「こうして生きる者となった。」(創世記2・7)
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今日は、聖霊降臨の主日です。
クリスマスがイエスさまの誕生を祝う祭日なら、
聖霊降臨は教会の誕生を祝う祭日ですから大きな喜びですよね(^^♪
皆さんのブログを読んでいると、
どうやらカトリック以外の教派は聖霊降臨をあまり大きく取り上げていないようなのですが…
使徒継承教会としての誇りを持っているカトリックの性格を改めて感じたりします。
また、今日のミサで堅信の秘蹟を受ける人は多いでしょう。
堅信を迎えた皆さん、おめでとうございます!
この日、祭服の色は赤です。
赤は血の色、燃える信仰の炎の色のイメージで、
赤の祭服を用いるのは、主の受難、殉教者の祝祭日がほとんどです。
聖霊降臨に赤を用いるのは、
「炎のような舌が分かれ分かれに現れ」(使徒2・3)からのイメージだと思います。
説教を聴いてなるほどと思ったのは…
聖霊降臨は、教会の誕生です。
創世記で人間が生まれたときのことを思い出してください。
まず土で形を作り、それに神が命の息、つまり霊を吹き込むことによって、
人は「生きる者となった」とあります。
「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。
人はこうして生きる者となった。」(創世記2・7)
教会が生まれたときも、これと同じです。
教会の形となるものはもっと前からありましたが、
神の命の霊をいただくことによって、教会は生きるものとなったのです。
これが聖霊降臨のできごとです。
…という話でした。
確かに教会の原形のようなものは、聖霊降臨のできごと以前からあったようです。
使徒言行録1章を読むと、使徒たちを中心に、
イエスの兄弟たち、婦人たちが集まって熱心に祈っていたとあります。
しかし、それだけでは「教会」の誕生には至りませんでした。
神の命の力、真理をことどとく悟らせてくださる聖霊を与えられて始めて、
弟子たちはイエスの愛を、なりふりかまわず、殉教覚悟で証する者へと造りかえられ、
「教会」へと発展していったのです。
こころに留めておきたいことがもう一つ。
天の「御父」は、
わたしたちに一人一人に「聖霊」を与えて力付けてくださっているだけでなく、
「キリストの体」をも与えて養ってくださっているということです。
命のパンと聖霊とをリアルにいただいて生きることは、
何という恵みでしょうか!
来週は、「三位一体の主日」です。 |




















