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元チェッカーズの高杢禎彦さんの公園が西鎮の教会で3日にあった。たまたま青年会の行事の下見で、この教会で行われた「よろこびの集い」に参加した。

私達の世代は、もろにチェカーズの世代である。家には、チェカーズのレコードやカセットテープがあった。姉も弟も彼らのことをよく知っている。

彼は、2冊の本を出している。1冊は、「チェッカーズ」で、解散の真相を暴露している。2冊目は、「ガンが教えてくれた大切なもの」だ。今回の内容は、実家が天理教の教会だった奥さんとの結婚から、天理教を知り、自分のガン、息子の事故、妻の病気などから、次第に天理教に目覚めるまでの過程の話だった。

でも、人様におさづけを取り次げるまでになって、こうして天理教の教会で話ができるまでの道中は、簡単なものではなかったようだ。チェッカーズ全盛期に、嫁さんとの結婚の挨拶に両親を訪れ、「結婚させてください」と言って、1つだけ条件を出された。「天理教をやってほしい」ということだった。でも、その頃の彼に宗教などへの関心はこれぽっちもなかったのだろう、「宗教は、たとえ夫婦の仲でも別のものです」とはっきり断った。それ以来、一度も天理教の勧誘は受けてこなかったと言う。

3人の子供をもうけ、母親、じいちゃん、ばあちゃんの影響で自然にお道のことを吸収していく子供とは、正反対に関心を示してこなかった彼がいた。

そして、自分が始めてガンになって、初めて奥さんに「おさずけ」を取り次いでもらった。神様ってありがたいってその時は、思った。でも、病気が治るとまた元の自分に戻っていった。でも、今度は、息子や妻が見せられた。自分は「おざずけ」で助けてもらったが、自分は、嫁さんに取り次ぐこともできない、これだけ神様に見せられていて、今まで気づかなかった。やっと自分のおぢばに帰って、別席を運び、よふぼくになり、おさづけを取次ぎたいと思った。

聞いた話を簡単に書いてみた。漏れ落ちた話もたくさんあるが、今、子供も妻も彼も元気でいる。そして、彼は、全国に講演に廻っている。

今回は、高杢さんの話しを書いたが、いつかガンで亡くなった大切な人の話もしたいと思う。

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