初芝スライリー#26の「名古屋」を歪んで愛するブログ+東海三県

大阪人が「歪んで」名古屋を愛した結果が、こんなブログ… 「名古屋歪観あるき」は全日程を終了しました。

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有松天満社秋季大祭

現在は「名古屋市緑区」に位置する「有松(ありまつ)」地区。 「宿場町」ではなかったものの、「旧東海道」沿い
に存在した事から、人の流れによって様々な文化や技術が持ち込まれております。 1608年(慶長13年)に
「尾張藩」が各地より移住を進めて誕生した「有松村」が「有松地区」の礎となったようです。

そんな歴史ある町では秋になると「有松天満社秋季大祭」が開催され、「有松祭り」や「山車祭り」の別称でも
親しまれております。 開催日は毎年10月の第一日曜日、その当日は街道沿いにたくさんの見物客が集い
一年で一番の賑わいになるとか。 

一番の見所は昼と夜に練り歩く、3両の「山車(だし)」。 いずれも「名古屋市」より「有形文化財」に指定されて
いるのですが、それは外観の豪華絢爛さはもちろん、この「山車」に乗っている「からくり人形」による演技も
評価を得ているようです。 各地の「車庫」を出発し、昼の「旧東海道」へと繰り出した「山車]は「車切り」や
「切通し」とよばれる走行方法や「からくり人形」による演技を披露しつつ、夕方前には「有松天満社」へ集結。

夜の走行に備えて「提灯」を取り付ければ、日が落ちた頃に再出発。 古い町並みを幻想的な姿で進む「山車」
は昼とはまた違った魅力があるそうで、もちろん両方を見物してこそが「秋季大祭」の参加との事。 再び
「車切り」「からくり演技」を披露して、それぞれの「車庫」へと戻っていくそうです。

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有松の山車・唐子車(からこしゃ)

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旧「東海道」の古い町並みを今も残す「有松地区(名古屋市緑区)」では、毎年10月の第1日曜日に「有松天満社
秋季大祭」が開催されており、中でも町内を練り歩く3輌の「山車」が話題を呼んでいます。 「名古屋市」より
「有形文化財」に指定されている「山車」より、今回は「唐子車(からこしゃ)」をご紹介します。

「中町」が保有する「唐子車」は「内海(現・知多郡南知多町)の豪商「前野小平治」が「天保年間(1830年代)」頃に
所有した山車だそうで、明治になって有償にて譲り受けたそうです。 海の集落「内海」らしく、装飾には
「貝」や「珊瑚」が使われ、他にも豪商らしさが伺える高価な材料が惜しげもなく使用されております。

「からくり人形」は3体ですが、この「唐子車」も内2体が「文字書き人形」でした。 他に前方に位置する「采振り
人形」が1体乗っているのですが、この「采振り人形」にのみ"真守"の銘があることから手掛けたのは人形師の
「二代目隅田仁兵衛(藤原真守)」である事が分かったそうです。 ただし、他の2体についての詳細は不明。
人形がいずれも「唐子(中華風の服装をした子供)」なので「唐子車」と呼ばれるようになったそうです。

山車の下部に提げられている幕は朱一色のもので、正面に"清安町(中町)"とだけあります。 他に「文字書き
人形」の背面にも幕があるのですが、後方から見える側には「冷泉家(れいぜいけ)」のものと言われる詩が

『あきらけ記御代の志るしは
 玉串の藁におく露の
 ひ可里にも見よ 尚雄』 ※実際は縦書き

のように綴られてあります。 さらに「欄干」の下部三面を囲う「水引幕」には、波間を跳ねる「鯉」の姿が正面
の1匹、両側に2匹ずつの計5匹が表現されています。

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有松の山車・神功皇后車(じんぐうこうごうしゃ)

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旧「東海道」の古い町並みを今も残す「有松地区(名古屋市緑区)」では、毎年10月の第1日曜日に「有松天満社
秋季大祭」が開催されており、中でも町内を練り歩く3輌の「山車」が話題を呼んでいます。 「名古屋市」より
「有形文化財」に指定されている「山車」より、今回は「神功皇后車(じんぐうこうごうしゃ)」をご紹介します。

「西町」の「神功皇后車」は「明治6年(1873)」に「名古屋南天道町(現・北区)」の御車大工「酒井屋久七」の手により
唯一「有松」から発注された山車なんだそうで、3輌の内では「有松」において最古の存在との事。 但し山車
そのものの歴史では一番新しいものになりますが。

「からくり人形」は3体で、うち1体が「神功皇后(「仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)」の皇后)」。 「日本書紀」に
記されている「朝鮮出兵(新羅侵攻)」の際に、鮎を釣って神意を占った故事に沿った動きをします。 隣に
控えるのは大臣「武内宿禰(たけうちのすくね)」で、鮎を釣り上げる前に「神功皇后」と共に舞を舞い、同時に前方の「幣振り人形(神官)」が「御幣(ごへい)」を振ったり、口をあけて舌を出すなどの動きを見せます。

「唐子車」と同様に、朱色の幕には「金龍町(西町)」の文字が刺繍されています。 一方の「水引幕」には三河の
画家「渡辺小崋(わたなべしょうか)」が手掛けた四季を彩る花「芙蓉(ふよう・蓮の別称)」「水仙(すいせん)」
「牡丹(ぼたん)」「杜若(かきつばた)」の絵を下地にした刺繍が施されている、非常に手の込んだものでした。

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有松の山車・布袋車(ほていしゃ)

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旧「東海道」の古い町並みを今も残す「有松地区(名古屋市緑区)」では、毎年10月の第1日曜日に「有松天満社
秋季大祭」が開催されており、中でも町内を練り歩く3輌の「山車」が話題を呼んでいます。 「名古屋市」より
「有形文化財」に指定されている「山車」より、今回は「布袋車(ほていしゃ)」をご紹介します。

明治24年(1891年)に「名古屋玉屋町(現・中区)」で売られていたものを「東町」が購入したものだそうですが
記録を遡ると「廷宝年間(1670年代)」の頃に「若宮八幡宮(名古屋市中区)」の祭礼にも参加していたようです。
「からくり人形」は4体載っておりまして、山車の名前にもなっている「布袋さん」も存在して「大将人形」と
呼ばれていますが、意外にも主な動きをするのは中央の台座にいる「文字書き唐子」でした。 他に前方に
「采振り童子」と、台座を制御する「蓮台廻し唐子」が山車の上で様々な動きを披露します。

山車の四方に「幕」が提げられているのですが、「名古屋天道町(現・北区)」出身の絵師「山本梅逸(やまもと
ばいいつ)」が手掛けた貴重なものなんだそうです。 「瑞獣の四神(ずいじゅうのしじん)」と呼ばれる四霊
(麒麟・鳳凰・霊亀・応竜)が描かれている他、2体の「文字書き人形」もからくり人形師「二代目玉屋庄兵衛
(たまやしょうべい)」により作成され、代々手直しが行われているとのことです。

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街のシャチ群[32]長瀬組ビル

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さきほどの「長瀬美之」さんが扮する「豊臣秀吉像」より、少し東側へと移動しますと「長瀬組」という
「建設会社」のビルが建っているのですが、そのビルの側面には「金鯱」の姿が!

「三英傑」と「金鯱」は、この様にして地元の方々に愛されているんですね。

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