イメージ 1


 次は確かなメモは無いのだけれど、モデルからフィリッポ・リッピと推察される「聖母子」で
ある。

イメージ 2


 次は、ラファエッロの「聖母子と幼児聖ヨハネ」である。

イメージ 3


 次は、コレッジョの「聖カタリナの神秘の結婚と聖セバスティアヌス」である。

イメージ 4


 最後は、カラヴァッジョの「女占い師」である。ここには他に「聖母の死」や「マルタ島
騎士団長の肖像画」もあって、改めてカラヴァッジョの評価の高さに驚いた。

イメージ 5


 写真は載せてはいないが、他にも多くのイタリア絵画が展示されていた。チマブーエ
に始まり、シモーネ・マルティーニ、フラ・アンジェリコ、ボッティチェリ、そして
言わずと知れたダヴィンチ、そして巨匠ティツィアーノの「男の肖像」、「田園の合奏」、
ヴェロネーゼの「カナの婚宴」等々もあって、イタリア語を学び、それからイタリア美術
に関心を持った自分にとっては、とても素晴らしい展示であった。これだけの画家の絵を
収蔵しているのはイタリアではウッフッツイ以外に無く、もしイタリア美術に関心がある
なら、ルーヴルに行くのも一つの手段であると感じた次第である。

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Mont St−Michel  モンサンミシェル

 モンサンミシェルは、日本語に訳せば聖ミシェル山ということになる。周囲は干潟であるが、
修道院のある場所は岩山だったのであろう。日本で言えば、江ノ島に似ていなくも無い。

 幾つもの階段を登って最上階に達すると、尖塔の上に聖ミシェルの像が見える。ミシェルは
天使であり、習いたてのフランス語を思い出し、「なぜアンジュミシェルといわないのか?」
と添乗員に聞いたら、ミシェルは天使でも、格の高い大天使で、天使の長でもあり、聖人扱い
されているそうである。

イメージ 1


 更に最上階には回廊があって、緑の庭園が目を和ませてくれる。修道士はここで瞑想をして
ようだ。

イメージ 2


 内部には、修道士の食堂や、騎士の間や貴賓室などがあったが、印象的だったのは外の
景色であった。北西の干上がった干潟には、沢山の観光客が散歩をしている。

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 内部を一通り見終わって、最後の場所で車輪のような物を指差して、添乗員が「これは何か?」
と質問を出した。私は、即座に答えることができた、「荷物搬送用のクレーンである。」と。

イメージ 4


 実は、旅行へ出発の2,3日前にNHKの番組で、ブリューゲルの作品を見ていたのだ。
それは「バベルの塔」で、解説者が、「現在の建築家が見ても、極めて合理的に描かれて
いる。」と賞賛していた。その絵の一部に例のクレーンが描かれていたのである。ここは
後に牢獄にもなり、囚人達が車輪の中に入って歩くことで、荷物を高い場所に運んでいたの
である。

 モンサンミシェルの見学を終え、夕食はこの近くで取る事になった。その前にスーパー
に寄ったので、本を探して何とか自分に合う本を見つけることが出来た。仏語の「古代
ローマ」で、忘れかけているイタリアを少しでも思い出すよう毎日少しずつ読んでいる。

 夕食は、名物のオムレツである。元は、プラールおばさんが、巡礼者や工事の作業員に
手早く料理するために考え出したものらしいが、要するに泡立てたオムレツで、少し焦げた
場所意外は、ほとんど空気を食べているような料理だった。料理はいまいちだったが、
帰る頃は夕闇が迫ってきていて、ライトアップされたモンサンミシェルが旅情を搔きたてて
くれた。

イメージ 5

 その夜は、サンマロに泊まった。この街は昔は海賊の根城であった場所で、この海域を
航海する人々には恐れられた街である。カナダのケベックやモントリオールを発見した
ジャックカルチエはこの街の出身で、ここから航海に出発した。

 翌朝、出発のためホテルの前の道路に出てみると、道路の一部が冠水している。道路の
直ぐ先はドーバー海峡で、高潮なのか波が防波堤にぶつかって大きなしぶきを上げていた。
写真を撮ろうとして近づいたものの、逃げ遅れてびしょぬれになる人も居た。

イメージ 6


 この後は、高速を走ってひたすらパリを目指した。途中には、チーズのリヴァロ、サミット
が開催されたド−ヴィル、エトルタ海岸、音楽家サティのオンフルール、大聖堂のルーアン、
モネの睡蓮の庭園のジヴェルニー等々観光スポットは沢山ある。

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Les vues pour Mont St-Michel  モンサンミシェルへの道

 パリからロワールへの道もそうだったが、トゥールからモンサンミシェルへの道も、広大な
campagne(カンパーニュ:田園)地帯を通る。時々小さな集落が見えるが、殆どは畑か牧草地
である。食料自給率がヨーロッパNO1のフランスならではの風景である。ゆるりとうねる緑
の野に所々木が立っていて、写真欲をそそる。時々カメラを持って構えるのだが、曇り気味で
あることと、バスが早いのでなかなか撮れない中での1枚である。

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 日本に来たフランス人が驚くことの1つは、「日本には、北海道を除けば、カンパーニュが
無い。」ことであるそうだ。カンパーニュはどこまでも続く田園で、日本にあるのは、集落と
小山ばかりであると。フランスで言う山は、モンブランなどのアルプスを言い、日本に多い低い
山は、丘(colline)と呼ぶようだ。

 その目に心地よいカンパーニュをひたすら走って、ようやくモンサンミシェルに近づいてきた。
元は島だったが、今ではアクセス道路が出来ていて、観光バスで山の裾野まで行くことができる。

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 先ずは、レストランに入って腹こしらえである。ここで初めてのシードルを飲み、牡蠣と
ギャレットを食す。牡蠣は、残念ながら薄くて、日本へ帰ってから食べた広島の牡蠣の厚さ
の見事さに、改めて驚かされた。ギャレットにはそば粉が使われていると聞いて、意外な
食材にも驚かされた。

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 食後は、急な石段をゆっくりと登る。見上げれば、修道院がそそり立っていた。

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 ようやく見晴らしの良い場所にたどり着いた。見下ろせば、先ほど通ったアクセス道路が
一望できる。この道路のせいで潮流が変わり、いろいろと弊害が出ているため、この道路を
廃止し、代わりに橋を架けて、観光客は歩いて島に来る事になっているが、工事は何時に
なっても始まっていないそうだ。

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La Loire  ロワール川

 久しぶりにフランス旅行記に戻るが、桜の写真で、前回は容量の関係で掲載できなかった
写真を載せて見た。これは少しだけ太陽が当たっているので、霞城の桜の素晴らしさをを
感じてもらえたら幸いである。

イメージ 1



 シャンボール城を後にして、ロワール川沿いに宿泊地のトゥールに向かう。途中、2,3の
城が車窓から見えた。ロワール川は、中央山塊(Massif Central)に水源を持ち、フランス
中央部を北上した後、西に向かってナントで大西洋に注ぐ大河である。

イメージ 2


 橋を渡って最初に見えた城はブロワ城で、ルイ12世が即位し、アンリ4世が宮廷をパリに
移すまでの100年間、フランス王の居城だった。ということは、オペラ「リゴレット」の
モデルになったフランソワ1世もここに住んでいたことになり、オペラに出てくる川のシーン
と一致する。リゴレットが伯爵の殺人を依頼したのに、実の娘のジルダが愛する伯爵のために
身代わりで殺され、リゴレットは請負人から死体をボートで受け取り、後でそれが愛する娘と
知り、泣き崩れるシーンである。

 暫くすると、ショーモン・シュル・ロワールという城が見えてきた。ここは、フランスの
源氏物語ともいえる「クレーブの奥方」にも出てきたカトリーヌ・ド・メディシスの居城
だった。イタリアから嫁いだ先のアンリ2世には、元家庭教師で20歳も年上の maiteresse
(愛人)ディアーヌ・ド・ポワチエがいた。ということで、王が健在なうちは我慢に我慢を
重ねてきたが、王が死去すると一挙に仕返しに打って出て、ポワチエを居城のシュノンソー城
から追い出して自ら住むことにして、代わりにポワチエにはこの城を与えた。

 アンリ2世は、武術が好きで、祝宴の際に行われた馬上槍試合で偶発的に目を射抜かれ、
これが原因で死んだ。彼の死後、フランス内は、カトリックとプロテスタントの抗争で内戦
状態になる。

 最後に見た城は、アンボワーズである。この時は、バスの運転手の好意で川岸にバスを
停めて、写真時間を取ってくれた。(先の2つの城は、バスが走行していたので、撮れな
かった。)ここの城で有名なのは、新教徒の大虐殺事件が起きたことである。新教徒が
錦の御旗を入手すべく王(アンリ2世)を奪いに来たが、それを察知した旧教徒達によって
大量に殺されたのである。

イメージ 3


 かくしてロワールの短い旅は終わるのだが、当初は全く期待していなかったが、たまたま
「クレーブの奥方」を読んでいたことと、リゴレットやダヴィンチのエピソードにも触れる
ことが出来て、今では印象深い思い出となっている。今回は行けなかったが、ロワールの
なかでも人気度が1,2番のシュノンソー城にも、いずれは行ってみたいと思っている。

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