盛岡市館向町
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親父の転勤にともない、昭和48年3月に釜石から引っ越してきて初めて盛岡に住んだ所である。 ここは旧国鉄官舎が多い町内であった。3年後の昭和51年7月にそこに旧国鉄の保養所が建つことになるまで住んでいた。 国鉄以外の当時同じ班だった3世帯の方たちは現在も住んでいるようである。 ここは米屋だが当時は駄菓子も売っていて、学校から帰るとクジをひくのを楽しみに通ったものであった。 この隣にも店があった。店頭に週刊誌を置いていた記憶がある。 またこの隣の広場でもよく遊んだものである。 その広場の様子である。 昔と違いひっそりと静まり返った町内になってしまったような気がする。確かに上田小学校も当時より児童数は半分ぐらい減ってしまったようだが、2つあった食料品店はじめお店がほとんど無くなってしまったからだ。その食料品店の一つは6年生の時に同級生の女の子家の方がやっていた。 昨年開催された学年同窓会にも彼女はわざわざ横浜から出席したが、申し訳なかったが、声をかけられたものの私はだれだかわからなくて名前を聞いてしまった。 ここは○□内科・産婦人科のあった場所だ。 ここも6年生の時に同級生の男の子のお父さんがやっていた。 院内にはみそ汁の自動販売機があり、飲ませて頂いたことも覚えている。 転校してきた年の夏に町内対抗の野球大会で優勝した時のメンバーの一人である。私も彼も東京の大学に通っていたが、その時偶然にも自動車学校でバッタリ会い、話をしたが文系の学部だったのには少々驚いた記憶がある。また彼も学年同窓会に参加出席した。 その右側にある建物。 建物の古さからして当時からあるものと思われるが、記憶に無い。 その年はオイルショックやら紙不足なとどに混乱した年だったが、NHKで放送していた新八犬伝がとてもおもしろく見ていた。先日NHKのアーカイブスで前半総集編を見た時はとても懐かしく感動してしまった。464回放送したそうですが、NHKには4回分しか残っていないそうです。 撮影:平成24年2月18日(土) 午後2時頃 |

