テクテク 日記

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笑顔のなきごえ

近所の玄関の軒下に、鳥かごが掛かっていた。
中の鳥は、羽はあまり綺麗じゃないが、
とてもきれいな声で鳴いていた。
けして、大きい鳴き声ではなく、心地いい小さ目の鳴き声だった。
通るたびに、いい鳴き声だなと思っていた。
しばらく、通らなかったら居なくなっていた。
そこにいた飼い主に聞いたら、
全然鳴かなくなったので、処分したという。
飼い主は、小鳥が好きなんじゃなく、
ただ、珍しくいい鳴き声の鳥を、自慢したかっただけなのだ。
鳥だって鳴きたくない時が、あっただろうに。
人通りの多い所で、慣れるまで落ち着かず鳴いていたのかもしれない。
新しい環境で飼い主に、気にいられるために鳴いていたのかもしれない。
 

いつも笑顔の人が、体調が悪かったり、
落ち込むことがあったり、特別に理由がなくても、
不機嫌な顔や暗い顔をすると、
「あなた、らしくない」とか言われる。
笑顔も、不機嫌な顔も、
その人自身で、他の誰でもないのに。
明るいだけの人もいないし、
暗いだけの人も,
いないはずなのに。

本当の自分の姿ってなんだろうね。
自分が思っている姿が、ほんとの自分なのだろうか。
他人が見ている自分が、本当の自分の姿なのだろうか。
笑ってないと、明るくないと、
他の人に、受け入れてもらえないんじゃないか。
そんな気持ちが、心の片隅で、自分の感情を隠す。
笑っているのに、心の中はちっとも笑ってなんかいない。
笑顔じゃなくたって、受け入れてくれる人はいるのに。
それが、見えずに不安なんだよね。
「らしくない」その言葉の呪縛はとても大きいね。
笑顔も、暗い顔もすべて自分なんだと、受け入れられた時、
その呪縛から、少し解放される気がする。

 
後日、やっぱりあの鳥の事が気になり、元飼い主に聞いた。
鳥は、近所の一人暮らしのお年寄りが引き取ってくれたそうだ。
良かった。
今度は、羽があんまり綺麗じゃないことも、
いい声で鳴かないことも、すべて受け入れたうえで飼ってくれるのだ。
もう人にさらされることもなく、可愛がってもらえるだろう。
そうしたら、またあの鳴き声を披露するかもしれない。
その鳥本来の姿になれるのだろうね。

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選んだからには

今日は、母の日ですね。


カーネーションも、最近は中国などからの輸入物が多くなって、
出荷まで時間がかかり、花の日持ちが国産より悪いと言っていました。
 
先日、人生相談を見ていたら、
母親が、息子の仕事が激務で、身体が心配だというのが出ていました。
よくある話ですが、この母親の年齢が、
92歳で、息子の年齢も61なのです。
いくつになっても、母は親で、いくつになっても子供は,子供なのですね。
年齢は関係ない、親は元気でいる限り、
子供の身体のことが、なにより心配なものなんですね。

けれど、子供はそんな親を、いつまでも子供扱いすると、
疎ましがるのですね。
本当に親は、損な役回りですね。
 
最近は、ニュースを見ると、
平気で、子供の命を奪う親もいる。
昔から、子供に愛情を感じない親もいるが、
多くの母親は、試行錯誤しながら、
手探りながら一生懸命に、子供を育っているのですよね。
 
まさに“親も思う心にまさる、親心”ですね。
どんなに、子供が親を思っても、親が子を思う気持ちにはかなわない。
 
わかっていても、つい親に反抗したりして、親不孝してしまうものですね。
母親を亡くした人が、みな必ずもっと親孝行しておけば良かった言います。
けれど、どんなにしても、したりないのは、
親孝行とも言います。
 
だけど、親は子供が元気で、幸せに暮らしていてくれたら、
それだけで、いいのだと思います。
 
親に出来なかった孝行を、嘆くよりも、
自分の子供たちに、その愛情を注いで欲しいと思っているんじゃないかな。
 
無償の愛とは、親が子供に向ける愛そのものですね。
仏のような愛、そう思うと、
時に見せるあの仏頂面も、仏という字ですもんね。
 
親への感謝の気持ちを、忘れずにいなくてはね。
子供は、その親を選んで生まれてくると言う人もいます。
それが、事実かどうかはわからないけれど、
子として生まれたのは、
なんらかの縁ですからね。

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執着に縛られて

簡単に物が捨てられる人がいる、
また、なんでもとっておく人もいるね。
たかが物でも捨てるのは、結構大変だ、
思い出もあるし、いつか必要な時がくるんじゃないかと思ったりして。

物事に執着する人は疲れると言われる、
住むところでも、こんなところいつ出てもいいやと、
執着を捨てると、言いたいことを言えるし、
疲れなくなったと聞く。

なんでも、失敗なくうまくやっていこうと、
執着すればするほど、悩むんだね。
物事なんて、うまくいかなくて当たり前なのに。

他人に対しても、これだけのことをしたんだから、
こういう言葉や態度をして欲しいと思ってしまい、
そう思い期待するほど、違った場合に悔しい思いになったりする。

だけど、物事に執着しないのも難しいね。
自分では、そんなにないつもりでも、
今まで、やってきたんだからとか、
これだけやったんだからと、知らず知らずに、
自分を、縛ってしまったり。
執着してないか、
立ち止ってみないとね。

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